二人の公爵令嬢 どうやら愛されるのはひとりだけのようです

矢野りと

文字の大きさ
20 / 62

20.血の繋がらない鴉――家族

しおりを挟む
「……っ!」

 問題ないどころか、問題しかない。
 鏡を見なくとも、自分の顔から一瞬で血の気が引くのが分かった。 

 警護対象者の身分は総じて高い。バレたら命の保証はないだろう。もし彼が一服盛った中に王族がいたとしたら、保証どころではなく確実に絞首刑だ。私はルークライの腕を両手で掴んで引っ張る。

「一緒に逃げましょう、ルーク兄さん。バレる前に!」

 すると、彼はしてやったりという顔になる。騙されたと分かった私は頬を膨らませそっぽを向く。本気で心配したんだから……。
 
 拗ねる私の額に彼は自分の額をコツンと合わせると、ごめんなと優しく囁く。こんなふうに宥められたら、もう怒れない。本当に彼は、私の機嫌を直す方法を心得ている。

 私の頬が元に戻ったのを確認すると、彼は話を戻す。

「放棄も一服盛ってもいないから安心しろ。確かに一服盛ろうと本気で考えた。俺にはリディのほうが大切だからな。だが、それを実行に移す前に争奪戦が起こったんだ」

「……??」

 私は首を傾げて考える。話の流れから考えれば、腹下し薬の奪い合いが起きたという意味だろう。でも、そんなに大勢の人が便秘になって医務室に押し寄せるだろうか。
彼は路地の壁にもたれ掛かったまま、くくっと忍び笑う。

「リディ、軌道修正しようか。奪い合ったのは俺の仕事だよ」

 先に言って欲しかった。無駄に頭を悩ませてしまったと思いながら、また新たな悩みに直面する。彼の仕事を奪い合うって、いったいどんな状況だろうか。全然ピンとこない。

 魔法士達は誰もが忙しい。だから、誰かの穴を埋める場合も、自ら手を挙げることは殆どない。本当に余裕がないのだ。だから、魔法士長に指名された人がげんなりしながら引き受けるのが普通だった。
 
 私が答えを求めてルークライを見ると、彼は私が部屋を出た後に起きたことを話し始める。

――それは信じられないような出来事だった。


『ルークライ、仕事を儂に寄こせ。たまには動かんと腰に悪いんじゃ』

 老魔法士が口火を切ると、次々に他の魔法士達も同じようなことを言い出したという。結果、希望者多数となり揉めに揉めたそうだ。

『儂の出番を奪うでない。可愛いのために一肌脱がせるんじゃ』
『そんなの狡いですよ。それなら同期の僕はです!』
『なら、私はだ。それもイケオジのな』
『何言っているの。私みたいな綺麗ながいたほうが喜ぶに決まっているでしょ!』

老魔法士、ローマン、壮年の魔法士、それから美魔女魔法士が主張したらしい。

全員分の台詞は流石に覚えきれなかったと、ルークライは笑った。そして、みな一歩も譲らなかったので最後はくじで決めたという。



 みんなの気持ちを知って胸が熱くなる。

 仲間達からは可愛がって貰っていた自覚はある。失敗した時はちゃんと叱ってくれたし、教えを請うたら嫌な顔ひとつせず教えてくれた。
 
 でも、でも、……こんなふうに想ってくれているなんて思ってもみなかった……。

 マーコック公爵邸を出た理由を誰も聞いて来なかったけど、相当な理由があると思って案じてくれていたのだ。
 だから、ルークライの午後の仕事を引き受け、彼の身を自由にした。彼だったら、妹のもとに駆けつけると分かっていたのだろう。


 嬉しすぎて、照れくさくて、今にも叫び出してしまいそうだ。私は口元を押さえてポロポロと涙を零す。
 
「みんなから愛されているんだよ、リディは。もちろん、一番愛しているのは兄である俺だけど。ふっ、それにしても大家族だな」

「う……ん……」

 涙声で言えたのは一言だけ。だって、この気持ちをどう表現していいか知らない。生まれて初めてだったから。

「泣き虫なのは変わらないな」

 私はこくりと頷きながら、自分の腕で自分の体を抱きしめる。そうしたら、泣きやめるかもしれないと思ったから。 彼は私の髪をクシャッと撫でてから「俺がいるのに……」と小さく呟き、そして、私の体を優しく引き寄せた。

