透明人間vs塩田剛三

梧桐彰

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第四章 語られぬ約束

欧州回顧録「ベルリン列車旅行」

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「声はすれども……いやあ、今度は姿も見えてるか」

 つぶやきながら、私は落とされた天井の上に立ち上がりました。
 対する巨人はべきべきと両手の骨を鳴らして歩み寄ってきます。
 折しも降り始めた雨を受けながら、ひゅう、と口で音を立てながら右手を伸ばしてきます。

 私はくるりと転回してかわし、喉に人差し指を突きこみました。
 げふっと声を出しましたが、その程度ではひるみません。

 少し離れたところ腰を落とすと、それまで封じていた拳骨を叩きつけてきました。
 左のパンチを横殴りに振り回してきます。

「おう」

 私はそれを避け、相手の肘の内側へ手刀を当てて崩し、体重を使って崩しました。
 しかし並みの男ならこれで投げ飛ばせるのですが、姿勢を失いながらも彼は壁を蹴り飛ばし、巧みにまた姿勢を戻してきます。

 怪人は今度はボクシングのように、両腕を顔の前へ持って拳を握りました。首を固めて上体を小刻みに揺らし、標的を定められないように近づいてきます。

 ぶん、と舞い落ちる雨滴を突き破って、巨人が大きくフックを振り回します。
 私はすれすれのところで剛拳をかわしました。
 しかし、どうもこのパンチは見せかけのようです。
 彼の真意は、私を車両の隅へ追い詰めることにありました。 
 私にフットワークを使わせないつもりなのです。
 
 先ほどの崩れ落ちた瓦礫に踵がぶつかりました。
 これ以上は下がれません。
 そのタイミングで彼は巨体を縮め、砲弾のようなアッパーカットを繰り出してきました。

 ガツッと鋭い音が骨に響きます。
 致命傷は避けられましたが、私は初めてこの勝負で被弾しました。
 恐るべき威力です。
 心臓に直撃していたら息の根を止められていたでしょう。

 こちらは何発当てても大して効かず、向こうは一発命中させれば大打撃です。
 なんと不公平な勝負だと思いつつも、そんなことを言ったが最後、植芝先生が日本から瞬間移動して扇子で私の頭をはたきにくるでしょう。
 そして手助けはしてくれない。

 戦いは公平ならぬもの。
 戦いとは平等から遠くかけ離れたもの。
 それを承知の上で、勝たなければならない。

 それは体格に恵まれない私に終生ついてまわる、残酷な現実です。

 巨人はさっきの一撃で気をよくしたらしく、もう一度、威力を増して繰り出そうとしてきました。
 アッパーの対処が下手だと踏んだのでしょう。

 たしかにもう一度食らえば致命傷。
 しかし一度動作を見てしまえば。

 巨人のアッパーは、さっきの軌跡を同じようになぞってきます。
 チャンスだ、チャンスだと私の全身が叫びました。

 相手が右手をぐっと下げるのに合わせ、私は反対側に駆け寄り左腕を捉え、肘を固定して大きく放り投げました。
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