悪役令嬢エリザベート物語

kirara

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エリザベート嬢はあきらめない

屋根付きテラスで美味しいランチ

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「ウィリアム殿下とエリザベート様の婚約は、秒読みの段階に入っているんですって」

「やっと婚約なさるのね」

「正式な発表が楽しみですわ」

「ノイズ公爵家のエリザベート様がお相手なら、陛下も王妃様も安心ですわね」

 誰が言い出したのか、最近王都の至る所で催されているパーティーや、お茶会、井戸端会議で、このような噂が囁かれている。

「ウィリアム殿下は通学される時に、お城を出る時間を早めて、毎朝、エリザベート様を迎えに行っておられるそうよ」

「素敵!ウィリアム殿下ってお優しいのね」

「私、エリザベート様になりたいわ」

「今までお二人の婚約が前に進まなかったのは、ノイズ公爵が原因なんですって」

「私も聞きましたわ。お二人がまだ幼かった頃に、王家から、正式に婚約発表をしようと言うお話があったのでしょう?」

「それを、ノイズ公爵がお断りになったらしいわ」

「まあ!王家からのお話を?」

「ええ。ノイズ公爵が愛娘を手放したくなくて、婚約を渋られたんですって。それで、ズルズルと今に至っていると聞きましたわ」

 まるで自分達が実際に見聞きしてきたかのように、ご婦人達はの話は続いていく。

「ノイズ公爵のエリザベート様への溺愛ぶりを、陛下も分かっているから待っておられたのね」

「あのアフレイド様が娘にメロメロな姿を想像するだけで、私、倒れそうですわ」

「『愛する私の天使』と呼ばれるのですって」

「まあ!」

「私もそんなふうに呼ばれてみたいわ」

「私も・・」

 学園の生徒達もこの手の話は大好きだ。

「ウィリアム殿下は、最近、ますます素敵になられたわ」

「私、お二人が並んで登校している姿を見る為に、早めに登校していますのよ」

「僕もそうさ。将来の国王陛下と妃殿下のロマンスを、この目に焼き付けておこうと思ってね」

「エリザベート嬢のあの気高さ!憧れるよなあ」

「殿下の青い瞳も素敵」

「ええ、あの瞳で見つめられたいわ」

「エリザベート様が羨ましい」

 前世の記憶が戻って最初にお父様を見た時の事を思い出す。

 ダークブロンドの髪に深いグリーンの瞳、聞き心地の良いバリトンボイス。
娘に転生していなかったら、私だってキャ~!キャ~!と騒いでいたに違いない。

 ウィリ様も最近すこし大人になられた。相変わらず呑気なところも残っているけれど、それが魅力の一つになっている。

 民心をつかむ爽やかな容姿。ウィリ様が少し笑顔を向けただけで、女生徒が失神した事があるらしい。

 アントワーズに教えてあげよう。彼女もこういう話は大好きなのだ。

 先日の入学式には国王陛下と妃殿下も出席された。もちろん私の両親も。

 父兄代表として国王陛下が話され、新入生代表としてウィリ様が話された。まるで国家行事のようで、学園長をはじめ先生方も張り切っておられた。

 来賓や先生方のお話のあと、最後の挨拶は、在校生代表で生徒会長のアルベール・ロレーヌ様だった。

「アルベール・ロレーヌ!」

名前を思わず口にする。
彼は攻略対象者だ。

 ブラウンベージュの髪に神秘的な黒い瞳のアルベール・ロレーヌ。私の知っている彼も生徒会長だった。

 けれどそれは、王都学園の生徒会長。今の彼はドリミア学園の生徒会長だ。

 ゲームの中の彼はあの婚約破棄のパーティーにゲストとして招かれていた。ヒロインとエリザベートの間に立ち、まるで親の敵でも見るかのような、憎々しげな目つきでエリザベートを睨んでいたのを覚えている。