「悲しい時だけじゃなくて、嬉しい時も俺の胸で泣いていいんだ。妹の特権だろ? リディ」

「……うん」

 私は彼の腕の中で思いっきり嬉し涙を流す。今だけは妹だったことに感謝しながら……。





しおりを挟む
感想 349

あなたにおすすめの小説

病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。

恋愛
フィオナ・ローレラは、ローレラ伯爵家の長女。 キリアン・ライアット侯爵令息と婚約中。 けれど、夜会ではいつもキリアンは美しく儚げな女性をエスコートし、仲睦まじくダンスを踊っている。キリアンがエスコートしている女性の名はセレニティー・トマンティノ伯爵令嬢。 セレニティーとキリアンとフィオナは幼馴染。 キリアンはセレニティーが好きだったが、セレニティーは病弱で婚約出来ず、キリアンの両親は健康なフィオナを婚約者に選んだ。 『ごめん。セレニティーの身体が心配だから……。』 キリアンはそう言って、夜会ではいつもセレニティーをエスコートしていた。   そんなある日、フィオナはキリアンとセレニティーが濃厚な口づけを交わしているのを目撃してしまう。 ※ゆるふわ設定 ※ご都合主義 ※一話の長さがバラバラになりがち。 ※お人好しヒロインと俺様ヒーローです。 ※感想欄ネタバレ配慮ないのでお気をつけくださいませ。

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

どうして私にこだわるんですか!?

風見ゆうみ
恋愛
「手柄をたてて君に似合う男になって帰ってくる」そう言って旅立って行った婚約者は三年後、伯爵の爵位をいただくのですが、それと同時に旅先で出会った令嬢との結婚が決まったそうです。 それを知った伯爵令嬢である私、リノア・ブルーミングは悲しい気持ちなんて全くわいてきませんでした。だって、そんな事になるだろうなってわかってましたから! 婚約破棄されて捨てられたという噂が広まり、もう結婚は無理かな、と諦めていたら、なんと辺境伯から結婚の申し出が! その方は冷酷、無口で有名な方。おっとりした私なんて、すぐに捨てられてしまう、そう思ったので、うまーくお断りして田舎でゆっくり過ごそうと思ったら、なぜか結婚のお断りを断られてしまう。 え!? そんな事ってあるんですか? しかもなぜか、元婚約者とその彼女が田舎に引っ越した私を追いかけてきて!? おっとりマイペースなヒロインとヒロインに恋をしている辺境伯とのラブコメです。ざまぁは後半です。 ※独自の世界観ですので、設定はゆるめ、ご都合主義です。

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

あなたへの恋心を消し去りました

恋愛
 私には両親に決められた素敵な婚約者がいる。  私は彼のことが大好き。少し顔を見るだけで幸せな気持ちになる。  だけど、彼には私の気持ちが重いみたい。  今、彼には憧れの人がいる。その人は大人びた雰囲気をもつ二つ上の先輩。  彼は心は自由でいたい言っていた。  その女性と話す時、私には見せない楽しそうな笑顔を向ける貴方を見て、胸が張り裂けそうになる。  友人たちは言う。お互いに干渉しない割り切った夫婦のほうが気が楽だって……。  だから私は彼が自由になれるように、魔女にこの激しい気持ちを封印してもらったの。 ※このお話はハッピーエンドではありません。 ※短いお話でサクサクと進めたいと思います。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

私だけが家族じゃなかったのよ。だから放っておいてください。

恋愛
 男爵令嬢のレオナは王立図書館で働いている。古い本に囲まれて働くことは好きだった。  実家を出てやっと手に入れた静かな日々。  そこへ妹のリリィがやって来て、レオナに助けを求めた。 ※このお話は極端なざまぁは無いです。 ※最後まで書いてあるので直しながらの投稿になります。←ストーリー修正中です。 ※感想欄ネタバレ配慮無くてごめんなさい。 ※SSから短編になりました。

婚約解消しろ? 頼む相手を間違えていますよ?

風見ゆうみ
恋愛
伯爵令嬢である、私、リノア・ブルーミングは元婚約者から婚約破棄をされてすぐに、ラルフ・クラーク辺境伯から求婚され、新たな婚約者が出来ました。そんなラルフ様の家族から、結婚前に彼の屋敷に滞在する様に言われ、そうさせていただく事になったのですが、初日、ラルフ様のお母様から「嫌な思いをしたくなければ婚約を解消しなさい。あと、ラルフにこの事を話したら、あなたの家がどうなるかわかってますね?」と脅されました。彼のお母様だけでなく、彼のお姉様や弟君も結婚には反対のようで、かげで嫌がらせをされる様になってしまいます。ですけど、この婚約、私はともかく、ラルフ様は解消する気はなさそうですが? ※拙作の「どうして私にこだわるんですか!?」の続編になりますが、細かいキャラ設定は気にしない!という方は未読でも大丈夫かと思います。 独自の世界観のため、ご都合主義で設定はゆるいです。

処理中です...