ふしあわせに、殿下

古酒らずり

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終 祝われた子

売国同好会

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「で、あの『売国同好会』の連中だが」

 エリカの紅茶のカップを片手に、エディングが話を切り出した。

「売国同好会?」

 ヴァルフリードが眉を跳ね上げると、エディングは片頬でにやりと笑った。

「『憂国会』とたいそうに名乗っているらしいが、やっていることは、れっきとした売国行為だろう。同好会程度の規模だしな。畢竟するに、『貴族の私兵ひけらかしごっこ』と何が違う?」

「まあ、否定するには無理がありますわね」

 ヴァルフリードが答える代わりに、アウローラが返事する。

 小屋の中では、コンラート王を中心に簡単な軍議が開かれ、大人たちが低声で囁き交わしていた。粗末な木のテーブルを囲むのは、国王夫妻、アウローラ、ヴァルフリード、エディング、そしてエリカ。ステラ王女は隣室で眠りについている。

「問題は、ガルティヤ王国軍が、どれほどレンゼル領内に入り込んでいるか、だな」

 コンラート王が国土全体の地図を広げた。

「斥候の報告では、およそ三千」

 そこに、エディングが淡々と数字を告げる。

「対して、我々が動かせる戦力は?」

 ヴァルフリードの問いに、コンラート王は若干、苦い顔をする。

「憂国会に与していない王家忠誠派の兵を集めて、ようやく千五百といったところだ、ヴァルフリードどの」

「二倍の戦力差、ですか」

 ヴァルフリードは腕を組んで天井の木目を仰いだ。

「正面からぶつかれば、勝ち目はありませんな」

 アウローラは、そのやり取りの間も地図をじっと眺めていたが、一つ考えを口に出してみた。

「もちろん、正面からぶつかることを戦法とは言いません。ですから、分断させて各個撃破。これに尽きますわね」

「と、いうと」

 コンラート王が娘アウローラを見た。

「ガルティヤ軍は、地の利がありません。対して、レンゼル側はこの国土を知り尽くしている。これを勝利の条件と呼ばずしていられませんわ」

 アウローラの繊細な指は、国境沿いの大河の一点に止まった。

「このソル河には、古い橋がありますよね」

「ああ、老朽化が進んで、もう取り壊す予定だったものだ」

「これを、わざと落としましょう」

「ほう。わざとですか」

 今度はエディングが興味深げに身を乗り出す。

「敵軍の補給部隊は、橋を挟んだ河向こうにいるはずでしょう? ……ならば、橋が落ちれば、レンゼル城を取り囲んでいる本隊とは分断されるはず。そして、一番近い迂回路は……」

 アウローラの指先が地図の山岳地帯の隘路へと滑った。

「ここ。この峻険で狭い山岳路を通るより他にありません。ここに敵兵力を集中させれば、ミミズのように細長く伸びます。横から叩けば、二倍の戦力差など意味をなしません。本隊と補給部隊、半々だとしても同じ千五百。……あらまあ、我が軍の総兵力と同じですわね」

「なるほど。そして、同数なら、おれがいるレンゼル軍の方に有利……か」

 さらりと豪語してみせたヴァルフリードの瞳には、得心の光が浮かんでいる。

「狩りと同じだな。獲物を狙った場所に追い込んで、逃げ場をなくす」

「ええ。敵の兵力を操るのは、実際の戦闘より重要なことですもの」

「さて、方針が立ったとして、売国同好会の連中はどうする」

 エディングが地図上のレンゼル城を指さした。

「ランブラン伯以下、主だった者たちは、まだ城で、ぐうすか眠りこけているさ」

「それは、ガルティヤ軍を片付けた後で、ゆっくり料理して差し上げればよろしいかと」

 アウローラのやや物騒な言い回しに、コンラート王は複雑そうな表情になった。

「アウローラ、国のだいだというのに楽しそうだな」

「大事だからこそ、楽しまねばならないのです」

「流石、フィリベルト陛下のゲームに勝利した王女殿下の言うことは違うな」

 と、ヴァルフリードが困った笑みをこぼす。

「まったく、とんでもないお転婆娘です」

 それまで黙っていたフェリシテ王妃が呆れるように言ったが、母親としてのぬくもりを帯びた声音だった。

「それにしても──」

 エディングが、エリカの紅茶の二杯目を所望して呟く。

「アウローラ殿下の作戦、なかなかに容赦がないですな。追い立てられたガルティヤ兵の絶望が手に取るように分かります」

「ええ、彼らはレンゼルを吞み込もうとする侵略者です。容赦はいたしません」

 ヴァルフリードが「帝国人の耳に痛いな」と軽い冗談を飛ばす。

「私の国と民を、踏みにじろうとする。ならば、それ相応の報いは受けていただかないと」

 ヴァルフリードが、そんなアウローラをただただ見つめていた。どこか、羨望するような瞳だ。

「どうかしました、ヴァル」

 すると、ヴァルフリードは突然視線を逸らし、口元を手で覆う。

「いや──惚れ直した」

「は?」

 アウローラが口を唖然の形にする。

「なんでもない」

 エディングが卓に頬杖をついて、はあ……と盛大に溜め息をついた。

「また惚気かよ。戦の前だというのに、おまえの頭の中はお花畑か」

「なに、売国同好会の脳内よりはましだろうさ」

 皮肉に皮肉で返しておいて、ヴァルフリードは今一度アウローラに視線を投げかけた。

「アウローラ。この戦、勝ってみせよう」

 この三日後、ソル河の古橋は轟音とともに落とされた。
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