二人の公爵令嬢 どうやら愛されるのはひとりだけのようです

矢野りと

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34.生きて……

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 三人を連れて兄が入口に戻ってくる。ザラ王女はまだ文句を言っていたけど「では、ここに残り王族として殉じてはどうですか」とルークライが告げたら大人しくなった。

 王族としての立場を利用しても矜持はないらしい。タイアンを知っているから、王族が全員そうだとは思わない。どんな集まりにも必ず例外はいる。

「魔法士殿、シャロン、すぐに応援を連れてくる」

「期待している、ノア殿」

「お兄様、お気をつけて」

 シャロンはぴったりと兄に寄り添いながら、私を無視していた。裏の顔を知られて気まずいのだろう。
 彼女はこれからもマーコック公爵令嬢のままでいられるのだろうか。それは罪の大きさにもよるだろうけど、たぶん父と母が必死に守るのだろう。
 それは彼女が築いた絆。私が口を挟むことじゃない。 
 
「走れ!」

 ルークライは叫ぶと同時に入り口の盾を解き、それから三頭の狼竜の四方を一瞬で囲んだ。私の魔力は関係ない、彼が優秀な魔法士だからだ。
 兄達の姿は茂った木々ですぐに見えなくなった。

 私達は狼竜と対峙するように前に立つ。藻掻き続ける三頭を囲むには、離れていては盾に揺らぎが生じてしまうからだ。

 十五分経っただろうか。ルークライの額から汗が流れ始める。負担が大きすぎるのだ。手を繋いだまま魔力を渡しているけど追いつかない。そもそも魔力をかなり消耗している私では、渡せるものが少なすぎる。

 防御の盾は目で見えるものではないけど、魔法士なら感覚で察知できる。

 ルークはそろそろ限界だわ……。

 応援が来る気配はない。
 錯乱した三頭の狼竜に対処できる人数を集めるのに時間が掛かっているのかもしれない。広い森全体で混乱が起こっているのだ。

 私は彼の手を強く握る。最期までこの手を繋いだままでいたいから。

 気づけば、彼の肩にはまた白がとまっていた。盾の中で暴れる狼竜に驚いて飛んでいったのに戻ってきたのだ。

「白、助けを呼びに行ってくれる?」

「カァ、カァー」

 鳴くだけで白は動かない。

「無理だ。そいつは自分のしたいことしかしない」

「それなら私がお母様と会ったときは?」

「命じたわけじゃない、自主的に教えてくれたんだ。まあ、俺の利害と一致してたけどな。いつもそんな感じだ。飼い主とは思われていない」

「ふふ、仲良しなのね」

「良く言えばそう……だ、な」

 彼の声がふらついている。顔色は真っ青を通り越して真っ白になっていた。両方の手の指を絡ませて、絞り出すようにありったけの魔力を注ぐ。

 神様、ルークを助けてください……。


 私の方もめまいが酷い。私の体内にある魔力が尽きようとしているのだ。限界まで魔力を放っても命を落とすことはない。気を失い、その後また魔力が貯まるまで、しばらくは防御の盾が発動できないだけ。

