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正編 第1章 追放、そして隣国へ
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海の見えるレストランでアメリアがラルドと愉しいひと時を過ごしている頃。時を同じくして、神殿内でも食事の準備は着々と進んでおり、珍しくレティアも料理人に混ざり王太子へのランチを制作することになった。
「へぇ。珍しくレティアがオレに、手料理を振る舞ってくれるのか。料理なんか作れたんだ……婚約が決定した記念の日だし、家族っぽいことをするのがいいのかもな」
「なぁに、それ。まるで私が一切、手料理を作れない女みたいじゃないっ。嫌味を言うためにキッチンまで様子を見に来たの?」
「だってキミって、何でもかんでもお姉さんのアメリアに面倒なことは押し付けて、功績だけは自分の手柄にしてしまう人だったから。意外だなって……楽しみにしてるよ」
長年婚約していたアメリアを追放したものの、機嫌があまり良くない様子の王太子はレティアに対して八つ当たり気味だ。ピリピリとした空気が二人の間に流れたものの、仕事の続きを終わらせるため、王太子はキッチンを出て再び執務室に戻る。
追い出しに成功し、次期王妃の座をも奪い、ようやく異母姉アメリアに勝てたと思っていた矢先の出来事。ふつふつと沸騰する鍋のように、レティアの心に異母姉に対するコンプレックスが甦ってきた。そして、チクチク嫌味を言う王太子に対する不満も。
(本当は、生贄の件……どうしようかと迷っていたけど。しょせん、王太子は馬鹿なんだって分かったわ。仮に魂が死んだって未練を残すほどの相手ではない、器ではない。そうよね?)
ぐったりと煮込まれた人参を原形がなくなるまでミキサーにかけていると、暗部のメンバーが報告に現れた。
「レティア様、神殿追放の処分となったアメリア様ですが……。暗部追跡チームからの報告によると、どうやら例の運営者の男と港のレストランでのんびり食事をしているようで。だからと言って反逆行為をする訳でもなく、概ね安全なのではないかと」
「チッ……せっかく追放したのに、泣き喚きさえしないのね。ふんっ。あの姉がこの土地にいると私の計画が頓挫しかねないから、早く出て行ってくれるのを祈るばかりね」
追放されて絶望しているはずの異母姉が、新しい男とランチデートを愉しんでいるとの報告が暗部から入り、ますます機嫌が悪くなるレティア。グルグルと回るミキサーの中身は、グチャグチャに引っ掻き回された心のようだ。
(せっかく、せっかく追放してやったのにっ。もっと泣いて、喚いて、私に土下座でもしたらこの国にいさせてやったのにっ……。けどお姉様、本当にこの国に未練がないんだ。この国が好きって昔は言っていたのに、私のことだって小さな頃は可愛がってくれていたのに)
『そうだよ、レティア。お前は小さい頃から一人なんだ。これからの人生、誰を崇拝すれば良いのかもう分かっただろう? 我だ……我なのだよ』
(あぁ、悪魔像の声がまた聞こえて来る。そうよ、お姉様も王太子も……私のこと、きっと仲が悪くなる前から嫌っていたに違いないわ。それなら、こんな国なんか……)
時折、ほんの一瞬だけ姉を慕っていた頃の本来のレティアが顔を見せそうになると、途端に悪魔がその感情を掻き消す。レティアはどんどん、悪魔に心を傾けて言った。
「ところで、王太子様がお仕事を切り上げて、食堂で待っているそうですよ。せっかく次期王妃の座を掴めることになったのですから、ここは手作り料理で王太子様と仲を深めるのがよろしいかと」
「ふぅん……王太子様が。そうね、名案だわ。私の愛情を王太子様にもた~ぷり分らせてあげないとっ。さてと、ミキサーから人参を取り出して、もう一度煮込んで……うふふ。隠し味をちょこっと……ね」
タイミングよく料理人がレティアの加虐心を刺激したのか、それとも最初からその手はずだったのか。
薄ら笑いを浮かべながら、レティアは手作り人参スープに『隠し味の毒薬』を忍ばせた。もはや異母姉を精神面で痛ぶることは難しいと踏んだのか、彼女は憎しみの対象を身近な別の人物へとぶつけることにしたのである。
* * *
地下の儀式室では、未だ布をかけられた悪魔像が眠りから目覚めて、その身に命が宿る時を心待ちにしていた。自らの手足となり、心の奥底で繋がっている聖女レティアに、絶え間なく思念波を送り続ける。それは、どんな料理よりも高級な『食材』を手に入れるようにとの催促でもあった。
『我に捧げよ、我に生贄を。数百年ぶりの食事……待ち焦がれていたのだ。王家の魂を喰らう日を……』
『任せて下さいな、悪魔像様。すぐに下ごしらえが終わりますわ』
『生贄の食材としてふさわしいのは、やはり王族の血だろう。老齢した王よりもまだ若く、生命力にみなぎる王太子の方が好ましい。優れた容姿に恵まれ、運動や魔力にも長けて……思考力が落ちるのが玉に瑕だが、まぁ変に抵抗されても困るからな』
『ふふふ……本当にピッタリの、最適の食材がすぐに手に入りますから。若く美しく、体力や魔力に優れ、そして洗脳しやすい馬鹿な王太子がね……!』
聖女レティアは料理をしながら、心の中で悪魔像に色良い返答を返していた。闇と手を結ぶための最高の手段を見出した眼差しで。
「へぇ。珍しくレティアがオレに、手料理を振る舞ってくれるのか。料理なんか作れたんだ……婚約が決定した記念の日だし、家族っぽいことをするのがいいのかもな」
「なぁに、それ。まるで私が一切、手料理を作れない女みたいじゃないっ。嫌味を言うためにキッチンまで様子を見に来たの?」
「だってキミって、何でもかんでもお姉さんのアメリアに面倒なことは押し付けて、功績だけは自分の手柄にしてしまう人だったから。意外だなって……楽しみにしてるよ」
長年婚約していたアメリアを追放したものの、機嫌があまり良くない様子の王太子はレティアに対して八つ当たり気味だ。ピリピリとした空気が二人の間に流れたものの、仕事の続きを終わらせるため、王太子はキッチンを出て再び執務室に戻る。
追い出しに成功し、次期王妃の座をも奪い、ようやく異母姉アメリアに勝てたと思っていた矢先の出来事。ふつふつと沸騰する鍋のように、レティアの心に異母姉に対するコンプレックスが甦ってきた。そして、チクチク嫌味を言う王太子に対する不満も。
(本当は、生贄の件……どうしようかと迷っていたけど。しょせん、王太子は馬鹿なんだって分かったわ。仮に魂が死んだって未練を残すほどの相手ではない、器ではない。そうよね?)
