二人の公爵令嬢 どうやら愛されるのはひとりだけのようです

矢野りと

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47.目覚め

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 父はしばらく考え込んだあと、深い溜息を吐いた。

「婚約の件は白紙にしよう。魔法士として好きに生きればいい。だが、公爵令嬢としての幸せを手放すなんて愚かな判断だ」

 父の声は諦めと心配の両方が入り混じっている。
 私は深々と頭を下げる。脅すような振る舞いをしたことへの謝罪でもあった。

 父は母と違って自分が一番大切な訳では無い。ただ、無意識に身分で人を選別し判断するような環境で育ったから、そういう生き方しか知らないのだ。
 父の眼差しを見れば、彼なりに私を思っているのだと伝わってくる。

 公爵家の次か、その次かは分からないけど……。

 少し間をあけて父は、そしてと続ける。

「これだけは覚えておきなさい、どう生きようがお前は私の大切な娘だ」

「はい」

 そう告げる父は父親の顔をしていた。
 お互いに歩み寄れない価値観。平行線のままでいく関係が、私と父が親子のままでいられる距離感なのだと思う。

 時計の針を見てから、父は立ち上がった。私も立ち上がり、見送るために扉の前まで歩いていく。別れの抱擁は会った時と同じで温かいと感じられた。



 ◇ ◇ ◇



「それでね、ルーク。私、お父様にはっきりと言えたのよ。好きな人がいますと」

 私は話しながら、その合間にルークライの唇に口づけを落としていく。

 父と別れたあと、私は彼の病室に連れて来て貰ったのだ。看護士が迎えに来てくれるのは一時間後。彼と一緒に過ごす一時間はあっという間に過ぎてしまうので、いつも話しながら魔力を渡している。

 いつものように私は今日の出来事を彼に伝えていく。返事はなくとも彼は聞いているはずだから。

「そうだ、部屋の空気を入れ替えようね」

 南に面した窓を全開にすると、ふわっと心地よい風が入ってくる。真っ白なカーテンがゆらゆらと揺れ始める。
 彼の顔に掛かっている紫銀の髪もさらさらと舞う。まるで彼が起きようとしているみたいに見える。

 ……これが見たくて、私はいつも窓を開けるのだ。

 
「いつでも起きていいよ、ルーク」

 私は彼の髪を優しく梳いていく。


「起きたら、おかえりなさいって言おうと思うの。おかしいかな?」

 私は彼の動かない手を擦る。


「ねえ、ルーク。私、今日は頑張ったのよ」

 彼の額にチュッと口づけを落とすと、ぽたぽたと彼の頬に涙が落ちた。私は慌てて彼の頬をハンカチで拭ってから、彼が横たわっているベッドに顔を埋める。

「でもね、最後に余計なこと聞いちゃったの」

 ……そう、私は父を試してしまったのだ。

 公爵家当主として父が何を優先するかは頭では理解していた。でも、私への愛情があるのも伝わってきたから、別れ際に聞いてしまったのだ。

「もし私が左腕を失っていたらどうしましたかと、お父様に聞いてみたの。なんと答えたと思う? ルーク」

『お前は私の大切な娘だ』と言われて、私は少しだけ浮かれていたのだ。それ以上の言葉を言ってくれると勝手に思っていた。本当に馬鹿だったと思う。
 
 父は困った顔をして黙ってしまった。そして、こう告げた。

「仮定の話は無意味だ……と帰って行ったわ」

 平民には事故などで体の一部を失った人も普通に生活している。貴族にもそういう人はいる。騎士として仕える人も多いからだ。
 でも、令嬢は一度も見たことがない。そういう人が少ないのもあるだろうが、きっと貴族社会に居場所はないのだ。
 父の沈黙と答えは、体を欠損した令嬢は無価値だと告げていた。

 公爵家の次か、その次かと考えていたけれど、父の中で私の順番はずいぶん後ろのようだ。聞かなければ良かったと後悔しても遅い。

「腕を失ったら要らないってことよね。……うぅぅ……」

 価値観の違いと分かっていても心が抉られた。嗚咽が止まらない。

 目覚めなくとも、私が安心して泣ける場所はルークライの腕の中だけ。……でも、その腕は私を引き寄せてはくれない。だから、彼の横に顔を伏せて泣いている。

「……もう少しだ、け……泣か……せて」

 私の髪を風が撫ぜるように吹く。
 ルークライが私の髪を梳いていると錯覚してしまう。こんな時にやめて欲しい。期待させるなんて残酷すぎる。
 窓を開けなかれば良かったと後悔していると、また風が私の髪を優しく撫ぜていく。

 私は顔を伏せたまま泣きじゃくる。

「ルーク……っ、聞きたい、あなたの声を……」

「…………ィ……」

 風が私の耳にどこかの音を運んでくる。今日の風はなんて意地悪なんだろう。

「……デ……」

 耳に届いた一音にビクッと私の右肩が震える。……まさか、と。

「よ、…く頑張った……な」
 
 掠れて弱々しい、でも私が待ち望んでいた声。

 唇を噛み締めて顔を上げると、ベッドの上に広がった私の髪に懸命に手を伸ばしている彼と目が合う。風ではなく彼だったのだ。
 久しぶりに見る彼の瞳には私だけが映っている。

 流れていた涙が一瞬で嬉し涙に変わる。ぽろぽろと涙を零す私を、彼は自分の胸に弱々しく引き寄せてくれる。

「……おかえりなさ…い…、ルーク」

「ただいま、リディ」






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