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2.省エネ男子になつかれました
2-9 side:玖堂
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宮下の存在を初めて認識したのは、高校に入学して間もない頃だった。
アパートの部屋を出たところで、隣人と出くわした。あの日は休日だったと思う。
「こんにちは」
同世代だと思われる男子から挨拶をされて、俺は口ごもってしまった。「……す」と返すのが精一杯だった。不愛想な対応をされたというのに、特に気にした様子もなく男子は笑みを浮かべていた。
皺ひとつないブルーのシャツを纏った彼は、軽く頭を下げて部屋に入っていった。
身なりを整えた人間に目を見て挨拶をされるのが苦手だ。いつもよれよれになったTシャツを着ているので、なんとなく居心地が悪くて視線を逸らしてしまう。
俺は着るものに興味がない。着古したTシャツを捨てずに愛用しているのはそのためだ。ちょっとくたびれたほうがTシャツは着心地が良いと思う。
襟元が伸びきったTシャツ姿の自分とは違って、隣人はいつ会ってもきちんとした服装をしていた。
あるとき、彼が自分と同じ制服を着用していることに気づいた。
しばらくすると、同じクラスの委員長だと知った。
宮下は、誰にでも挨拶をしているようだった。アパートの住人と世間話をしているのを見て、社交的だなと感心した。その住人と一緒に「当番制」などといって敷地内や外周を掃除していることを知ったときは、ちょっと衝撃だった。
何をどうすれば、しなくても良いゴミ置き場の掃除をする人間になるのだろう。自分が絶対にしないことをする宮下のことを「変わったヤツだな」と、当初は思っていた。
本当に、ただそれだけだったのに……。
✤
午後の教室には、気だるい雰囲気が漂っている。
そろそろ昼休みが終了する時間だ。俺は、今にも睡魔に負けそうだった。
これから授業なんて面倒だな、と思いながら頬杖をついていたら、近くの席の吉沢が「眠いーー!」「帰りたい~~」と声を上げた。
まったく同感だ。そう思いながら、ぼんやりと吉沢を見ていたら視線が合った。
「俺も今、同じこと考えてた」
「だよな~~」
教室の後方では、こんな風にだらけた空気が充満している。しかし、教壇に近い前方は少し様子が違う。真面目に予習している生徒がいる。
宮下の席も前のほうにある。ちらりと視線を上げて、彼の姿を探す。宮下は自分の席ではなく、教卓のところにいた。
担任の青山と一緒に、なにやら教卓の引き出しをあさっている。途切れ途切れに聞こえる二人の声を総合すると、引き出しの中を片づけていることが分かった。
青山はいい加減な性格だ。いつ見ても教卓の上は散らかっている。宮下に片づけを手伝わせているのだろう。
委員長だからって、宮下を便利に使うなと言いたい。
俺はジトッと青山を睨んだ。
その視線に気づいたのか、吉沢が「委員長~~」と声を上げる。
「何、どうした」
片付けを中断して、宮下が教室の後方にやって来る。
「玖堂が嫉妬してたから呼んだ」
やっぱり、吉沢にはバレていたようだ。
宮下が「は?」という顔になる。
「嫉妬? 意味が分からないんだけど」
「青山を殺しそうなくらい睨んでたよ」
吉沢が、俺のほうを指さしながら椅子をギコギコさせる。
「なんで玖堂が青山を殺すんだよ。動機は?」
「だから嫉妬だって」
吉沢の説明に、宮下はますます困惑しているようだった。
俺が手招きすると、宮下は大人しく近づいてくる。
「マジでなんなの」
そう言って、宮下が俺を見下ろす。俺が椅子に座っているので、新鮮なアングルになった。
そのまま腕をまわすと、宮下は「ぎゃっ」という声を上げた。
なんとなくだけど、クラス全体の空気が変わった気がした。
吉沢が「うわ~~」と愉快そうに笑う。
