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48.奇跡という名の隠蔽
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ルークライが目覚めてから半月が経った。
彼の回復はお医者様が『これを奇跡と言わずになんといいましょうか……』と驚嘆するほど目覚ましいものだった。
失った右足にはもう義足が嵌っていて、一見すると義足だと分からないほど普通に歩けている。もちろん、彼の弛まぬ努力の結果だ。
一方、私の左腕も劇的な進展があった。あんなに治癒が進まなかった――半ば私は失う覚悟していた――のに、今は普通に使えるようになっているのだ。傷跡は残っているけれど、抉られたと分からないほど薄っすらとだ。満面の笑みを浮かべたお医者様からは『こちらも奇跡ですね』と告げられていた。
そして今日、ルークライの病室に私がいる時に、お医者様は奇跡の種明かしを始めた。
「確証があるわけではありませんが、おふたりの魔力の受け渡しがこの奇跡を起こしているんだと思います」
「「……」」
私とルークライは気まずくて黙ってしまった。
魔力は自己の回復を手助けするものだ。手放す行為――普通は防御の盾の発動だけど――は医療行為の妨げになるので禁じられている。
私は彼が目覚めたあとも魔力を渡し続けていた。彼もまた、口づけする時にそっと渡してくるのだ。
当然、私は『ルークの回復が遅れてしまうわ!』と猛反対した。でも、彼は『心地よさが痛みを忘れさせてくれる。それなのに駄目なのか?』と、それはもう悲しげに言ってきたのだ。そう言われたら反対できなかった。魔力の受け渡しは確かに心地よいから。
「今更叱ったりしませんので安心してください。実は、リディア様が目覚めないルークライ殿にこっそり魔力を渡しているのも知っていました」
「えっ、そこからですか……」
「はい、そこからですよ」
お医者様は朗らかに笑う。
彼が止めなかったのには二つの理由があると教えてくれた。一つ目はルークライの心臓が止まらない理由がそれしか考えられなかったから。二つ目は、半身を失ったら私が生きられないと思ったからだという。
半身……なんて素敵な表現だろう。私とルークライは顔を見わせて微笑む。
「でも、どうして魔力の受け渡しをしているのが分かったんですか?」
「あそこから見えてましたので」
お医者様が指さしたのは窓の外。そこには彼の執務室の窓があった。
窓を開けるのは習慣となっていたので、ルークライが目覚めたあとも私は窓を開けていた。揺れるカーテンの隙間から、唇を重ねる姿が見えていたのだろう。
……は、恥ずかしすぎるわ。
赤面する私の耳元でルークライが「晴れて公認の恋人同士だな」と声を弾ませる。私も頬を緩ませてコクリと頷く。
あの王女が修道院送りになった今、もう隠す必要はない。
「医療行為だけではおふたりの回復の説明がつきません。ルークライ殿は意識を取り戻したあと寝たきり、リディア様の左腕は麻痺が残る――これが私の希望的観測でした。魔力の受け渡しは劇的な効果があるようですね。ただ、おふたりが特別なのか、それとも愛しあう魔法士同士なら普通のことなのか分かりませんが」
一拍置いてから、お医者様の口調が変化する。
「この事実を私達は奇跡で押し通そうと思います」
彼がそう言うと、そばにいる看護士――私の友人――も大きく頷いた。
私達が実験台にされる可能性を危惧しているのだと分かった。
私達の驚異的な治癒が魔力の交換によって引き起こされたという事実が公になったら、魔法士の新たな可能性を探るべきだと声高に言ってくる者が出てくるだろう。最悪、魔法士の婚姻を国が管理する法が作られるかもしれない。
まず最初にルークライがお医者様に尋ねた。
「あなたが不利になることはありませんか?」
「特にありません。カルテに記してあるのは投与した薬のみですから」
「見たことを黙っていたと責められる可能性はどうですか?」
心配で私も口を挟む。
「私と彼女は何も見ていない――ということにしていただけますか? 覗きが趣味と思われては、私達の名誉が傷つきますから」
お医者様は肩を竦めながら笑うと、看護士もうんうんと大袈裟に頷きながら笑みを零す。深刻さを笑いという形で収めてくれているのだ。
私とルークライは目を合わせ、彼の申し出を有り難く受けることにする。
「先生のご厚意に感謝します」
「本当にありがとうございます。でも、どうしてそんなに親切にしてくださるのですか?」
彼に続いて礼を述べたあと、私は素直に疑問を口にした。私達のことを上に報告すれば、彼が得るものは大きいはず。新たな発見という名誉だけでなく報奨金だって出るだろう。
「素敵なものに触れさせてもらえたからです」
「……??」
抽象的な答えに首を傾げていると、看護士がふふっと笑う。
「今風に言えば、ラブラブなふたりが尊すぎて、このやろう羨ましいぞと思いつつ、もっとイチャコラして見せろって感じです。ね? 先生」
「はっはは、情緒も何もありませんが確かにその通りかもしれませんね」
「……も、もっとなんて見せられません」
今度は絶対に窓を閉めてから口づけする。
私が慌てて口元を隠すと、ルークライから「それは意味ないぞ、リディ」と笑われる。それはそうだと、私もつられて笑う。
