神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜

星井ゆの花

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外編 甦りのアッシュ

01

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 灰色の空の下。
 太陽は翳り、時折風が吹く。
 勿忘草と呼ばれる水色の花が揺れる丘、そこに聳え立つ巨大な十字架は魂の墓標である。

 今日もひとつの魂が、深層に堕ちた。

(死が二人を別つには、早過ぎる。まだ、死ぬわけにはいかない。帰りたい、アメリアの元へ)


 * * *


 アッシュ王子の心臓が止まった。
 未だ、彼の年齢は18歳。

 若者が病で死ぬのは酷だが、幼少期から病弱な彼にしては頑張った方だという。皮肉なことに、双子の王族に纏わる宿命から計算すると、予言通りの死亡年齢だ。

「アッシュくん? お願い、目を覚ましてっ。私達、ようやく夫婦になったばかりじゃない? アッシュくん……嫌、嘘よ。アッシュくん……」

 初夜のベッドは愛のゆりかごが一転して、冥府への船と化した。お互いの体温を分け合いながら抱きしめあって眠ったはずの若い夫は、翌朝冷たい抜け殻になってしまったのだから。

『お可哀想に、アッシュ王子が倒れたらしい。噂が本当ならすでに亡くなったとも囁かれている』
『アメリア様は、アッシュ王子よりもかなり年上の女性だという。東方干支のひと回り、それ以上だとも言われているが、アメリア様の年齢は非公表』

 歳上の妻であるアメリア・アーウィンは、初夜の晩に夫を喪い、未亡人となった。つい最近まで少年と呼ばれてもおかしくない成人したての若者が、妻を娶ってすぐに早逝したのは悲劇としか言いようが無い。

『本来は手の届かない、かなり歳上の女性との結婚か。無理を通してでも、周囲の人が協力してアッシュ王子の夢を叶えてあげたのだろう』

 その結婚は、懐いてきたアッシュ王子に絆される形だと、二人を知る関係者の中では通説となっている。

『ある時は姉弟のようで、またある時は親子のようだったな……言い過ぎか』

 お互いの憧れや境遇への同情、執着などの全てが混ざり合った感情の果てに、夫婦になったと噂されていた。

『まず、アッシュ王子が王族だって知っているのも一部の人間だけだ。まだ10代の不安定な若い男が年上の女性に憧れて、アメリア様も情熱に流されて』
『お互いに恋か愛かも分からないまま、勢いで結婚したイメージだろう』
『男は妻を女神のように信仰してこそ夫婦だという説がある。アッシュ王子もそれに近い気持ちで結婚出来たのなら、幸せだったんじゃ無いか?』

 恋愛とも母性愛とも判別つかない愛情の注ぎ方は、一般的な恋人同士とはいえなかっただろう。けれど、精神的に誰かに頼らなくては生きていけないアッシュ王子にとって、アメリアはまさに聖女であり聖母であった。

 けれど、愛しい彼を喪った彼女からはかつての輝きは消え失せていた。聖女でも聖母でもない、絶望の闇に堕ちた未亡人だ。

 周囲の噂話から逃げるように、アメリアは閉じこもり塞ぎ込んでいた。アッシュの棺のそばで、彼の存在を感じながら、ただそこにいるだけの時間が淡々と過ぎていく。

「大丈夫ですか、アメリア。よく聞いてください。精霊と人間のハーフは、一度人間として死んでも精霊として生まれ変わることが可能なんです。アッシュ王子は、これから生まれ変わるための試練を受けにいきます」
「ラルドさん……生まれ変わるって。また赤ちゃんからやり直したら、アッシュくんは結局別の人間になってしまうんじゃないの?」

 アッシュ王子の亡骸は、精霊族が肉体を脱いだ時に納められるという専用の棺で眠ることになった。ラルドから詳しい説明が行われるが、前例を見ない内容に懐疑的である。

「違いますよ、アメリア。再び、このアッシュ王子の器に魂が戻るんです。単純に肉体を捨てて生まれ変わるなら、世界樹のあるユグドラシルに行くはず。彼が魂の深層にいるのは、まだ器に戻れるからです」
「アッシュ君が、ここに戻って来るの? それは、いつ? 私は彼の声が聴きたい、あの優しい声が聴きたいのに、話しかけても返事がないの。このままではいずれ、私は彼の声を忘れてしまう」

