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正編 第2章 パンドラの箱〜聖女の痕跡を辿って〜
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しおりを挟むレティアが会食を決めた日から、話しは少し遡る。
アメリアがギルドに復帰して数日後、永遠の眠りについたまま精霊の棺で眠るアッシュ王子の肉体に変化が生じた。
「アッシュ君の心臓が動くようになった? 本当に……」
「はい。まだ、意識は戻っていませんが。魂と肉体の調和が取れるようになれば、期限までに目が覚めて普通に生活出来るようになるかも知れません。良かったですね、アメリアさん」
「えぇ……ラルドさんも、ありがとう。アッシュ君が不在の間、いろいろ八つ当たりしてごめんなさい」
自暴自棄となり、ある時は泣き叫び、ある時は自らの食事を断ち、早く命を終わらせようとしていたアメリア。ラルドにも神格と縁を切り、信仰を捨てた方が楽だとまで言っていた彼女が、ここまで回復出来てラルドは自分自身も救われた気がした。
「困った時はお互い様です。それに、ポックル君にも言われていたんですよ。困った時こそ、パンを分け合いなさい……と。もちろん、食糧難の中で物質的な意味もあるのでしょうが、精神的にもお互いの空腹を埋めるために励ましたり、痛み分けをする意味もあるのではないかと僕は解釈しています」
「ポックル君に? あの子は、精霊鳩という割にはフクロウみたいに大きいし、何だか不思議な生き物という感じだったけど。もしかすると、本当に天使様だったりして」
ポックル君が大天使の羽根は六枚あり、鳩の姿に変化しても羽が収まらず溢れてしまいフクロウのように見えるだろうと語っていたのをラルドは思い出した。落ち込んでいる自分を励ますためのジョークなのか、実は本当に彼が大天使様が変化した姿なのかは未だに謎だ。
けれど、ただ待つだけで不安感でいっぱいの自分に耐える勇気を与えてくれたポックル君は、天使のような存在だとラルドは感じていた。
「はははっ。実際、そうかも知れませんよ。ポックル君がいた頃は、災害もなく平和でしたし。彼がアッシュ王子と一緒に旅立ってから、僕達も世間も変わったのは確かです。ポックル君は平和の象徴なのでしょう」
「ふふっポックル君って結構美食家でペルキセウス産の天然酵母のパンが好きなのよね。アッシュ君と一緒にポックル君が帰ってきたら、今度はみんなでパンを分け合いたいわ」
「えぇ……楽しみですね。きっとまた、平和な世の中になりますよ。今日はアッシュ王子の肉体を精霊の棺から移動させる作業を行うそうなので、明日、お見舞いに行きましょう」
今頃、アッシュ王子の魂は完全な精霊として生まれ変わるためにポックル君と魂の世界で旅をしているはずだ。息を吹き返したということは、旅が順調に進みそろそろ戻って来るであろうことを意味している。
翌日、アメリアとラルドは花束を持ってアッシュ王子が眠る場所へと向かい、彼の無事をこの目で確認することにした。ベッドで眠るアッシュ王子の肉体は物言わぬ魂の抜け殻だった頃と違い、顔色が少し戻りゆっくり息をしていて、その鼓動が聞こえてくるようだった。
「うぅ……アッシュ君、生きてる。息をして、心臓が動いて……あぁ。もうすぐ会えるね、本当に良かった。アッシュ君、大好きだよ……」
「アメリアさん……」
泣きじゃくるアメリアだが、この二ヶ月半の苦しい涙ではなく、今回は嬉しくて泣いているのだ。同じ泣くという行動でも、涙の意味はまったく違うと言っていいだろう。
そしてどこまで行っても彼女の価値観、喜怒哀楽の全ての基準は夫であるアッシュ王子にあった。ラルドは信頼出来る兄のような人というポジションに落ち着いていた。
考えようによっては、アッシュ王子が現世にいない間も身近にいるラルドに変な感情を持たなかったアメリアは、夫のアッシュ王子に対して一途と言える。
(今は彼女を神のいとし子として見守っているが、アッシュ王子が快復すれば、いずれ僕は彼女と距離を置かなくてはいけない。彼女の一番は精霊神の僕ではなく、夫のアッシュ王子だ)
ラルドは自分の行き場を失くしたアメリアへの恋愛感情に終止符を打ち、精霊としての最後に出来ることは何か考えるようになっていた。
* * *
一旦、ギルドへと戻り王立騎士団宛に、アッシュ王子の無事を報告書に書いて提出する。意外なことに、今回のお見舞いもアッシュ王子の護衛任務の一つとしてカウントされるそうだ。
仕事の後に久しぶりにギルドカフェで、お茶をする。食糧が不足する中で、提供可能なメニューは限定されてきており、今日はシンプルに紅茶とビスコッティ。
「さて、予言が成就出来なかったように見えたことが、神への信仰を失いかけた最大の原因だと思われますが。このままいけば、アッシュ王子に関する予言は成就出来そうですね」
「えぇ。神格と呼ばれている存在を疑ったりして、悪かったわ。けど、それくらい私にとってアッシュ君の生き死には重要だから」
「配偶者を一途に愛し、守り抜きたいと願うアメリアさんの想いは立派ですよ。しかし今後は予言の勝手読みで情緒が乱れるようなことはあってはならない。そこで、予言とこれまでの時系列を見比べて、検証し。パンドラの災いを収めるための方法を予測をしてみようと思うのですが……この儀式、出来そうですか?」
アスガイア神殿を追放されてから、一度も行っていない未来予測のための儀式。本来、二人の絆はこの占星術と予知能力、そして占いの結果を論理的思考と客観的なデータ分析で行うこの儀式が根本。再びこの儀式を行うということは、即ち原点回帰に挑むことになる。
もし、今度こそ予言の読み解きに成功すれば、パンドラの箱から世界中に撒かれた災いを終わらせる方法が分かるかも知れない。
「時系列……そう。つまり、予言を現実に照らし合わせてパンドラの災いを解決する方法を探るのね。分かったわ……占星術を用いた未来予測とその対策を作りましょう。元・アスガイア神殿の精霊神ラルド様と巫女のアメリアとして!」
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