「いえいえ、現在進行形で堪能させて貰ってますよ。おふたりが一緒に笑っている……それが見たかったんです」
私達の笑い声が響き渡る狭い病室で、お医者様は眩しそうに目を細めた。
彼の回復はお医者様が『これを奇跡と言わずになんといいましょうか……』と驚嘆するほど目覚ましいものだった。
失った右足にはもう義足が嵌っていて、一見すると義足だと分からないほど普通に歩けている。もちろん、彼の弛まぬ努力の結果だ。
一方、私の左腕も劇的な進展があった。あんなに治癒が進まなかった――半ば私は失う覚悟していた――のに、今は普通に使えるようになっているのだ。傷跡は残っているけれど、抉られたと分からないほど薄っすらとだ。満面の笑みを浮かべたお医者様からは『こちらも奇跡ですね』と告げられていた。
そして今日、ルークライの病室に私がいる時に、お医者様は奇跡の種明かしを始めた。
「確証があるわけではありませんが、おふたりの魔力の受け渡しがこの奇跡を起こしているんだと思います」
「「……」」
私とルークライは気まずくて黙ってしまった。
魔力は自己の回復を手助けするものだ。手放す行為――普通は防御の盾の発動だけど――は医療行為の妨げになるので禁じられている。
私は彼が目覚めたあとも魔力を渡し続けていた。彼もまた、口づけする時にそっと渡してくるのだ。
当然、私は『ルークの回復が遅れてしまうわ!』と猛反対した。でも、彼は『心地よさが痛みを忘れさせてくれる。それなのに駄目なのか?』と、それはもう悲しげに言ってきたのだ。そう言われたら反対できなかった。魔力の受け渡しは確かに心地よいから。
「今更叱ったりしませんので安心してください。実は、リディア様が目覚めないルークライ殿にこっそり魔力を渡しているのも知っていました」
「えっ、そこからですか……」
「はい、そこからですよ」
お医者様は朗らかに笑う。
彼が止めなかったのには二つの理由があると教えてくれた。一つ目はルークライの心臓が止まらない理由がそれしか考えられなかったから。二つ目は、半身を失ったら私が生きられないと思ったからだという。
半身……なんて素敵な表現だろう。私とルークライは顔を見わせて微笑む。
「でも、どうして魔力の受け渡しをしているのが分かったんですか?」
「あそこから見えてましたので」
お医者様が指さしたのは窓の外。そこには彼の執務室の窓があった。
窓を開けるのは習慣となっていたので、ルークライが目覚めたあとも私は窓を開けていた。揺れるカーテンの隙間から、唇を重ねる姿が見えていたのだろう。
……は、恥ずかしすぎるわ。
赤面する私の耳元でルークライが「晴れて公認の恋人同士だな」と声を弾ませる。私も頬を緩ませてコクリと頷く。
あの王女が修道院送りになった今、もう隠す必要はない。
「医療行為だけではおふたりの回復の説明がつきません。ルークライ殿は意識を取り戻したあと寝たきり、リディア様の左腕は麻痺が残る――これが私の希望的観測でした。魔力の受け渡しは劇的な効果があるようですね。ただ、おふたりが特別なのか、それとも愛しあう魔法士同士なら普通のことなのか分かりませんが」
一拍置いてから、お医者様の口調が変化する。
「この事実を私達は奇跡で押し通そうと思います」
彼がそう言うと、そばにいる看護士――私の友人――も大きく頷いた。
私達が実験台にされる可能性を危惧しているのだと分かった。
私達の驚異的な治癒が魔力の交換によって引き起こされたという事実が公になったら、魔法士の新たな可能性を探るべきだと声高に言ってくる者が出てくるだろう。最悪、魔法士の婚姻を国が管理する法が作られるかもしれない。
まず最初にルークライがお医者様に尋ねた。
「あなたが不利になることはありませんか?」
「特にありません。カルテに記してあるのは投与した薬のみですから」
「見たことを黙っていたと責められる可能性はどうですか?」
心配で私も口を挟む。
「私と彼女は何も見ていない――ということにしていただけますか? 覗きが趣味と思われては、私達の名誉が傷つきますから」
お医者様は肩を竦めながら笑うと、看護士もうんうんと大袈裟に頷きながら笑みを零す。深刻さを笑いという形で収めてくれているのだ。
私とルークライは目を合わせ、彼の申し出を有り難く受けることにする。
「先生のご厚意に感謝します」
「本当にありがとうございます。でも、どうしてそんなに親切にしてくださるのですか?」
彼に続いて礼を述べたあと、私は素直に疑問を口にした。私達のことを上に報告すれば、彼が得るものは大きいはず。新たな発見という名誉だけでなく報奨金だって出るだろう。
「素敵なものに触れさせてもらえたからです」
「……??」
抽象的な答えに首を傾げていると、看護士がふふっと笑う。
「今風に言えば、ラブラブなふたりが尊すぎて、このやろう羨ましいぞと思いつつ、もっとイチャコラして見せろって感じです。ね? 先生」
「はっはは、情緒も何もありませんが確かにその通りかもしれませんね」
「……も、もっとなんて見せられません」
今度は絶対に窓を閉めてから口づけする。
私が慌てて口元を隠すと、ルークライから「それは意味ないぞ、リディ」と笑われる。それはそうだと、私もつられて笑う。
「いえいえ、現在進行形で堪能させて貰ってますよ。おふたりが一緒に笑っている……それが見たかったんです」
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