 でも、今そうなったら、確実に狼竜に殺られてしまう。


「……白、逃げなさ…い。ここにいては、駄目よ」

 呂律が回らなくて途切れ途切れになってしまう。せめて白だけは助けたい。なのに、言うことを聞いてくれない。

「白、飛ぶんだ!」

「カア、カアー」

 ルークライが手で払おうとしても、白は肩に爪を食い込ませ頑として動かない。最期まで、彼とともにいたいのだ。


 ……私と一緒ね、白。でもね、あなたは生きて。素敵な相手を見つけてその命を次に繋いで。

 私達が出来なかったことを代わりに果たして欲しい。そう伝えたかったけれど、舌が上手く動いてくれない。短い言葉が精一杯だった。

「生きて、……白」

 立っていることが難しくなった私を、ルークライは腕の中に引き寄せてから地面に膝をつく。彼もまた同じような状態なのだ。

 防御の盾の揺らぎが増している。

 
 彼だからこそ、ここまで持ち堪えたのだ。噛み締めている彼の唇から血が滴り落ちている。気を失わないように痛みを与えているのだ。

 ……もう解放してあげたい。

ぽろぽろと涙を零しながら魔力を渡し続ける――私は王宮の鴉だから。


ルークライは肩にいる白の羽を頬で優しく撫でる。

「お前は好きに生きろ」

「カアー、カアー、カアー」

 白は鳴くのをやめない。まるで利害の一致した言葉を寄こせと言っているようだ。きっと、そう……。


「思ったま……ま言ってみて、ルーク」

 私は彼の胸を指差して「ここに、あるもの」と付け足した。たぶん、白だけが分かっている何かがそこにあるのだ。
ルークライは「思ったまま……」と繰り返してから、私の胸に顔を埋めて命じる。

「行け、あいつを呼んで来い」

「カアー」

 一際大きな声で白が吠えた。足りない、もっとだと催促するように漆黒の羽を羽ばたかせる。それに応えるように今度はルークライが吼える。

「肩にとまって嫌がらせしろ。くそ親父の毛を毟って来い。行けー、白!」

「カアー!」

 
――バサバサッ。


 白は迷うことなく一直線に飛んでいった。良かった、これで白を道連れにしないで済む。
 
 顔をあげたルークライはどこかすっきりした表情をしていた。

「お父様、いたの……ね」

「ああ、最低の父親がな」

 母親が亡くなったから、彼は孤児院に入りその後すぐに養い親に引き取られたと聞いている。父親はいないと言っていたから、てっきり亡くなっているのだと思っていた。

 偶然再会したのだろうか、いつか話してくれるだろうか。

「今度な、リディ」

 彼は察して答えてくれる。

「いつでもいいわ。今は違う、こと……話したいな」

 防御の盾はゆるゆると崩壊を始めている。残り僅かな時間ならふたりのことを話したい。

 彼の胸にもたれ掛かっているのに、もうそれすら難しくなってしまう。ルークライは私を横抱きにしてくれた。
 彼は私の髪を手で梳きながら、チュッと額に口づける。この感じ、なんか知っている気がする。

 ……ああ、そうか、あの夢と同じ。

 あれは正夢だったのだ。私が微笑むと、彼はまた額に口づけた。

「何を話そうか、リディ」

「将来のこと……かな」

「じゃあ、まず結婚式だな」

 彼は当たり前のようにふたりの未来を紡いでくれる。

「鴉のみんな呼びた……いな」

「ああ、そうしよう。花嫁のドレスは白でいいか?」

「……紫銀が……い」

「お姫様の言う通りにし……よぅな」

 ポタポタと上から涙が落ちてくる。彼の目から溢れているのだ。

 おかしいな、ルークライが泣くなんて。泣き虫なのは私って決まっているのに。

 私は彼の頬を伝う涙を手で拭ってあげる。ハンカチを出す力はもう残ってないから。
 こんな最期もいいかもしれない。だって、もう彼の涙を拭いてあげる機会は来ないもの。

 本当は彼の涙を初めて目にするのは、子供が生まれて嬉し泣きするときだと思っていた。でも、そんな日はもう来ない。とても残念、彼に似た子だったらすごく可愛いのに。
 

「ね? ル……ク」

「……そうだな、リ…ディ」

 ルークライは私の唇に初めて口づけを落としてくれた。


 ――次の瞬間、防御の盾が完全に消えた。


 見えない檻から解放された三頭の狼竜は、牙を剥き出しながら私達に迫ってくる。怖くはない、ルークライと一緒に逝けるのだから。
 

 願わくば、彼らが私達の骸を貪っているうちに応援が来てほしい。


  これ以上誰も傷つきませんように……。













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