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三 皇子イザークについて
お砂糖たっぷり 三
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翌日の午後には、庭師五人はイザーク皇子の私邸の庭園に集められていた。
棟梁のトビアスが、肩を震わせている。とりわけ屈強というわけではないが、職人らしい引き締まった身体で、老いよりも若さの方を感じさせた。
その隣に、中年の庭師が二人。若い庭師が二人。
「皆さま、本日はお集まりいただき感謝いたします」
アウローラが挨拶すると、庭師たちは身じろぎをした。
「皆さまをお呼び立てしたのは他でもありません。このたびの庭の被害、皆さまが心を痛めていらっしゃるかと存じます。ですから、その慰労会というわけでございます……」
はあ、とか、なるほど、とか、各々が曖昧な納得の返事をしてみせた。
「このアウローラ。イザーク皇子殿下から日頃のご労苦の感謝として、この薔薇ジャムをお配りするように仰せつかりました。悲しいことに薔薇は切り刻まれてしまいましたが、こうして薔薇ジャムとして生まれ変わり、皆様のもとへと戻って参りました。ぜひ、ご賞味いただきたいのですが……」
「あ、ありがとうございます、アウローラ殿下……」
そうして、庭師たちを代表して棟梁のトビアスから困惑交じりの謝辞が戻ってきた。
「私どもの不手際で、薔薇園をお守りすることができませなんだ。お詫びのしようもございません……」
「いいえ、トビアス。そなたらのせいではありませんよ」
ここで、イザークがそれまで閉じていた口を初めて開いた。
「犯人は、必ず、見つけ出しますから」
皇子の言葉に、庭師たちが明らかに肩を強張らせる。
「さて、本題に移りましょうか」
アウローラは声の調子をわざと神妙なものへと切り替えた。
「実は、皆さまに、とても大事なお話がございまして」
庭師たちは互いに顔を見合わせ、そして、アウローラを今一度、見た。
「先ほど『ですが』と申しました。と、言いますのも、このお配りするはずだったジャムの中に……」
アウローラはもったいぶるように一呼吸おいてから、続ける。
「毒が」
言葉の効果は覿面で、たちまち庭師たちが血相を変えて目を白黒させている。
「つまりですわね、この中に毒が入っているとするなら、それは、ジャムを煮ていた鍋に私以外の他の誰かが、毒を混入させたということになりますの」
──さて。
アウローラは言いながら、小さな銀の匙を懐から取り出した。
「な、なにを……」
トビアスが仰天しているのをよそに、アウローラは配らずにいたジャム瓶を一つ開けて、ジャムを匙で掬う。そしてそのまま、匙を持つ手を唇へと近づけた。
「もし、毒が混入されていなければ、何も起こらないはず。ですが──毒が入っていれば、私は死ぬでしょうね」
「お、お待ちください!」
声を張りあげたのは、若い庭師の一人だった。日に焼けた肌が日頃の労働を物語っているものの、今や顔色は蒼くなっている。
「私は、毒など入れておりません!」
アウローラはゆっくりと青年を見据えた。青年が怯える表情になった。
「毒は入れていない。……では、何をなさったのでしょう」
アウローラの問いに、青年は膝からくずおれる。
「申し訳ありません……薔薇園を傷つけたのは、私でございます……」
青年の声に、涙が混じった。
「クラウス、なぜだ」
棟梁トビアスの心配する声に耐えられなかったのか、クラウスと呼ばれた青年は、泣きながら話しはじめる。
「命じられたのです……」
「誰に」
「ビュッセル侯爵に……」
そこで、イザーク皇子が弾かれたように驚きの声をあげた。
「ビュッセル侯が……!?」
「ええと、どなた?」
アウローラがいまいち話の要点を掴めずにいると、イザークはこう説明した。
「アガーテ皇女殿下の後ろ盾となっていた貴族家です。皇后陛下の出身家ですね。仮にアガーテ殿下が立太女された暁には、外戚として権勢をほしいままにする算段のはず」
「つまり、イザーク殿下とヴァルフリード殿下の敵。これは、示威行動……」
クラウスは、しゃくりあげながら声を漏らした。
「ビュッセル侯爵は、私の妹をメイドとして雇ってくださっているのです。ですが、ビュッセル侯爵に関係を迫られているようでして。ですが、訴えようとすれば、『これを口外すれば妹を殺す』とまで脅され……」
「それで、犯行に及んだわけですか」
「クラウス」
イザークが諭すような響きでクラウスに語りかける。
「そなたを責めるつもりはないよ。そなたは家族を守るために苦渋の選択を強いられたのだろう?」
「イザーク殿下……」
クラウスが、涙でぐしゃぐしゃの顔をあげた。イザークは懐からハンカチを取り出すと、クラウスに渡す。
「ほら、使いなさい」
「そ、そんな……殿下の私物をお汚しするわけには……」
「いいから」
と、イザークはクラウスの顔をついにハンカチでぬぐい始めてしまった。
「もう、いいのです」
ぽつりとイザークはこぼす。
