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12.ともに歩む未来へ①
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『お前、俺と同じ名前なんて生意気だな』と言いながらも、子犬のジェイを優しく撫でている幼馴染みのジェイ。
子犬のほうもジェイが自分に危害を加える人間ではないと伝わったのだろう、ペロペロとジェイの大きな手を舐めて甘えている。
ジェイにジェイでちょっとややこしい。名付けた時には、二人?ではなく、正しくは一匹と一人が一緒に揃う事態は想定していなかった。
「おい、ジェイ。俺はこれからお前の飼い主と大事な話があるんだ。だからちょっと遊んでいろ」
「ワンワン!」
子犬相手にそういうジェイの顔は真剣そのもので、せっかく捕まえた子犬を地面に降ろして自由にさせる。
子犬のジェイは、これで洗われなくて済むと思ったのか、短い尻尾をプルプルと振ってまた蝶を追いかけ始める。
もちろん水溜りを気にすることはない。子犬のジェイは学習する気はまだないようだ。
…(子犬の)ジェイったら……。
頭が痛くなる。
『はぁ…』と溜め息をついていると、人間のジェイの笑い声が聞こえてくる。
「シンシアは相変わらず、美人の無駄使いをしてるなー」
ジェイは自分の眉間をコンコンと指さしている。どうやら私の眉間に皺が寄っていると教えてくれているようだ。
ここに彼が来たということは、偶然ではないはずだ。私は誰にも行き先を告げていないから、あれから私を探してここまで辿り着いたのだろう。
それは簡単なことではなかったと思う。
一人で静かに逝くつもりだったから、なるべく痕跡を残さないように、細心の注意を払って手続きもしていた。
それなのにジェイはそれを全く感じさせないくらい、普通の口調で接してくる。まるで別れたあの日から、まだ数日しか経っていないかのように。
勝手に消えたことも、何も言わなかったことも責めたりはしない。
でもその表情は、ずっと心配していたんだと言っている。
きっと彼は何もかも知ったのだろう。
あの手紙も受け取ったに違いない。
――酷いことをしたのは分かっている。
優しい幼馴染みは私の境遇に心を痛めて辛い思いをしているはず。それは一生の消えない傷となって心に残ってしまう。
ごめんね、ジェイ。
あなたの心を守れなくて…。
「ジェイ、ごめんな――」
「謝罪ならいらないよ。そんな言葉を聞きたくてここに来たわけじゃないから。俺はただ凄く会いたかったからここにいるんだ。だからシンシアも会いたかったて、言ってくれたら嬉しい。まあ、強制はしないけど…」
ジェイは照れくさそうにちょっとだけ視線を逸して、ぶっきらぼうにそう言ってくる。
昔と変わらない、でも確実に変わっている部分もある。
それはもう子供じゃないということだ。
「ジェイにまた会えて嬉しいわ。…探してくれてありがとう」
会えて嬉しいという気持ちは本当だから、ちゃんと言葉でそれを伝える。この先のことを考えたら、会わないほうが良かったけど、それをいま言っても仕方がないから言わないでおく。
それからジェイはあの後にあったことを話してくれた。
彼はやはり調べてすべてを知っていた。そしてルイアン・ブラックリーとイメルダに対して行ったことも包み隠さずに伝えてくる。
『やり過ぎだとは思っていない。だからお説教は聞かないよ』
『…ええ、言わないわ』
私のために腹を立ててくれたジェイ。
それも私の妹達への影響を考えて、全て自分が悪いという形を取って行動してくれた。
そしてジェイはそれによって、騎士としての出世の道を断たれてしまう結果となってしまった。
「ジェイ、本当にごめんな――」
「俺はただ自分のやりたいようにやっただけだ。シンシアは関係ない、だから謝らなくていいよ」
謝ろうとする私の言葉は、ジェイによって遮られる。何度かこんなやり取りを繰り返したけれど、結局は私のほうが諦めた。
彼は昔から自分の考えを曲げないところがあるから、きっと私からの謝罪は受け付けないだろう。
「ふふ、ジェイは本当に頑固ね」
「違うよ、ビシッと筋が通っといるんだよ。男らしくていいだろ?あのさ、…惚れても構わないから」
