悪役令嬢エリザベート物語

kirara

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エリザベート嬢はあきらめない

僕の聖女さま

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「昨日、生徒会長のアルベール様に呼び止められて、一緒に生徒会室まで行ってきたの。会長は私達が食堂を利用せずに中庭でランチを食べている事をご存知だったわ」

「そりゃあ知っているさ。殿下の行動を常に生徒会は把握しているはずだし」

 どうして自分が殿下や僕と一緒に中庭のテラスでランチをしている事を、生徒会長が知らないと思っていたのだろう?

 毎日、自分の屋敷から豪華なランチまで取り寄せていると言うのに。

「食堂のランチは口に合わないのかと聞かれたわ」

「それでエリザは何て答えたの?」

「『私はもう二度とあの味を食したくない』『この学園の食堂の料理は私の口には合いません。』と正直にお答えしたわ」

「え~!正直に答え過ぎだよ。エリザ!」

エリザベート・ノイズ。
天真爛漫と言うか大物と言うか。
貴方はあの頃と変わらないね。

 8年前にウィリアム殿下の側近見習いとして城に上がった僕と、殿下の最有力婚約者候補である貴方との付き合いは長い。

「エド。エリザを紹介するね。彼女は僕の最有力婚約者候補なんだ」

「エリザ。彼はエド。今日から彼は僕の側近見習いになったんだよ」

「初めまして。エリザベート・ノイズです」

 その頃はまだストレートだったダークブラウンの髪を一つにくくり、プルーのワンピースを着た小さな貴婦人が、キラキラとヴァイオレットの瞳を輝かせて僕を見ていた。

「お初にお目にかかります。エリザベート様。今日からウィリアム殿下の側近見習いになりました、エドモンド・ブラウンです」

 殿下の婚約者候補ということは、将来は王妃様になられる方だ。僕はドキドキしなが丁寧に挨拶をした。

 するとその小さな貴婦人はニッコリと人懐こい笑顔を、殿下と僕に見せたんた。

「きちんとしたご挨拶は終わったわ。私はエリザよ。エリザと呼んでね」

 先ほどとは全く違う口調でそう言ったんだ。

「はい。宜しくお願い致します。エリザベート様」

「エリザよ。エリザと呼んでね」

 再びそう言われたので殿下の顔を見ると、黙って頷いておられた。

「では、僕のこともエドとお呼び下さい。エリザ」

「わかったわ。エド。これで私達は友達よ」

「エリザ、普通に話してもいいの?殿下の婚約者候補なのに?」

「いいの。いいの。ウィリ様、エドと友達になってもいいでしょ?」

「いいよ。だけどエドは側近になる勉強をしに来てるんだよ、エリザ。勉強中は邪魔してはいけないよ。遊ぶのは勉強時間が終わってからだよ」

懐かしい事を思い出した。

 それから僕は正式な場所ではエリザベート様と呼び、エリザは僕をエドモンド様と呼び、普段は『エリザ』『エド』呼び合うようになったんだ。

 僕の父は国王陛下の親衛隊に所属している。立派な仕事だ。僕は父に憧れて幼い頃から何事にも精一杯頑張った。
 そして割と簡単に色々な事が出来るようになっていった。

 王太子ウィリアム殿下の側近見習い。

並みいる候補者の中から僕が選ばれたのは5歳の時。とても誇らしかった。

 それから1年間、殿下の側近見習いとして殿下と共に過ごし、共に学び、護衛及び話し相手、相談相手になれるように努力した。楽しかったし頑張り甲斐があった。

けれど、この頃から父は僕に多大な期待をするようになった。

立派な側近に。
いずれは重鎮に。
お前には才能がある。

 ウィリアム殿下と一緒に過ごした1日が終わったあと、僕は父が雇った家庭教師と遅くまで勉学に励んだ。毎日、毎日。それが僕にとっての当たり前の日常だった。

 側近見習いになって1年。ようやく正式な側近になる事が出来た。そんなある日、僕が殿下と一緒に勉学に励み、今から休憩しようとしていた時に貴方はやって来た。

「そろそろエリザが来る時間だね」

「丁度良い休憩になりますね」

 この頃には貴方の来城のパターンも把握して、殿下と僕は勉強をその前に終わらせるようにしていた。
 ノックをして陛下の部屋に入ってきた貴方にソファーを勧めて、僕は3人分の紅茶とクッキーを用意した。

「エドありがとう。美味しそうなクッキーね。貴方もそこに座って、私達と一緒に頂きましょうよ。もう勉強の時間は終わったんでしょ」

 まるで自分の部屋のように寛ぐのは、いつものこと。

「そうだな。エドも一緒に食べよう」

 殿下と貴方はいい組み合わせだ。エリザはいいお妃様になるだろうな。あの時はそんな事を考えていた。

「まあ!エド!大変!『元気の補充が必要マーク』が出てるわ!」

 貴方がとても驚いた顔をして近づいてきた。そして言ったのだ。

「エド、貴方はちょっと頑張り過ぎてますわ。疲れた日は美味しい物を食べて、ゆっくり休まなきゃだめなの。元気の補充は大切なのよ」

「僕は元気だよ?」

「ダメよ!元気の補充が必要マークが出ているもの」

「「補充が必要マーク?」」

「そうよ。私には元気の補充が必要マークが見えるの。ウィリ様、今から光魔法を使う『キョカ』を頂いてもいい?」

「エリザは光魔法が使えるの?」

「ええ使えるわ。小さな光なんだけどね」

「すごいね。聖女様みたいだね」

「でもね、聖女様じゃないから小さな光しかつかえないの。それでね、外で使って聖女様と間違えられたら大変だから、外では絶対に使わないようにって。お母様とお父様に言われているの。世間が混乱するからって」