「薔薇は、また咲きますが、妹さんは取り返しがつきません。ビュッセル侯には、それ相応の報いを与えねば」
「ありがとうございます、ありがとうございます……!」
再び大粒の涙を流し始めるクラウスに、イザークは顔をほころばせた。
棟梁のトビアスが、肩を震わせている。とりわけ屈強というわけではないが、職人らしい引き締まった身体で、老いよりも若さの方を感じさせた。
その隣に、中年の庭師が二人。若い庭師が二人。
「皆さま、本日はお集まりいただき感謝いたします」
アウローラが挨拶すると、庭師たちは身じろぎをした。
「皆さまをお呼び立てしたのは他でもありません。このたびの庭の被害、皆さまが心を痛めていらっしゃるかと存じます。ですから、その慰労会というわけでございます……」
はあ、とか、なるほど、とか、各々が曖昧な納得の返事をしてみせた。
「このアウローラ。イザーク皇子殿下から日頃のご労苦の感謝として、この薔薇ジャムをお配りするように仰せつかりました。悲しいことに薔薇は切り刻まれてしまいましたが、こうして薔薇ジャムとして生まれ変わり、皆様のもとへと戻って参りました。ぜひ、ご賞味いただきたいのですが……」
「あ、ありがとうございます、アウローラ殿下……」
そうして、庭師たちを代表して棟梁のトビアスから困惑交じりの謝辞が戻ってきた。
「私どもの不手際で、薔薇園をお守りすることができませなんだ。お詫びのしようもございません……」
「いいえ、トビアス。そなたらのせいではありませんよ」
ここで、イザークがそれまで閉じていた口を初めて開いた。
「犯人は、必ず、見つけ出しますから」
皇子の言葉に、庭師たちが明らかに肩を強張らせる。
「さて、本題に移りましょうか」
アウローラは声の調子をわざと神妙なものへと切り替えた。
「実は、皆さまに、とても大事なお話がございまして」
庭師たちは互いに顔を見合わせ、そして、アウローラを今一度、見た。
「先ほど『ですが』と申しました。と、言いますのも、このお配りするはずだったジャムの中に……」
アウローラはもったいぶるように一呼吸おいてから、続ける。
「毒が」
言葉の効果は覿面で、たちまち庭師たちが血相を変えて目を白黒させている。
「つまりですわね、この中に毒が入っているとするなら、それは、ジャムを煮ていた鍋に私以外の他の誰かが、毒を混入させたということになりますの」
──さて。
アウローラは言いながら、小さな銀の匙を懐から取り出した。
「な、なにを……」
トビアスが仰天しているのをよそに、アウローラは配らずにいたジャム瓶を一つ開けて、ジャムを匙で掬う。そしてそのまま、匙を持つ手を唇へと近づけた。
「もし、毒が混入されていなければ、何も起こらないはず。ですが──毒が入っていれば、私は死ぬでしょうね」
「お、お待ちください!」
声を張りあげたのは、若い庭師の一人だった。日に焼けた肌が日頃の労働を物語っているものの、今や顔色は蒼くなっている。
「私は、毒など入れておりません!」
アウローラはゆっくりと青年を見据えた。青年が怯える表情になった。
「毒は入れていない。……では、何をなさったのでしょう」
アウローラの問いに、青年は膝からくずおれる。
「申し訳ありません……薔薇園を傷つけたのは、私でございます……」
青年の声に、涙が混じった。
「クラウス、なぜだ」
棟梁トビアスの心配する声に耐えられなかったのか、クラウスと呼ばれた青年は、泣きながら話しはじめる。
「命じられたのです……」
「誰に」
「ビュッセル侯爵に……」
そこで、イザーク皇子が弾かれたように驚きの声をあげた。
「ビュッセル侯が……!?」
「ええと、どなた?」
アウローラがいまいち話の要点を掴めずにいると、イザークはこう説明した。
「アガーテ皇女殿下の後ろ盾となっていた貴族家です。皇后陛下の出身家ですね。仮にアガーテ殿下が立太女された暁には、外戚として権勢をほしいままにする算段のはず」
「つまり、イザーク殿下とヴァルフリード殿下の敵。これは、示威行動……」
クラウスは、しゃくりあげながら声を漏らした。
「ビュッセル侯爵は、私の妹をメイドとして雇ってくださっているのです。ですが、ビュッセル侯爵に関係を迫られているようでして。ですが、訴えようとすれば、『これを口外すれば妹を殺す』とまで脅され……」
「それで、犯行に及んだわけですか」
「クラウス」
イザークが諭すような響きでクラウスに語りかける。
「そなたを責めるつもりはないよ。そなたは家族を守るために苦渋の選択を強いられたのだろう?」
「イザーク殿下……」
クラウスが、涙でぐしゃぐしゃの顔をあげた。イザークは懐からハンカチを取り出すと、クラウスに渡す。
「ほら、使いなさい」
「そ、そんな……殿下の私物をお汚しするわけには……」
「いいから」
と、イザークはクラウスの顔をついにハンカチでぬぐい始めてしまった。
「もう、いいのです」
ぽつりとイザークはこぼす。
「薔薇は、また咲きますが、妹さんは取り返しがつきません。ビュッセル侯には、それ相応の報いを与えねば」
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