愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと

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14.記憶の喪失⑤〜エドワード視点〜

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その夜の出来事をきっかけに俺はラミアを親切な男爵家の三女ではなくとして意識していくようになる。

ラミアの明るさや献身のなかに希望と愛情を感じ、これこそが俺が求めていたものだと確信していく。
彼女も口にはしないが俺に対して親切心以上の気持ちを抱いてくれているのは伝わってくる。

お互いに高まる気持ちを大切に育んでいくにつれ、抱えていた不安や喪失感が埋まっていく気がした。

 ラミア、…ありがとう。
 こんな俺を愛してくれて。


愛の力に俺は救われたんだと思った。




急速に距離が縮まっていく俺達に男爵家の人々が気が付かないわけはない。
身元不明の男と低位とはいえ貴族の娘が関係を持つことを好意的に受け止める家族はいないだろう。

認めてもらえるとは思わないが、この関係をちゃんと伝えておきたかった。それが恩ある男爵家と愛するラミアに対して見せられる唯一の誠意だと思ったから。

その結果追い出されることになっても、受け入れる覚悟は出来ていた。



「ラミアを愛しています。まだ記憶も視力も戻らない俺ですが、どうか彼女との仲を認めてください」

言葉を飾ることはしなかった。なにも持っていない俺がいくら言葉だけを飾っても意味などない。

「あの子に対する気持ちは本物なのか?」

そう尋ねる男爵家当主の声音は真剣そのもので、娘を大切に思う父親の顔が目の前にあるのが分かる。
殴られる覚悟で頷く俺に、彼は静かに話し出す。

「ラミアは二年前に婚約を一方的に破棄された。相手は裕福な商人の娘を選んだうえ、慰謝料の支払いから逃れる為に娘の不貞を言いふらした。周りは誰もそんなことを信じなかったが、あの子にとって好きだった相手からそんな仕打ちをされたことが受け入れ難かったんだろう。殻に閉じこもるようになり、ただ無気力に生きるようになってしまった」

知らない話だった。
彼女はいつも明るくて前向きで、無気力な彼女なんて俺は知らない。
驚く俺に『続けていいか?』と当主は話しを続ける。


「誰が何を言ってもあの子は変わらなかった。だから私達は諦めていたんだ、このままこの家で静かに生涯を終えるだろうと。あの子がそれを望むのならそれでいいとも思っていた…。

だが君を看病することに生きる意味を見いだし、気づいたら前のように笑うようになった。君のことを愛するようになれた。
ジョン、君がいなかったらラミアはまだ殻に閉じこもったままだっただろう。失うことを恐れて動けずにいただろう。全ては君のお陰だ、有り難う。
だから君にあの子託したい。我が家は貴族といっても平民も同然だから、君が平民だったとしても構わない。ただ娘を幸せにしてやってくれ」

父親として娘の幸せだけを願う言葉に返す言葉は決まっていた。

「はい、必ず幸せにします」

それは偽りのない気持ちだった。

俺とラミアの仲はみんなに祝福された。記憶がなく身元不明のままなので正式に婚姻は出来なかったが、男爵家では事実上ラミアの夫として認められ、男爵家の家族としての生活が始まった。


そして生活していくなかで失われていた記憶が徐々に戻ってくる。
それは時系列もバラバラな断片的なピースでしかなく、自分の年齢や弟がいたことや友人との他愛もない会話等で身元の手がかりには繋がらない。

でも徐々に自分を取り戻せているのが嬉しかった。


そんな俺をラミアも支えてくれ、視力が戻った頃には全ての記憶を繋ぎ合わせ、真実に辿り着く。

俺はエドワード・ダイソン伯爵でこの国の者ではなかったのだ。

道理で今まで身元が判明しなかったはずだ。
俺を診察した医者は俺の知識や言葉遣いや言葉の訛りから『この国の成人男性でたぶん貴族か裕福な家の者だろう』と身元不明者届けに注意事項を追加していた。

だからこの国の身元不明者の情報のみと照らし合わせ、その結果身元不明のままだったのだ。

宰相補佐として働いていた俺は仕事柄、他国の知識や文化に精通し、同じ言語でもその国に合わせたイントネーションを使い分ける事が出来た。

だがそんなことを知らない医者はこの国のことを質問して、記憶喪失の俺も無意識に周りのイントネーションに合せて頭の中にあった知識ですらすら答えた。そして『この国の身元不明者』と医者も周りも思い込んでいたんだ。


それは偶然が重なった不幸だった。


どんなに照合しても見つからないはずだった。照合するべき情報が間違っていたのだから。

記憶を取り戻した俺が正しい記憶を元に再度問い合わせをしたら、やはり家族によって俺の捜索願が出ていた。
そしてその情報から俺が隣国で事故にあってこの国まで流れ着いたことが判明する。

どんなに家族や知人に心配を掛けただろうか。
それを考えると申し訳ないし心苦しい。

しかし記憶喪失になったことで大切なものを手にいれたと思えば、この過程もなくてはならない運命だった。

愛する妻と最近生まれた息子を見れば、この幸せを与えてくれた神に感謝すれども恨みはない。

試練は乗り越えられたのだから。



男爵家の人達との別れも済ませ、逸る気持ちのままに俺は家族と一緒に急ぎ母国へと帰る。
独身だった息子がいきなり妻子を連れて帰ったら驚くとは思ったが、きっと家族も俺を救ってくれたラミアと我が子を温かく迎えてくれるだろう。

…そう思っていた。

なぜなら俺は独身で『早く結婚を』と望まれていたし、ラミアだって低位とはいえ貴族なのだから問題はない。

だが俺達を待ち受けていたのは歓迎ではなく、知らない記憶と現実だった。

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