前半部分はいつもの調子で、そして後半部分は真剣な眼差しを向けて告げてくる。
だからいつもの軽口だと分かっていても、なんとなく照れてしまう。
自分でも顔が赤くなっているのを感じている。
嘘、嘘…。
なんで私ったら照れているのよ…。
七つも年下の幼馴染みの冗談を笑って流せないなんて、私らしくない。
私にとってジェイザ・ミンは弟のように可愛がっていた幼馴染み。
再会してから大人になった彼に驚きつつも、特別な感情なんて持っていなかった…。
だって私は人妻で、どんな事情があろうとも不貞なんて以ての外だ。
…あれ?私ったら、なんで言い訳をしているの…。
これではまるで、特別な気持ちを隠していたようではないか…。
そんなはずはない。
ただちょっと彼が眩しかっただけで、そういう感情ではない…はずよ。
なんだか自分の頭の中が整理できずにいると、そんな私にジェイは構うことなく話し掛ける。
「あのさ、先に謝っておく。シンシア、ごめん!事後報告になって悪いんだけど、シンシアはもうシンシア・ブラックリーじゃないから」
「……?」
もしかして私はルイアンから離縁されたということだろうか。
そんなことを承諾した覚えはないけれど、もしかしたら体が不自由になったルイアンが父親に『こんな女とは縁を切りたい』と泣きついたのかもしれない。あのナンバル子爵なら文書偽造だってやりかねない。
でもそれならば、私はブラックリーのままのはず。
だってルイアンと離縁が成立しても、私が生きているのなら彼はブラックリー伯爵位を返上しての離縁となるからだ。
私がシンシア・ブラックリー以外になるなんて有り得ない。
首を傾げている私に向かって、ジェイがとんでもない発言をしてくる。
「シンシアはシンシア・ミンになったから」
「…はぁ?」
我ながら間抜けな返事をしたと思う。でもこの場合、これ以上の言葉なんて出てきやしない。
「だからシンシアは、正式にシンシア・ミンになったんだよ!分かった?」
「……全然分からないわ、ジェイ」
「なんで分からないんだよっー」
そう叫んでジェイは頭を抱えている。頭を抱えるべきは私の方ではないだろうか。
ジェイ、誰も分からないと思うわ…。
これで理解できる人がいるならば教えてもらいたい。何がどうなって、私は彼と同じ苗字になっているのだろう……。
子犬のほうもジェイが自分に危害を加える人間ではないと伝わったのだろう、ペロペロとジェイの大きな手を舐めて甘えている。
ジェイにジェイでちょっとややこしい。名付けた時には、二人?ではなく、正しくは一匹と一人が一緒に揃う事態は想定していなかった。
「おい、ジェイ。俺はこれからお前の飼い主と大事な話があるんだ。だからちょっと遊んでいろ」
「ワンワン!」
子犬相手にそういうジェイの顔は真剣そのもので、せっかく捕まえた子犬を地面に降ろして自由にさせる。
子犬のジェイは、これで洗われなくて済むと思ったのか、短い尻尾をプルプルと振ってまた蝶を追いかけ始める。
もちろん水溜りを気にすることはない。子犬のジェイは学習する気はまだないようだ。
…(子犬の)ジェイったら……。
頭が痛くなる。
『はぁ…』と溜め息をついていると、人間のジェイの笑い声が聞こえてくる。
「シンシアは相変わらず、美人の無駄使いをしてるなー」
ジェイは自分の眉間をコンコンと指さしている。どうやら私の眉間に皺が寄っていると教えてくれているようだ。
ここに彼が来たということは、偶然ではないはずだ。私は誰にも行き先を告げていないから、あれから私を探してここまで辿り着いたのだろう。
それは簡単なことではなかったと思う。
一人で静かに逝くつもりだったから、なるべく痕跡を残さないように、細心の注意を払って手続きもしていた。
それなのにジェイはそれを全く感じさせないくらい、普通の口調で接してくる。まるで別れたあの日から、まだ数日しか経っていないかのように。
勝手に消えたことも、何も言わなかったことも責めたりはしない。
でもその表情は、ずっと心配していたんだと言っている。
きっと彼は何もかも知ったのだろう。
あの手紙も受け取ったに違いない。
――酷いことをしたのは分かっている。
優しい幼馴染みは私の境遇に心を痛めて辛い思いをしているはず。それは一生の消えない傷となって心に残ってしまう。