まだ、時間はある。

私はこの入学式の為に、朝から髪を大きな縦巻きロールにしてもらった。

 実は悪役令嬢の定番の『縦巻きロール』を避けようと、侍女のヒルダと色々な髪型を試してみたのだ。実際にはカット出来ないので、カツラを使ったりもしながら。

 サラサラストレートヘアも試したし、柔らかウェーブも試してみた。

 ショートもクルクルパーマも試してみたけれど、私にはやっぱり大きな縦巻きロールが1番似合った。

「やっぱり縦巻きロールにするわ」

「承知致しました。エリザ様」

 ダークブロンドの髪を大きな縦巻きロールにして、通学用に仕立てたドレスに着替えて、鏡の前に立つ。そこに映っているのはキリッとした芯の強そうな美少女だった。

 朝は王太子殿下に迎えに来てもらい、お昼には自分の屋敷からコース料理が届く。

 学園自慢の中庭の屋根付きのテラスで、王太子殿下とその側近のエドモンドと一緒にお昼休みを過ごしている私。ちょっと贅沢な学園生活だと思う。

 前世の記憶を取り戻してからは、周りの人々には出来るだけ優しく接しているつもりなのだけれど、「わがままに育てられた傲慢で気位の高い令嬢。」と今だに言われているようだ。

 今日も中庭での食事を終えて1年の教室に向かう。

 今日のお昼も美味しかったわ。さすが我が家の料理長。ご馳走様。

 そんな事を考えている私の前に、誰かが立ちはだかった。

「エリザベート・ノイズ嬢。ちょっと良いかな?」

「生徒会長・・」

「初めまして。エリザベート・ノイズ嬢。突然話しかけて申し訳ない。私は生徒会長をしているアルベール・ロレーヌ。生徒会長である事は知ってもらえていたよーだね」

「初めまして。アルベール・ロレーヌ様。この学園に生徒会長のアルベール様を知らない者はいないと思いますわ。そんな生徒会長から名前を呼ばれ、何かやらかしてしまったのかとビクビクしております」

「この学園にウィリアム王太子殿下の最有力婚約者候補のエリザベート・ノイズ公爵令嬢をしらない者もいないよ。
 突然声をかけて驚かせてしまったようだね。すまない。授業までもうしばらく時間がある。少しだけいいかな?」

「大丈夫ですわ」

 アルベール会長について行った私は、〈生徒会室〉と書いてある部屋に案内された。

 少し長めの年代物のテーブルと座り心地の良さそうな椅子が数脚。

 その奥にある来客用らしい趣味の良いソファーを勧められ、アルベール会長自ら紅茶を入れて下さった。

「貰い物だけどお菓子もあるよ」

 そう言って、美味しそうなクッキーも出して下さった。

「ありがとうございます。今、お昼を食べたところですので、紅茶だけ頂きます」

 私はそう言ってゆっくりと紅茶を口にする。

「そのお昼の事なのだけれど、エリザベート嬢。少し質問をさせてもらってもいいかな?」

「はい。構いません」

「貴方やウィリアム殿下が、中庭のテラスでお昼のランチを食べていると噂になっていてね。それは本当なの?」

「あ!あのテラスで食べてはいけませんでしたか?私、入学したばかりで知らなくて」

「いや、そうではなくて・・

毎日、屋敷から昼食が届いてると聞いているんだが、食堂のランチは口に合わないのかな?」

ああ、それでしたか!
考えてみればそうですよね。
沢山の生徒がいるのに、自分だけが家からランチを取り寄せるのはダメでしたよね。

「アルベール会長、ゴメンなさい。私も入学式のあと数日は食堂に通ったのです」

「食堂でランチを食べた事があるんだね。知らなかったな」

「はい。学園長が自慢されておられたので、是非たべてみたくて」

「けれど、口に合わなかった?」

「・・・」

「エリザベート嬢、正直に言ってくれていいんだよ。私は貴方の考えが知りたい」

「私、兄からも学園の食堂は美味しいと聞いていましたし、入学式で学園長もランチの味は学園の自慢の一つだと言っておられたので、利用するのを楽しみにしていたんです。

 それで入学の翌日から毎日、そっと一人で通ってみたのです。

 けれど、兄や学園長がどうして『あの味』を気に入っているのか、私には理解できませんでした。

 私も頑張ったのですけれど、限界がきてしまいました。あの味にはついていけません。

 私はもう二度とあの味を食したくないのです。申し訳ありませんが、この学園の食堂の料理は私の口には合いません」

 アルベールの黒い瞳が面白そうに目の前の女生徒を見ている

 赤を基調にした通学用に仕立てたドレス。華やかさを残しながらも学生らしさを感じるデザイン。
目鼻立ちのきりっとした美しい顔。陶器のような肌の色は、白過ぎもせず健康的。

