君の紡ぐ言葉が聴きたい

月内結芽斗

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 授業が始まる前に、奏の額に触ったらかなり熱かった。やっぱり熱だったらしい。
 昨日の弁当で若干心の距離が近づいた岩田に先生に伝えてくれるように頼んで、奏を保健室に連れていく。

 養護教諭は奏を見て「そういえば去年のこの時期も熱出してたわねえ」と呑気に言った。

「冷却シート貼りたいから前髪あげて眼鏡とってって言ったら、すごく綺麗な子が登場して驚いたの、思い出した」
「そんなことより熱は何度ですか?」

 ちょうどタイミングよく体温計がなった。教諭が寝ている奏の脇から体温計を取り、「ありゃあ」と変な声を出した。

「三十九度五分だって! かなりしんどかっただろうに……」
「三十九度って」

 生きてられる数値なのだろうか。浅い呼吸を繰り返しながら眠る奏の額に触れると相変わらず熱くて、変わってあげたいと思った。

「宮本くんの親御さん、迎えにくるって。ここまで連れてきてくれてありがとうね。宮瀬くんは教室戻っていいわよ」

 簡易ベッドの上で横になっている奏の側からいつの間にかいなくなっていた先生が、カーテンを開いて教えてくれた。親が迎えにきれくれるなら安心だけど……。

「迎えにくるのはお父さんですか?」
「えっいやお母さんが来てくれるって」

「じゃあ迎えが来るまでここに残ります」
「……あらそう?」

 奏は小柄とはいえ、男子高校生だ。女子の平均よりは身長がある。お母さんと目の前の小柄なおばあちゃん教諭では奏を車まで運ぶのは大変だろう。奏が楽に家まで帰れるように俺も協力したいし、車に乗るところまで見送って安心したかった。

 教諭は迎えがくるまで事務作業をしていると言ってカーテンの向こうに消えてしまった。

 電気の光が入らなくて少し暗い空間に奏と二人きりになる。汗が額に張り付いているのに気づいて、体を奏に近づけた。細かい息が唇から漏れる音がする。保健室まで奏を運ぶ時、この唇が溢した言葉はいったい誰に向けての言葉だったんだろう。

 俺だったらいい。俺じゃなきゃ嫌だ。いや俺に違いない。
 奏の呟く「好き」という言葉は俺だけの耳に目に心に届いて欲しい。

 馬鹿みたいなことを考えていると自覚しているが、俺の奏への気持ちは本物なんだ。だから、あの掠れて消えるような「好き」が俺に向けられたものだと期待してもいいだろう?




 奏の母親はもっと静かなタイプだと勝手に思っていた。綺麗で可愛くてゆっくりと言葉を紡ぐ奏を女性にしたバージョンだと。だけど二人が似ているのは顔だけだった。

 俺と会って最初に言ったセリフは「イケメンね。あなたは誰? あら、身長高いわね」だ。
 奏と似た目をキラキラさせてそんなことを言うものだから拍子抜けだ。奏の母親の勢いは、勝手に顔合わせのような気持ちにすらなっていた俺の出鼻を挫いたとも言える。

 俺が奏を運ぶことを提案すると口に手を当てて喜んでいたし、「奏をお願いします」なんておかしな事を口走ったら、「元気にしてお返しするので待っててね」と言われた。それから車に乗り込む前に、ギュッとハグしてきた。

 奏のハグ癖はこの人由来だろうか。

「あら、おばさんがハグなんてしてセクハラね! ごめんね!」

 佳奈さん――そう呼ぶように言われた――は奏を連れて颯爽と帰っていった。




「奏、おはよう」
「おっおはよう」

 奏が学校に来たのは金曜日だった。挨拶をして目が合った。とろんとした変な目つきではなくなり、大きな目でこっちを見てくれる。全快したようだ。

 岩田たちに囲まれていつも以上に嬉しそうに笑顔を浮かべていて、その笑顔がキラキラと輝いていて眩しかった。久しぶりに友人たちに会えて嬉しいのか、二日間休んで頭がスッキリしたからなのか……。

 スッキリしたついでに俺の告白を忘れてもらっては困る。ましてやスッキリしたついでに告白を断ろうなんて決めたなんてことならもっと困る。
 熱から治った奏には申し訳ないけれど、俺のことをまた意識してもらわなければ。

 奏の前までいって額に手を添えた。途端に奏がどぎまぎし出す。思い出したのだろう。

「うん。熱は下がったね」

 にっこり微笑み、ついでにマスク越しだけど奏の頬を撫でれば、髪から覗く耳が真っ赤に染まった。今はここまでにしよう。

「もうホームルーム始まりそうだし、席に戻るよ」

 後ろで岩田が笑っている声が聞こえた。小さな笑みが俺にも浮かんでいたと思う。

 二日間で頭はスッキリしたのは奏だけではない。奏のいない二日間で俺の方も随分、考えがスッキリした。絡まってどうしようもなかったケーブルが、少しほつれて、あと少しというところまでは、頭がクリアになったのだ。

 奏の髪がまだ長かったとときは、自分だけが奏の良さに気づいていると思っていたし、イメチェンしてからは、外見的な意味での奏の良さがバレてしまって焦った。見た目が接しやすくなれば、奏に話しかける人も当然出てきて、今度は奏の人間的な魅力に気づいてしまった。奏の為人で、彼を好きにならない人はいないだろう。

 だから焦っていてかなり強引に奏を勉強に誘ったし、賭けをしたし、告白までしてしまった。奏を悩ませてしまっていることもわかっているし、申し訳ない。でもそれは仕方がない。

 周りを見渡して焦るのはやめよう。俺は少しずつ奏のペースに合わせて近づいていけばいい。今、レースに何人参加しているか知らないが、うさぎとかめで考えたら簡単だ。

 俺はうさぎだ。うさぎの敗因は途中で休んだこと。それ以上でも以下でもない。俺はそれをしなければいい。それだけだ。誰よりも早くスタートしているし……。俺は着実に奏に近づいていけばいい。

 そう自分に言い聞かせて頑張ることにした。

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