隠世の門

海谷ノ

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第6話 影の底から呼ぶもの

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朝。

晴翔はるとは教室へ入った瞬間、空気の“重心”が変わったのを感じた。

ざわつきもある。
笑い声もある。
いつもと同じ日常のはずなのに――

色だけが違う。

暗い。
深い。
水の底に立っているような感覚。

(……誰の“揺れ”?)

晴翔が周囲をゆっくり見回したとき、
妖狐が肩で小さく身を低くした。
ひやりと冷気が背中を這う。

足元のカマイタチの風が細く鋭くなる。
“刃を隠す構え”。

その視線の先にいたのは――

影山だった。

◆ 影山の変化

影山は机に突っ伏していた。
昨日と似ている。
だが違うのは、彼の影が床で呼吸していることだった。

上下している。
脈を打っている。

そして晴翔が目を向けた瞬間――

影が、晴翔の方へ**“顔を向けた”。**

輪郭はない。
目も口もない。
ただ“こちらを見た”という確信だけが残る。

晴翔の胸が跳ねる。

肩で妖狐が大きく尾の気配を広げ、
冷気が鋭く張った。

次の瞬間。

影山の影が“立ち上がった”。

音もなく。
ひとつの独立した存在のように。

影山本人は動かない。
机に突っ伏したまま。

なのに影だけが、
ゆらり、と人の高さまで伸び上がる。

(……っ、やばい……これ、昨日より……深い)

脚のない影は、歩くように床を滑る。
晴翔の机へ向かって、真っ直ぐ。

妖狐の残影が肩で揺れ、
晴翔の右半身を覆った。

カマイタチの風は足元で激しく渦を巻く。
“動くな”
“触れるな”
そう告げる。

影は机の脚に触れ、
その瞬間――

晴翔の影に、滲み込もうとした。

黒が黒に侵入する。
境界が曖昧になる。

(……入ってくる……!)

胸の中心がぎゅっと締めつけられる。
呼吸の形が自分の中で崩れていく感覚。

世界の輪郭から“自分が薄れる”恐怖。

◆ 妖狐の介入

その瞬間。
肩から白い光がぱんとはじけた。

妖狐の残影が、
晴翔と影の間に滲み出る。

それは完全な姿ではない。
だが“狐の頭と尾”の輪郭が、はっきり見えた。

普段なら絶対に見えない。
晴翔が限界に近づき、“向こうの層が少し開いた”証拠。

影と妖狐がぶつかると、
空気が一瞬だけ震えた。

黒と白がすれ違う。

影は後退する。
“押し返された”というより、
“触れられなかった”という敗北のように。

床へ落ち、影山の足元へ戻る。

影山はまだ、何も知らずに伏している。

◆ 異常の残響

晴翔は震えていた。

怖かったからではない。
影が晴翔と同調しようとしていたのが分かったからだ。

(……僕が呼んだんじゃない……
“向こう”が、僕を探してる……?)

妖狐が肩の上でふっと冷気をゆるめた。

『危うい。
あれは子の影に非ず。
“外”より深きもの。』

声ではない。
だが確かにそう伝わった。

(外……隠世から……?)

胸の奥がざわりと震えた。

◆ その頃、校舎の外

斗泉は、校舎に落ちる影を静かに見つめていた。

普通の人間には気づけない“揺れ”が、
彼には明確に視える。

「……本格的に、揺れてきたな」

感情を大きく揺らさない声。
ただ観測し、判断する眼だけが鋭い。

九曜スーツはまだ起動していない。
だが、斗泉の読む“影の流れ”は正確だった。

影山の影が“隠世の裂け目”の方向へ引かれかけていることも。
その中心に晴翔が存在していることも。

斗泉は一歩踏み出した。

向かう先は、
晴翔のまだ知らない
“門の縁”にあたる場所だった。
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