透明人間vs塩田剛三

梧桐彰

文字の大きさ
27 / 32
第四章 語られぬ約束

欧州回顧録「決着」

しおりを挟む
 勝利を得たのはこちらでした。

 透明人間がそれまでの闘志を完全に消しさったとき。
 ただこの刹那、この勝負への覚悟を決めたとき。

 彼は精神も肉体もあらゆる意味で消え去っていました。
 いくら心機をこらしても捉えることはできなくなりました。

 このときばかりは、負けたか、と本気で思いました。

 ですが、その傾く均衡は、まったくの幸運によって破られました。

 雷が、私の全身をはっきりと見せてしまったのです。
 そして私の姿が見えたことで、新しい論理が彼の中に生まれてしまったのです。

 見えたぞ!

 きっと彼は心の中でそう叫んだことでしょう。
 見えないはずの姿が明星の如くに輝いているのですから。

 しかし、その事実は自らの姿も露わにしてしていました。
 完璧な戦士は、野生の動物に成り下がってしまいました。

 先ほどは透明人間と透明人間の立ち合いでした。
 それが今は、不透明人間と不透明人間の立ち合いにすり替わったのです。

 私の伸ばした右腕へと恐るべき速度で突っ込むのがわかります。
 ですがそれは彼にとって勝機ではなく、完全な油断でした。
 彼の見えない全身が大声で叫んでいます。

 見えたのだ!
 見えたからこちらのものだ!
 見えたから勝てるのだ!

 彼はその幻影にしがみついていました。
 その強烈な獣の意識こそが、合気術の真価を発揮する条件でした。

 足音から距離とタイミングがわかり、雨滴から手の位置が読み取れました。

 意気揚々と組み伏せる勢いに乗じて、私は大きく身をひるがえして相手の両腕をとらえました。
 両手が彼の全身と一体になる感覚がありました。
 踏み出す方角を変え、全力を加えました。

 相手が何かを叫びました。
 それでも無我夢中で身についた技を繰り出します。
 壁の裂け目めがけて投げ飛ばしました。

 摩擦熱を皮膚に残して、肉体が離れていくのがわかります。
 巨体を投げつけた貨車の側壁は木っ端みじんに吹き飛びました。
 彼の体が完全に列車の外へ放り出されました。

 外は谷でした。
 坂道に彼の体が弾み、砂利をはじき飛ばしたようです。
 ごろん、ごろんと転がる姿が、へし折られていく枝の音でわかりました。
 その音は繰り返すたびに、少しずつ遠ざかっていきました。
 
 しばらくその場に立ち、じっと外を見つめました。

 雷がもう一度轟きました。
 真っ黒な雲の向こうから、誰かの声が聞こえたような気がしました。

『塩田が頑張ってるから、ちょっとだけ手を貸したんや』

 私はしばらく壁の向こうへ残心をとっていましたが、それから床にどっと座り込み、大きく息をつきました。

 結局、私には光は見えていたのでしょうか?
 植芝先生は手を貸してくれたのでしょうか?
 それともすべて幻だったのでしょうか?

 誰も答えてはくれませんでした。
 蒼白であろう私の額から、雨水に混じった汗がとめどなく落ちていました。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

武蔵要塞1945 ~ 戦艦武蔵あらため第34特別根拠地隊、沖縄の地で斯く戦えり

もろこし
歴史・時代
史実ではレイテ湾に向かう途上で沈んだ戦艦武蔵ですが、本作ではからくも生き残り、最終的に沖縄の海岸に座礁します。 海軍からは見捨てられた武蔵でしたが、戦力不足に悩む現地陸軍と手を握り沖縄防衛の中核となります。 無敵の要塞と化した武蔵は沖縄に来襲する連合軍を次々と撃破。その活躍は連合国の戦争計画を徐々に狂わせていきます。

偽夫婦お家騒動始末記

紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】 故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。 紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。 隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。 江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。 そして、拾った陰間、紫音の正体は。 活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。

大東亜戦争を有利に

ゆみすけ
歴史・時代
 日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...