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第四章 語られぬ約束
トラウデル・ユンゲの日記(4)
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空間には漆黒の帳が下り、同時に透徹した静寂が浮き彫りになった。
最後に見えた時、シオタと透明人間の距離はかなり離れていたが、今の二人の状況はもうわからない。身動きもせず、ただにらみ合っているのか。それとも足音だけを最小限に抑え、お互いに大きく動き、何度も触れ合っては離れているのか。
「見えますか」
「いいえ、何も」
そうしたささやき声が私たちから漏れた直後。「あっ」と私たちは叫んだ。
思いもよらぬ不幸だった。雷が落ちたのだ。
光が暗闇を引き裂いた刹那、機関車を挟む木にガガーンと鋭い衝撃が走った。貨車の中央にシオタの姿がはっきりと見えた。小柄な背中がまっすぐに立っている。身を隠していなかったのだ。
均衡が破れ、踏み込みが貨車の床を揺らした。野獣を思わせる掛け声。透明人間とシオタの体が衝突し、凝結した。
そして、さらに一声。
「ぬああーっ!」
全員が腰を浮かした。雨水を突き破って風が私たちの頬を殴った。目の前をたしかに何かが吹き飛んでいく。裂けていた壁がさらにひしゃげ、枕木の向こうに広がる谷へと落ちていった。
シオタがやられた。
暗い雨の中を、私たちは絶望に身をすくませた。暗闇の中であれば互角であったのに、シオタの姿は雷のせいで見えてしまったのだ。こんな不運はさしもの達人にも予測できなかったのだろう。
すべては終わったのだ。これで私たちはあの巨大な怪物に捕捉されてしまう。そうなれば、私たちはシオタと同様に外へ投げ出されるか、屈強な腕に首をへし折られてしまうに違いない。話し合いなど無意味だ。戦っても勝ち目はない。逃げることもできない。ただ祈るしかできない。
恐怖に震える中、雨が一瞬だけ弱まり、それから再び雷がとどろいた。
最後に見えた時、シオタと透明人間の距離はかなり離れていたが、今の二人の状況はもうわからない。身動きもせず、ただにらみ合っているのか。それとも足音だけを最小限に抑え、お互いに大きく動き、何度も触れ合っては離れているのか。
「見えますか」
「いいえ、何も」
そうしたささやき声が私たちから漏れた直後。「あっ」と私たちは叫んだ。
思いもよらぬ不幸だった。雷が落ちたのだ。
光が暗闇を引き裂いた刹那、機関車を挟む木にガガーンと鋭い衝撃が走った。貨車の中央にシオタの姿がはっきりと見えた。小柄な背中がまっすぐに立っている。身を隠していなかったのだ。
均衡が破れ、踏み込みが貨車の床を揺らした。野獣を思わせる掛け声。透明人間とシオタの体が衝突し、凝結した。
そして、さらに一声。
「ぬああーっ!」
全員が腰を浮かした。雨水を突き破って風が私たちの頬を殴った。目の前をたしかに何かが吹き飛んでいく。裂けていた壁がさらにひしゃげ、枕木の向こうに広がる谷へと落ちていった。
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恐怖に震える中、雨が一瞬だけ弱まり、それから再び雷がとどろいた。
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