 現実を受け入れられない妻のアメリアは、棺で眠るアッシュ王子のそばで俯いたままだ。
 かろうじて、彼女のために用意された教会用の椅子が、アメリアの背と信仰を支えていた。木製の椅子の背には十字架が刻まれていて、これからアメリアが背負う苦行のように感じられた。

 万が一の可能性で彼が目覚めることをアメリアに伝えても、アメリアの心には届いていない。
 霊安室から出る様子のないアメリアを残して、ラルドは錬金術の研究所へと急ぎ足で移動する。

「どうでしたか、ラルド様? アメリア様の様子は……」
「こればかりは、錬金術ではどうにもならない。せめて、アッシュ王子が無事に戻って来れるように、エーテルを絶やさないようにしなければ」
「そうですね。何より国王陛下も、自らの精霊力を使ってエーテル作りに協力してくださってます。精霊族にしかエーテル作りが出来ないのがネックですが、試練の期日まで持ちそうです」

 日に日にやつれていくアメリアに周囲の人々も不安な気持ちになったが、アッシュの父であるペルキセウス国王は伝承を信じて奇跡に賭けていた。

 王立ギルド錬金術研究所には、国内の錬金術師達がみな集められて、精霊の棺を維持すべくチカラの源であるエーテルの精製を続けていた。
 国王自ら書類に目を通して指示を出し、その補佐役はアスガイアの元神殿精霊であるラルドが行う。
 高度な精霊魔法と錬金術を駆使して、ようやくアッシュ王子の仮死状態は維持されているのだ。

「ラルド君、精霊の棺の手配……本当に助かったよ。我が国の錬金術の知識だけでは、補えない部分が多くてね。アスガイアの古い伝承が、棺の再現に役立ったな」
「アッシュ王子とは生まれた時からのご縁もありますし、それに僕は彼の妻アメリアの保護者ですから。しかし、あの棺を選んだということは、まだ国王陛下はアッシュ王子を諦めていないということですね」
「ああ。双子の片割れは死ぬと伝えられる我がペルキセウス王家。しかし精霊と人間の狭間に生まれた者は、人間の肉体を脱いで真の精霊として生まれ変わることが出来るという。この伝承が真実なのであれば、その可能性を信じてみたいのだよ」

 国王の瞳には、不安や絶望の中にいてもなお神への信仰心が見えた。もちろん、実の息子が仮死状態なのだから本来は気持ちが落ち込んでいるはずだ。
 けれど、この計画を伝えてくれた精霊ポックル君の教えを守るように、カラシの一粒種ほどの僅かな信仰が彼を支えていた。

『ラルド様。ワタクシ、この羽根にかけて必ずやアッシュ王子を一人前の精霊に育てて、再び現世に甦らせると約束しましょう。しばらく時間がかかりますが、それまでアメリア様とどうにか凌いでください。カラシの種一粒ほどの信仰があれば、きっと願いは叶う。まるでパンくずくらいの小さな信仰で。神の導きを信じて……』



 * * *


 魂の深層である古代ペルキセウス村には、死んだ魂や現世と冥府を行き来する魂で賑わっていた。本来は賑わうこと自体タブーであろう灰色の空の下で、それでも不思議な活気を港の村は帯び始めていた。

「久しぶりの古代ペルキセウス村、気のせいかも知れないけど……以前よりも人が増えたような」
「地上での加護が減ってきて、ジワジワと死者が増えているんでしょうね。しかし貴方は、はまだ辛うじて蘇生できる。ワタクシの情報網によると、甦りの伝承写本がギルドに保管されているはずです」

 伝承によると、過去にもペルキセウス王家の双子が亡くなったが、精霊の肉体を得て甦ったと記録されている。

「ポックル君、そうだな。愛する妻を、アメリアをいつまでも待たせてはいけない。まずは一歩踏み出そう」


 生前はもはや歩くこともままならなかったはずのアッシュ王子が、しっかりした足取りで一歩踏み出す。
 背には大剣を背負い、左手の薬指には誓いのリングが輝く。黒い髪を靡かせ青い瞳には決意が宿っている……生前叶わなかった剣聖に死を経てようやくなったのだろう。その姿を、ポックル君はアメリアの代わりに目に焼き付けた。

 剣聖アッシュの甦りの試練が今、幕を開ける。
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