腕の中で、宮下がジタバタと暴れる。俺は特技が「力持ち」なので、彼の抵抗はささやかなものだった。
しばらくすると、担任の情けない声が聞こえた。
「宮下~~、そんなところにいないで手伝ってくれ。このままじゃ昼休み中に終わらない~~」
まったく、人使いの荒い担任だ。
「俺も手伝う」
宮下を見上げながら、そう申し出たのだが。
「だめ」
「なんで」
「余計に散らかるから」
そ、そんな……。
戦力外を告げられて、俺は脱力した。その隙に、宮下は脱兎のごとく逃げ出す。
「逃げられちゃったなーー」
肩を落とす俺を見ながら、吉沢が腹を抱えて笑う。
一通り笑ったあと、吉沢が興味津々な顔で俺を見る。
「玖堂って、マジで宮下に懐いてるよな」
「うん」
その通りなので、俺はうなずいた。
「どこが良いの? いや、委員長は良いヤツだと思うけどさ」
「顔がタイプ」
素直に白状する。別に、隠すことでもないと思ったから。
「はぁ?」
吉沢が素っ頓狂な声を上げる。
またしても、クラスの空気が変わった気がした。なんというか、殺気立っているような感じだ。まぁ、気のせいだと思うけど……。
「か、顔って、宮下のモブ顔がタイプなのか……?」
「モブ? いや、宮下は美人だろ」
「えぇ……」
吉沢が、信じられないものでも見るような表情で俺を凝視する。
「そ、それは、マジで言ってる?」
「大真面目」
俺は大きくうなずいた。
「え、玖堂の目には、委員長が美人に見えてんの? ちょっと、それはムリがある気がするんだが。いや、決してぶさいくとかではないと思うけどな。というか、ぶさいくだと思う以前の話というか。印象がないというか……」
吉沢が、小声でぶつぶつと言っている。
「あ!!」
かと思えば、急に大きな声を上げた。閃いた、とでもいうような顔をしている。
「そういえば玖堂って、前に目が悪いって言ってたよな?」
「うん。でも、コンタクトを装着してるからよく見えてるよ」
「あ、そう」
吉沢は、いつの間にか虚無顔になっていた。なぜだろう、と考えているうちにチャイムが鳴った。
アパートの部屋を出たところで、隣人と出くわした。あの日は休日だったと思う。
「こんにちは」
同世代だと思われる男子から挨拶をされて、俺は口ごもってしまった。「……す」と返すのが精一杯だった。不愛想な対応をされたというのに、特に気にした様子もなく男子は笑みを浮かべていた。
皺ひとつないブルーのシャツを纏った彼は、軽く頭を下げて部屋に入っていった。
身なりを整えた人間に目を見て挨拶をされるのが苦手だ。いつもよれよれになったTシャツを着ているので、なんとなく居心地が悪くて視線を逸らしてしまう。
俺は着るものに興味がない。着古したTシャツを捨てずに愛用しているのはそのためだ。ちょっとくたびれたほうがTシャツは着心地が良いと思う。
襟元が伸びきったTシャツ姿の自分とは違って、隣人はいつ会ってもきちんとした服装をしていた。
あるとき、彼が自分と同じ制服を着用していることに気づいた。
しばらくすると、同じクラスの委員長だと知った。
宮下は、誰にでも挨拶をしているようだった。アパートの住人と世間話をしているのを見て、社交的だなと感心した。その住人と一緒に「当番制」などといって敷地内や外周を掃除していることを知ったときは、ちょっと衝撃だった。
何をどうすれば、しなくても良いゴミ置き場の掃除をする人間になるのだろう。自分が絶対にしないことをする宮下のことを「変わったヤツだな」と、当初は思っていた。
本当に、ただそれだけだったのに……。
✤
午後の教室には、気だるい雰囲気が漂っている。
そろそろ昼休みが終了する時間だ。俺は、今にも睡魔に負けそうだった。
これから授業なんて面倒だな、と思いながら頬杖をついていたら、近くの席の吉沢が「眠いーー!」「帰りたい~~」と声を上げた。
まったく同感だ。そう思いながら、ぼんやりと吉沢を見ていたら視線が合った。
