二人の公爵令嬢 どうやら愛されるのはひとりだけのようです

矢野りと

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27.酔いどれ鴉

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 私は目の前にある彼の胸に耳を当ててみる。ドクンッドクンッと、力強い鼓動が伝わってきた。

 夢じゃない……?

 試しに自分の頬を抓ろうとしたら、彼に止められた。私の手を掴んでいる彼の手は温かい。やはりこれは夢なんかじゃない。
 顔を上げると、彼の瞳には呆けた顔をした私が映っていた。頭ひとつ分以上私よりも背の高い彼は、首を傾げて覗き込むように私を見ている。

「リディ?」

「あのね、凄く混乱しているの、私。だから、まずは最初に話を整理してもいい?」

「いいよと言いたいところだが。それは最初じゃなくて二番目にして欲しいんだが」

 彼はそう言いながら眉を下げて困った顔を浮かべる。視線を少し下に向けると、彼の制服の染みが酷いことになっていた。

 もう私の涙は止まっているけれど、まだ顔は涙でぐしゃぐしゃなのに気づく。
 ハンカチは服のポケットに入っているけれど、到底それでは足りない。私は近くにある掛布を引っ張って、頬に残っている涙をいそいそと拭き始める。

「そうだね、まずはこの顔をどうにかしないと」

「リディ、そうじゃない」

「違うの?」

「俺はこのままでも幸せなんだが……」

 彼は上を向いて片手で顔を覆うと、わざとらしく溜め息を吐いてみせる。

「俺の理性を試すのは今日じゃないほうがいい」

 話が逸れてしまっている。ルークライも酔いが回ってきたのだろうか。珍しいなと思いながら彼の顔から手を外してみれば、薄っすらと目元が赤く染まっている。
 やはり酔っているみたい。

「話していたのは、最初にして欲しいことよ? ルーク」

「ああ、だから、まずは俺の上から降りて欲しい。妹じゃないって言ったろ?」

 きゃっと叫んでから、慌てて彼の上からも、ベッドの上からも飛び降りた。
 解放された彼は立ち上がると、私に椅子を勧めてから自分は壁に寄りかかった。私の部屋には一脚しかないからだ。心を落ち着かせるために、私はお言葉に甘えて腰を下ろす。

 座った私と立ったままのルークライが向かい合う。
 見つめ合ったことなんて数え切れないくらいあるけど、心臓が飛び出してしまいそうで、服の上から胸に手を当てた。

「それでは、話の整理をさせていただきます。質問形式でいいですか?」

「なんで敬語なんだ?」

 彼はくっくくと声を立てて笑う。
 わざとではなくて、照れくささと緊張が無意識に喋りに出てしまったのだ。私は仕切り直すために咳払いをしてから質問を始める。

「ルークはザラ王女様のことを好きではなくて、他に好きな人がいるであってる?」

「あってる」

「叙爵を受けるのは大切な人のためと言っていたけど、大切な人=好きな人であってる?」

「当然だ」

 自分の名前を出さないのは恥ずかしいから。質問どころではなくなってしまう。たぶん、彼もそれが分かっているから出さない。あうんの呼吸のまま続ける。

「えっと、いつから好きになったの?」

「はっきりと恋情を認識したのは再会したあとすぐだ。だが、その前から俺は好きだったと思う。養い親の家を出る時は子供だったから気づけなかった」

「……あのね、ルークはどうして好きな人に自分の気持ちを伝えなかったの?」

 自分のことを棚に上げて、言ってくれれば良かったのにという思いを声音に滲ませる。そうすれば、もやもやしたり、湿布のお世話になることもなかった。
 彼は壁から背を離し、私の頭に手を伸ばすと髪を優しく撫でる。

「本当の家族と上手くいかずに泣いていただろ? ずっと家族を欲しがっていたのを知っていたし、兄として慕われていると思っていた。だから、言わなかった」

「自分の気持ちを押し殺して辛くなかったの?」

「もの凄く辛かったよ。だが、俺は大切な人が望むでありたかった。笑っていて欲しかったんだ」

 お互いを想うあまりのすれ違い。
 タイアンが嫌われる勇気を持てと言ってくれなかったら、すれ違ったまま終わっていたかもしれない。ううん、きっと兄妹のまま一生を終えていた。タイアンには感謝しかない。

 私はタイアンと交わした会話を彼に伝えた。タイアンはこういう結果を意図してなかったけど、きっかけをくれたのは紛れもなく彼だから。すると、ルークライはあからさまに嫌そうな顔をする。

「タイアン魔法士長はルークに嫌われているって冗談を言っていたけど、もしかして本当に嫌ってるの?」

「どうしてそう思うんだ?」

 私は答える代わりに眉間に皺を寄せてみせた。彼の表情を真似たのだ。

「なんとも思っていない」

「……なのにその顔?」

「生まれつきだな。それよりも、他に質問は?」

 彼は有無を言わせぬ感じで話を終わらせた。時間を気にしているのだろう。寮に異性が滞在できるのは十五分間だけと決まっている。

「えっと、とりあえず以上です」

「じゃあ、話を整理するぞ。俺の大切な人はリディで、リディの大切な人は俺だ。お互いに両片想いを拗らせていた。だが、俺はそれを今日終わりにしたい。リディも同じ気持ちだと思っていいか?」

「お、同じ気持ちです」

はにかみながら答えた。

「もうルーク兄さんって絶対に呼ぶなよ」

 私が満面の笑みで「はい!」と答えると、彼は流れるように言葉を紡ぐ。

「違う形でいつか家族になろうな、リディ」

「……っ……」

 こんな素敵なプロポーズを、いきなりしてくるなんて狡い。
 ぽろぽろと涙が溢れてきて、コクコクと頷くのが精一杯だった。もっと素敵な返事をしたいのに。

 彼は跪くと、胸元からハンカチを取り出して頬を拭ってくれる。でも、すぐにびしょ濡れになってしまった。彼は苦笑いしながら、ベッドの上にあった掛布を使い始めた。

 恥ずかしいと心地よいが混ざった不思議な感覚にぽうっとなる。


 階下から「もうそろそろ時間ですよ」と叫ぶ管理人の声が聞こえてきた。すぐに退出しなければ、箒を持って部屋までやって来るはずだ。給金以上の働きをする真面目な管理人なのだ。

 彼は立ち上がると、私の頭上にそっと口づけを落とす。……その仕草は以前と同じだけど、意味は全然違っている。

「今日のこと忘れるなよ、酔っぱらい」

 彼は笑いながらそう言うと、名残惜しそうな顔をして部屋の扉をしめる。廊下に響く彼の足音がどんどん小さくなって聞こえなくなった。

 椅子から立ち上がると、壁にかけてある鏡の前に私は立った。映った顔は頬が赤く染まっている。彼はまだ酔っていると思っていたみたいだけど、もうとっくに酔いなんて醒めている。

 「……あなたの想いに染まったのよ、ルーク」

 素直な気持ちが唇から漏れる。こんな台詞、ひとりじゃなければ言えない。
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