転生して王子になったボクは、王様になるまでノラリクラリと生きるはずだった

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第7章 神の手のひらの上で

【58】開かない瞳 オーディンside

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細くなっていく体、常に何かに怯える瞳、震える愛しい人をどうしていいかわからず、ただ抱きしめるだけの日々。
最先端医療が揃っているシアーズの宮廷医師ですら原因がわからぬ病に侵されたシルヴァリオン。
初めて会った日から1日も欠かさず愛を注いできた。
私だけの妃となり、これから何十年も変わらぬ愛を捧げるのだ。負担にならぬように柔らかく抱きしめ私のパワーを注ぐイメージをする。(早く良くなってくれ―――)
何を食べても吐いてしまう。ほんの少しでもいいから食べて体力をつけてほしいのに、吐くせいで逆に疲弊させてしまう。
子供の頃ハチに刺されてから注射が死ぬ程嫌いなシルヴィ。嫌がるのを宥めながら鎮静剤の注射をし、眠っている間に点滴をする。
細くなった手首に青黒いあざができている。
こんなにも美しい体にアザをつける罪悪感に苛まれるが、なんとしても助けたい一身で今日も泣くシルヴィを抱きしめ注射を受けさせる。
そんな日々なのに、エーリスに隣接する国が不穏な動きを見せていると報告が入る。
エーリスはこの世の民の95%の人々が信仰しているアウレリア教の聖地があり、軍事的にも政治的にも重要な国だ。シルヴァリオンの大事な生国でもあるここを奪われるわけにはいかない。

幸い今日のシルヴァリオンは朝から顔色もよく、ベッドで少し体を起こし座っていることができていた。
『あとで久しぶりに湯に浸かりたいな』と言うシルヴィに帰ったら必ずと約束し軍議へと出かけた。

しかし軍議が終わり急いで皇子宮に戻るとシルヴィの姿はなかった。
黒服に問いただすと、シルヴィ付きの黒服数人がどこかに連れて行ったと…

ありえない。まさかあの者たちがシルヴィを攫った?何のために?
あのような状態のシルヴィをどこへ―――


ここしか思いつかなかった。



廃神殿にたどり着くと柔らかな夕陽が差し込む祭壇近くに愛する人が眠っていた。
あれはシルファか?エーリス王族の衣装に身を包み横たわるシルヴィに違和感を感じる。周りで跪いている黒服がくずおれすすり泣く。

「そんなバカな―――」

地面に足が縫い付けられたかのように動かない。


あの時ここで

「死ぬまで…いや生まれ変わってもずっと一緒だ、愛してるシルヴァリオン」そう言った私に愛しい人はこう言った。

「来世も来来世も、ずーっとずーっと一緒だよ?ボクが神様に頼んであげるからだいじょうぶ」
子供のような純粋な笑顔でそういうシルヴィは廃神殿の神に祈りのポーズをした。

この神が何をしてくれるというのだ………。


開かない瞳、透き通るように白い肌。

「いつ…?」

「1時間ほど前に…眠るように穏やかに」地面に伏したまま黒服が答える。

苦しまなかったのか…少しの安堵とともに『何故』という気持ちが沸き起こる。
何故こんな時に私は軍議などに出ていたのか。何故シルヴィは最期をこんな場所で迎えたのか。最期の言葉は何だったのか…。

「シルヴィ…起きろ。帰ってきたぞ?」 一歩近づく。

「湯に入れる約束だろう?宮殿に戻ろう、何故こんな場所に来てるんだ」もう一歩近づく。

「拗ねてるのか?私がいなかったから…いつもの寝たフリだろう?」 

クスクスといつものように笑ってくれと祈りながら、シルヴィの元へとようやく辿り着く。
閉じられた瞳は開かない、薄く開いた唇からあの美しい声も聞かれない。
そっと頬に手を伸ばす。まだ温かい…

「ほらやっぱり、温かいじゃないか。やめてくれ……死んだフリだなんて悪ふざけが過ぎるぞ」

周りの黒服から嗚咽が漏れる。やめろシルヴィは死んでなんかない、死んでなんか…。
目の前がぼやける、なんだ?やめろシルヴィの顔が見えにくいじゃないか。
気づけば人前だと言うのに私の両目から熱いものが溢れ出す。それらが私の頬を伝いシルヴィの頬に落ちる。

「あ…すまない」
拭おうとしたが次々と熱いものが私の頬を滑り落ちシルヴィの顔に落ちてゆく。

(まるでシルヴィが泣いてるみたいだ)




今にも起き出して『どこ行ってたのさ』って唇を尖らせ怒り出しそうに見える。
艷やかなプラチナブロンドが夕陽を受け黄金色に煌めく。こんなに美しいのに…。
いつもはピンクに色づく柔らかな頬が透き通るように白い。こんなにもみずみずしいのに…。
私の落としたもののせいで濡れる睫毛が今にも動き出しそうなのに。何故…?



「何故一人で逝った………?ずっとずっと一緒だと言ったではないか」


胸元に組まれたシルヴィの手を握ると手首に点滴の痕が見えた。

「あんなに怖がって嫌がってたのに、がんばって注射もしたのに…」
こんな事になるなら注射なんてさせなければよかったと後悔が押し寄せる。
食べられないというのを励まし無理に食べさせては吐き戻し苦しませた。あんなこともしなければよかった。

「すまない…」細くなったシルヴィの指を撫で擦る。

どうやってもその瞳は開かない。呼んでも答えてはくれない。
私はようやく結ばれた最愛の人を失ったことに絶望した。


シルヴィを温めていた夕陽が隠れ、廃神殿に灯りがともる。
何故だ…シルヴィが私の元から去ったというのに、何故 時は普通に流れていくのだ。

「シルヴィがいないこの世界で私はこの先どうやって生きていけばいいのだ…?」




私のその言葉に黒服が1枚の紙を差し出してきた。



そこにはたおやかで美しい愛する人の文字が綴られていた。

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