ごめんね、ジェイ。
あなたの心を守れなくて…。
「ジェイ、ごめんな――」
「謝罪ならいらないよ。そんな言葉を聞きたくてここに来たわけじゃないから。俺はただ凄く会いたかったからここにいるんだ。だからシンシアも会いたかったて、言ってくれたら嬉しい。まあ、強制はしないけど…」
ジェイは照れくさそうにちょっとだけ視線を逸して、ぶっきらぼうにそう言ってくる。
昔と変わらない、でも確実に変わっている部分もある。
それはもう子供じゃないということだ。
「ジェイにまた会えて嬉しいわ。…探してくれてありがとう」
会えて嬉しいという気持ちは本当だから、ちゃんと言葉でそれを伝える。この先のことを考えたら、会わないほうが良かったけど、それをいま言っても仕方がないから言わないでおく。
それからジェイはあの後にあったことを話してくれた。
彼はやはり調べてすべてを知っていた。そしてルイアン・ブラックリーとイメルダに対して行ったことも包み隠さずに伝えてくる。
『やり過ぎだとは思っていない。だからお説教は聞かないよ』
『…ええ、言わないわ』
私のために腹を立ててくれたジェイ。
それも私の妹達への影響を考えて、全て自分が悪いという形を取って行動してくれた。
そしてジェイはそれによって、騎士としての出世の道を断たれてしまう結果となってしまった。
「ジェイ、本当にごめんな――」
「俺はただ自分のやりたいようにやっただけだ。シンシアは関係ない、だから謝らなくていいよ」
謝ろうとする私の言葉は、ジェイによって遮られる。何度かこんなやり取りを繰り返したけれど、結局は私のほうが諦めた。
彼は昔から自分の考えを曲げないところがあるから、きっと私からの謝罪は受け付けないだろう。
「ふふ、ジェイは本当に頑固ね」
「違うよ、ビシッと筋が通っといるんだよ。男らしくていいだろ?あのさ、…惚れても構わないから」
前半部分はいつもの調子で、そして後半部分は真剣な眼差しを向けて告げてくる。
だからいつもの軽口だと分かっていても、なんとなく照れてしまう。
自分でも顔が赤くなっているのを感じている。
嘘、嘘…。
なんで私ったら照れているのよ…。
七つも年下の幼馴染みの冗談を笑って流せないなんて、私らしくない。
私にとってジェイザ・ミンは弟のように可愛がっていた幼馴染み。
再会してから大人になった彼に驚きつつも、特別な感情なんて持っていなかった…。
だって私は人妻で、どんな事情があろうとも不貞なんて以ての外だ。
…あれ?私ったら、なんで言い訳をしているの…。
これではまるで、特別な気持ちを隠していたようではないか…。
そんなはずはない。
ただちょっと彼が眩しかっただけで、そういう感情ではない…はずよ。
なんだか自分の頭の中が整理できずにいると、そんな私にジェイは構うことなく話し掛ける。
「あのさ、先に謝っておく。シンシア、ごめん!事後報告になって悪いんだけど、シンシアはもうシンシア・ブラックリーじゃないから」
「……?」
もしかして私はルイアンから離縁されたということだろうか。
そんなことを承諾した覚えはないけれど、もしかしたら体が不自由になったルイアンが父親に『こんな女とは縁を切りたい』と泣きついたのかもしれない。あのナンバル子爵なら文書偽造だってやりかねない。
でもそれならば、私はブラックリーのままのはず。
だってルイアンと離縁が成立しても、私が生きているのなら彼はブラックリー伯爵位を返上しての離縁となるからだ。
私がシンシア・ブラックリー以外になるなんて有り得ない。
首を傾げている私に向かって、ジェイがとんでもない発言をしてくる。
「シンシアはシンシア・ミンになったから」
「…はぁ?」
我ながら間抜けな返事をしたと思う。でもこの場合、これ以上の言葉なんて出てきやしない。
「だからシンシアは、正式にシンシア・ミンになったんだよ!分かった?」
「……全然分からないわ、ジェイ」
「なんで分からないんだよっー」
そう叫んでジェイは頭を抱えている。頭を抱えるべきは私の方ではないだろうか。
ジェイ、誰も分からないと思うわ…。
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