「「なるほど」」

「じゃあ、今もダメじゃないか」

「世間が混乱しちゃうんだろ?」

「そうよ。だからウィリ様に『キョカ』を頂きたいの。この部屋の中で使うだけだから、世間は大丈夫なんだけどね。お母様達に叱られるかもしれないから」

「「なるほど」」

「じゃあ、キョカしよう。エリザがご両親に叱られたら、僕がエドの『元気の補充が必要マーク』を消して欲しいって、お願いしたからって言えばいいよ」

「ありがとう。ウィリ様」

「エド、そのままソファーに座っていてね」

「ウィリ様はそこで見ててね」

僕と殿下は貴方に従った。
何をする気だろう?

「エド、両手をだして」

「その手を握っても良くって?」

「ウィリ様はそこで見ててね」

「いいよ」

「わかった。見ていよう」

 貴方は僕の前に来て自分の両手で僕の手を大切そうに握ったんだ。

「はじめます」

 それは不思議な時間だった。
光のシャワーを全身で浴びて自分がその光の中に溶け込んでいく。

 静かで心地よいその中で僕の身体の中から、キラキラと輝きながら消えていく光の飛沫。力が抜けてポカポカと空中に浮かんでいるように軽やかな気分。忘れていた開放感。

『もう大丈夫。貴方は自由よ』

誰かの声が届く。

『もう大丈夫なんだ。僕は自由なんだ』

そう思った。

「気がついた?」

「エド!気がついたか」

「殿下!エリザ・・。僕は眠ってしまっていたのか」

殿下の部屋だった。

「光魔法って初めて見たよ。エリザの手から光が広がって2人を包んで。その光がエドの中に消えていったんだ」

「エド、もう大丈夫よ」

「さっきの声はエリザ?」

「そうよ。元気の補充が必要マークはもう消えているわ」

「エリザはそんなのが見えるの?凄いね。僕にも元気の補充してよ」

「ウィリ様はいつも元気だから大丈夫よ。美味しい物も沢山食べてるし。それに『元気の補充が必要マーク』は出ていないもの」

「残念だなあ」

「残念じゃないわ、ウィリ様。あんなマークない方がいいに決まってるわ。黒くてモヤモヤで嫌な感じなの。

 美味しい物を食べてゆっくり眠ったら、それだけで元気の補充になるのよ。お母様が言ってらしたわ。自分で補充しないとダメよ。2人とも」

「エリザ。信じられないくらいに元気になったよ。ありがとう。僕は疲れていたのか・・
 美味しい物を食べてゆっくり眠ったら、元気の補充になるんだね。わかったよ」

「エド、やっと正式に僕の側近になったのに。元気の補充しておいてよね。無理しないでね」

「殿下もですよ。元気の補充の大切さをエリザに教えてもらいましたね」

「エドが元気になって嬉しいわ。元気がない事に気がついてないなんて。ビックリだったけど」

 貴方の光魔法に救われた日、屋敷に帰ってすぐに、父に家庭教師を断って欲しいと頼んだ。 

 殿下をお守りする為には、自分が疲れてしまってはいけない。
美味しく食べてゆっくり休む。
元気の補充は自分でも出来る。
勉強も殿下と共に学ぶから大丈夫。

自分から父に反する意見を言うのは勇気がいった。
けれど、僕は頑張った。
父はあっさりと了承してくれた。

「お前も自分の意見がきちんと言えるようになったんだなあ」

と、逆に感極まった様子だった。

 ウィリアム殿下の側近になってすぐのあの日、光魔法で助けてもらった事を僕は忘れていないよ。
僕は殿下の側近で信頼して頂ける学友でありたいと思っている。
殿下や貴方と一緒に学園に通える事を、最高の喜びだと思い感謝している。

 あの日、「もう大丈夫。貴方は自由よ」と言ってくれた声を、僕が忘れる事はないだろう。
エリザ。僕の聖女さま。
小さな光でも大きな光でも関係ない。

あの疲れ切った毎日から解放してくれた
柔らかい光のシャワー。
まるで自分が生まれ変わったような、新鮮な感覚。

 幼い頃から頑張って、頑張って、頑張ってきた僕に、頑張り過ぎてはいけないと、助けてくれた光の聖女。 

あの日、僕は貴方に恋をしたのだろう。

食堂の問題も、生徒会の問題も。
エリザベート・ノイズ。
貴方の思うままに動けばいい。
貴方は自由だ。

僕はまだ貴方の光の中にいるようだよ。

 世間が混乱するから、屋敷以外で光魔法を使わないといったエリザ。
その考えは正しいよ。
僕はその光に捕らえられてしまったのだから。

5歳で出会って
6歳のあの日助けられて
そして貴方に恋をした。
僕は自由だ。この想いも自由。

ウィリアム殿下の側近として
貴方の学友として
この学園生活を楽しもうと決めたんだ。
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