二人の公爵令嬢 どうやら愛されるのはひとりだけのようです

矢野りと

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26.嫌われる勇気の暴走……

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「なんかふわふわする~」

 私がその場でくるくると回っていると、ルークライは置いてあった水差しを手に取り、コップに水を注いだ。

「ほら、これを飲め。リディ」

「ありがとう、ルーク兄さん。ふふ、今なら飛べそうな気がするな。そうだ、私は鴉だったね」

 ケラケラと笑う私の隣で、ルークライは「鴉だけど飛べないぞ」と笑いながらも窓を閉めている。本当に飛んだりしないのに。

 ここは寮の私の部屋だ。どうして、こんな状況になっているかというと深くない事情があるのだ。


 遡ること二時間前。
 私はルークライに連れられて王宮近くの店に入った。一緒に食事をしながら、いつ切り出そうかと考えていたけれど、なかなか言い出せない。
 それはそうだ、十三年越しの片想いを舐めてもらっては困る。そんな簡単に嫌われる勇気など湧いてこない。どこかの泉ではないのだ。

 だから、私はお酒を注文した。お酒の力を借りたら言えそうな気がしたから。
 でも、結局言えないまま酔ってしまい、ルークライが部屋まで送って来てくれたのだ。


 この前よりも全然飲んでいないけど、酔いが回っている自覚はある。いろいろ考えながら飲んでいると、酔いやすいみたい。でも、気分は悪くない。それどころかご機嫌である。

 なんか、言えそうな気がしてきたかも……。

 今頃になってお酒が私に力を貸してくれる気になったらしい。帰ろうとしていた彼の袖を握って、私は阻止する。

「ルーク兄さんはモテるよね」

「なんだいきなり?」

「あのね、大勢からモテるのはルーク兄さんが素敵だからなの。ここは問題ないわ」

「意味が分からないんだが、」

「いいから黙って聞いて」

 ぴしゃりと強気に言えた。お酒の力は偉大である。彼は肩を竦めてやれやれという顔をしている。酔っ払いの戯言が始まったと思っているのだろう。それでも構わない、聞いてくれればいいのだから。

 私は偉そうに見えるように腰に手を当てた。

「でもね、ルーク兄さんに想いを寄せる人すべてが良い人とは限らないと思うの。中には性格に難ありなのを、高貴な身分や天使のような容姿で上手く隠している人もいるんじゃないかな?」

「まあ、いるかもな」

 良かった否定されなくて。この流れで上手く伝えよう。

「だからね、内面もよく見たほうがいいと思うの」

「大丈夫だ。俺は見る目がある」

 彼は自信満々にそう告げてくる。
 全然ないからと、心のなかで叫びながら、私はブンブンと首を横に振った。

 いつもの彼は察しが悪いほうではない。むしろ良いほうだと思う。それなのに、全然伝わっていない。恋は盲目とはまさにこのこと。

「……全然ないよ、見る目」

「なんでそう思うんだ?」

 ルークライは真顔で聞き返してくる。私のなかで何かがプツンと切れる音がした。

 なんで、ザラ王女のことだって分からないの? 高貴な身分とか、天使のような容姿とか、特定の人物ザラ王女に繋がる言葉を入れたのに!
 さきほど思いっきり頭を振ったので酔いが更に回ったのか、気持ちが高ぶってくる。
 その勢いのまま、私は彼をベッドに押し倒し馬乗りになった。

「ルークライ・ディンセン。耳を澄ませてよく聞きなさい! ザラ王女様は、……あまり性格が良くないわ」

「知ってる」

「知ってるの?!」

 予想外の返事に言葉が続かない。
 なんてことを言うんだと罵倒されたほうがマシだった。まさか知っていても愛しているなんて。

 遣る瀬なくなる。もっとルークライには素敵な人を選んで欲しかった。……見る目ではなく趣味が悪いなんて。
 これでは嫌われる勇気なんて無駄だった。


 ぽろぽろと涙が溢れてくる。馬乗りになったままなので、彼の漆黒の制服に染みていく。

「どうして泣いているんだ? リディ」

「だって、悔しいから。私はルークに幸せになって欲しいの」

「俺は幸せだよ。馬乗りされてる、今だって」

 彼は笑いながら、私の頬に手を伸ばし涙を拭う。突き飛ばせばいいのに、こんなことをされてものまま。

 もうやだ、もう無理……。

 秘めていた想いが、涙に引きづられるように出てきてしまう。止めたいのに、私の唇が勝手に動く。

「ずっと好きだったの、ルークのことが。妹としか思われていない私が選ばれないのは分かっている。それでも、心から『おめでとう』と言えるような相手を選んで欲しかった……の……」

 口元を両手で押さえたのに、隙間から言葉が漏れ出てしまう。これは嫌われる勇気じゃない、ただの暴走。……こんなつもりじゃなかったのに。

 泣きながら肩で息をする私を、彼は下からじっと見つめている。何も言ってこない。違う、驚きのあまり言えないのだ。
 見開いたその目に軽蔑の色が宿る瞬間を見たくなくて、彼から目を逸らした。

 そうだ、降りないと……。

 膝立ちになって彼を押し倒したままだったことを、今頃になって恥じる。立ち上がろうとしてバランスを崩した私を、彼の腕が支えてくれた。

「妹じゃない」

 残酷な言葉が告げられた。

――もう、元には戻れない。

 十三年かけて築いてきたものが一瞬で崩れてしまった。彼はずっと妹として私を大切にしてくれていたのに、その思いを私が踏み躙ったから。

「ずっと妹なんかじゃなかった」

「思い出も遡って消してしまうのね……」

 そんなこと言わないで欲しい。でも、そう言う資格なんて私にはない。兄妹の思い出を汚したのは私なのだから。

 彼は上半身を起こして、泣きじゃくる私を優しく抱きしめる。……いつものように。兄として最後の情を掛けているのだろう。
 彼にとってはこれは優しさ。でも、私にとっては違う。残酷な温かい抱擁に心が抉られていく。たった数分しか経っていないのに、永遠に感じる時間。
 涙が止まらない私の耳元に、彼が顔を寄せてそっと囁く。

「違う、そういう意味じゃない。俺は兄を演じていただけ。妹と思ったことは一度もない。愛しているよ、リディ」

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