ぐったりと煮込まれた人参を原形がなくなるまでミキサーにかけていると、暗部のメンバーが報告に現れた。
「レティア様、神殿追放の処分となったアメリア様ですが……。暗部追跡チームからの報告によると、どうやら例の運営者の男と港のレストランでのんびり食事をしているようで。だからと言って反逆行為をする訳でもなく、概ね安全なのではないかと」
「チッ……せっかく追放したのに、泣き喚きさえしないのね。ふんっ。あの姉がこの土地にいると私の計画が頓挫しかねないから、早く出て行ってくれるのを祈るばかりね」
追放されて絶望しているはずの異母姉が、新しい男とランチデートを愉しんでいるとの報告が暗部から入り、ますます機嫌が悪くなるレティア。グルグルと回るミキサーの中身は、グチャグチャに引っ掻き回された心のようだ。
(せっかく、せっかく追放してやったのにっ。もっと泣いて、喚いて、私に土下座でもしたらこの国にいさせてやったのにっ……。けどお姉様、本当にこの国に未練がないんだ。この国が好きって昔は言っていたのに、私のことだって小さな頃は可愛がってくれていたのに)
『そうだよ、レティア。お前は小さい頃から一人なんだ。これからの人生、誰を崇拝すれば良いのかもう分かっただろう? 我だ……我なのだよ』
(あぁ、悪魔像の声がまた聞こえて来る。そうよ、お姉様も王太子も……私のこと、きっと仲が悪くなる前から嫌っていたに違いないわ。それなら、こんな国なんか……)
時折、ほんの一瞬だけ姉を慕っていた頃の本来のレティアが顔を見せそうになると、途端に悪魔がその感情を掻き消す。レティアはどんどん、悪魔に心を傾けて言った。
「ところで、王太子様がお仕事を切り上げて、食堂で待っているそうですよ。せっかく次期王妃の座を掴めることになったのですから、ここは手作り料理で王太子様と仲を深めるのがよろしいかと」
「ふぅん……王太子様が。そうね、名案だわ。私の愛情を王太子様にもた~ぷり分らせてあげないとっ。さてと、ミキサーから人参を取り出して、もう一度煮込んで……うふふ。隠し味をちょこっと……ね」
タイミングよく料理人がレティアの加虐心を刺激したのか、それとも最初からその手はずだったのか。
薄ら笑いを浮かべながら、レティアは手作り人参スープに『隠し味の毒薬』を忍ばせた。もはや異母姉を精神面で痛ぶることは難しいと踏んだのか、彼女は憎しみの対象を身近な別の人物へとぶつけることにしたのである。
* * *
地下の儀式室では、未だ布をかけられた悪魔像が眠りから目覚めて、その身に命が宿る時を心待ちにしていた。自らの手足となり、心の奥底で繋がっている聖女レティアに、絶え間なく思念波を送り続ける。それは、どんな料理よりも高級な『食材』を手に入れるようにとの催促でもあった。
『我に捧げよ、我に生贄を。数百年ぶりの食事……待ち焦がれていたのだ。王家の魂を喰らう日を……』
『任せて下さいな、悪魔像様。すぐに下ごしらえが終わりますわ』
『生贄の食材としてふさわしいのは、やはり王族の血だろう。老齢した王よりもまだ若く、生命力にみなぎる王太子の方が好ましい。優れた容姿に恵まれ、運動や魔力にも長けて……思考力が落ちるのが玉に瑕だが、まぁ変に抵抗されても困るからな』
『ふふふ……本当にピッタリの、最適の食材がすぐに手に入りますから。若く美しく、体力や魔力に優れ、そして洗脳しやすい馬鹿な王太子がね……!』
聖女レティアは料理をしながら、心の中で悪魔像に色良い返答を返していた。闇と手を結ぶための最高の手段を見出した眼差しで。
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