 ダークブロンドの髪の大きな縦巻きロールと透き通るようなヴァイオレットの瞳が彼女の華やかさを際立たせている。

 王太子殿下の最有力婚約者候補で、毎朝、殿下が迎えに行っている話は、生徒会にも聞こえてきている。

 そんなエリザベート嬢に対する投書が生徒会に寄せられた。
 
『エリザベート・ノイズ公爵令嬢が毎日、中庭の屋根付きテラスに自分の屋敷から料理人を呼んで、お昼を食べている。

 ウィリアム殿下とブラウン伯爵家のエドモンド様まで巻き込んでいる。

 生徒に美味しい料理を作ってくれる食堂の料理人達も、陛下に食して頂けなくて残念だと零しておられた。

 生徒会から彼女に注意するべきだと思います。』

こういう内容だった。

「私はもう二度とあの味を食したくありませんわ。申し訳ありませんが、この学園の食堂の料理は私の口には合いません。」

なんとはっきりと!
思わず笑ってしまった。

『食堂の料理が美味しくない。』

 今まで誰からも上がらなかった声だった。アルベール自身も食べているが、とても美味しくて気に入っている。

どういうことだ?

 彼女は確かに口は肥えているのだろう。
けれど、彼女の兄は美味しいと言っていたと言うではないか。

「ウィリアム殿下の口にも合わなかったのだろうか?」

私は尋ねてみた。

「いえ、最初の1週間は殿下は忙しくて、食事には行っておられません。食堂のお料理の事で意見が合ったのは、エドモンド様とです。」

「エドモンド・ブラウン君も貴方と同じ意見なのか。」

 エドモンド・ブラウン。ブラウン伯爵家の嫡男。勉学、魔術、武術ともに優れ冷静沈着。ウィリアム皇太子殿下の側近。その彼も食堂の料理が口に合わない?

どういうことだ?
何か理由があるのかもしれない。彼の話も聴いてみよう。

「エリザベート嬢、貴重な意見をありがとう。貴方に来て頂けるような食堂に出来るよう、生徒会としても調査してみるよ」

「明日からも、今まで通りにテラスでお昼を食べもらって大丈夫だよ。時間を取らせてしまったね。1人で教室に行けるだろうか?」

「大丈夫ですわ。アルベール会長。明日からの許可も頂いて、ありがとうございます。ではこれで失礼致しますわ」

 優雅なお辞儀をしてエリザベートは生徒会室を後にした。

「調べてみるか・・」

 アルベールはつぶやく

 普通の生徒は学園の食堂の料理が口に合わないだけで、自分の屋敷から豪華なフルコースランチを、毎日届けさせたりはしない。  

 それも学園自慢の中庭の屋根付きテラスに王太子とその側近まで誘って。

 本人はこっそりと目立たないようにしていると思っているようだったが、そのランチの様子は全校生徒の注目の的になっている。

生徒会への投書は無記名だった。 

 彼女を羨んだ学生、または、王太子殿下の妃の座を狙う女生徒が、彼女の評判を落とす為に生徒会を利用しようとしたのだろう。
 当の本人は全く気がついていないようだったが。

ウィリアム皇太子殿下以外には無関心。
派手な縦巻きロールの我儘娘。

父親に溺愛されて傲慢この上なく育ち、
人を思いやる心に欠けた公爵令嬢。

そう聞いていたが。
噂とは当てにならないものだ。 

(エリザベート・ノイズ嬢か)

黒い瞳が珍しく楽しそうに輝く。

 先ほどのヴァイオレットの瞳の女生徒の真剣な眼差しを思い出しながら、アルベールは昼からの授業を受けるために、生徒会室を後にした。
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