「俺も今、同じこと考えてた」
「だよな~~」
教室の後方では、こんな風にだらけた空気が充満している。しかし、教壇に近い前方は少し様子が違う。真面目に予習している生徒がいる。
宮下の席も前のほうにある。ちらりと視線を上げて、彼の姿を探す。宮下は自分の席ではなく、教卓のところにいた。
担任の青山と一緒に、なにやら教卓の引き出しをあさっている。途切れ途切れに聞こえる二人の声を総合すると、引き出しの中を片づけていることが分かった。
青山はいい加減な性格だ。いつ見ても教卓の上は散らかっている。宮下に片づけを手伝わせているのだろう。
委員長だからって、宮下を便利に使うなと言いたい。
俺はジトッと青山を睨んだ。
その視線に気づいたのか、吉沢が「委員長~~」と声を上げる。
「何、どうした」
片付けを中断して、宮下が教室の後方にやって来る。
「玖堂が嫉妬してたから呼んだ」
やっぱり、吉沢にはバレていたようだ。
宮下が「は?」という顔になる。
「嫉妬? 意味が分からないんだけど」
「青山を殺しそうなくらい睨んでたよ」
吉沢が、俺のほうを指さしながら椅子をギコギコさせる。
「なんで玖堂が青山を殺すんだよ。動機は?」
「だから嫉妬だって」
吉沢の説明に、宮下はますます困惑しているようだった。
俺が手招きすると、宮下は大人しく近づいてくる。
「マジでなんなの」
そう言って、宮下が俺を見下ろす。俺が椅子に座っているので、新鮮なアングルになった。
そのまま腕をまわすと、宮下は「ぎゃっ」という声を上げた。
なんとなくだけど、クラス全体の空気が変わった気がした。
吉沢が「うわ~~」と愉快そうに笑う。
腕の中で、宮下がジタバタと暴れる。俺は特技が「力持ち」なので、彼の抵抗はささやかなものだった。
しばらくすると、担任の情けない声が聞こえた。
「宮下~~、そんなところにいないで手伝ってくれ。このままじゃ昼休み中に終わらない~~」
まったく、人使いの荒い担任だ。
「俺も手伝う」
宮下を見上げながら、そう申し出たのだが。
「だめ」
「なんで」
「余計に散らかるから」
そ、そんな……。
戦力外を告げられて、俺は脱力した。その隙に、宮下は脱兎のごとく逃げ出す。
「逃げられちゃったなーー」
肩を落とす俺を見ながら、吉沢が腹を抱えて笑う。
一通り笑ったあと、吉沢が興味津々な顔で俺を見る。
「玖堂って、マジで宮下に懐いてるよな」
「うん」
その通りなので、俺はうなずいた。
「どこが良いの? いや、委員長は良いヤツだと思うけどさ」
「顔がタイプ」
素直に白状する。別に、隠すことでもないと思ったから。
「はぁ?」
吉沢が素っ頓狂な声を上げる。
またしても、クラスの空気が変わった気がした。なんというか、殺気立っているような感じだ。まぁ、気のせいだと思うけど……。
「か、顔って、宮下のモブ顔がタイプなのか……?」
「モブ? いや、宮下は美人だろ」
「えぇ……」
吉沢が、信じられないものでも見るような表情で俺を凝視する。
「そ、それは、マジで言ってる?」
「大真面目」
俺は大きくうなずいた。
「え、玖堂の目には、委員長が美人に見えてんの? ちょっと、それはムリがある気がするんだが。いや、決してぶさいくとかではないと思うけどな。というか、ぶさいくだと思う以前の話というか。印象がないというか……」
吉沢が、小声でぶつぶつと言っている。
「あ!!」
かと思えば、急に大きな声を上げた。閃いた、とでもいうような顔をしている。
「そういえば玖堂って、前に目が悪いって言ってたよな?」
「うん。でも、コンタクトを装着してるからよく見えてるよ」
「あ、そう」
吉沢は、いつの間にか虚無顔になっていた。なぜだろう、と考えているうちにチャイムが鳴った。
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