言いたいことは、それだけかしら?

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売

文字の大きさ
9 / 10

第9話 二人の過去

しおりを挟む
――22時半

ベッドに入るとジェレミーのことを思い出し、つい笑みが浮かんでしまった。

「フフフ……それにしても、今夜は10年ぶりにジェレミーの無様な失態を見ることが出来たわ」

私は10年前のことを思い返した――


****


 少年時代のジェレミーは、代々騎士の家系であるクラウン家の中で剣術が落ちこぼれていた。日頃から父親や年の離れた兄たちから、厳しい訓練を受けていたものの一向に芽が出ないでいたのだ。

そのことを嘆いたジェレミーの父親は、とうとう恐ろしい試練を与えることにした。

当時、まだ12歳だった彼を長剣1本だけ持たせて狼やクマが出没する森の中に置き去りにしたのだ。生きて森の中を自力で帰ってこいという、何とも厳しい訓練を12歳の少年に突きつけたのだった。

今にして思えば、恐らく父親はジェレミーが森の中で死んでも構わないと考えていたのだろう。既に剣術の腕が立つ3人の息子がいたのだから、弱い息子は必要としていなかったのかもしれない。

けれど、ジェレミーは生き残った。

森に1人放り出されて、3日後。ボロボロになりながらも無事に帰ってきたのだ。
この事実に父親も兄たちも驚愕し、「将来大物になるかもしれない」とジェレミーを認めたのだった。

生還を果たしたジェレミーは相当恐ろしい目に遭ったのだろう。彼は森の中で何があったか決して口を割ることは無かったが、剣を片時も離さなくなっていたのだ。
彼の家族は「剣を片時も離さないとは、騎士として素晴らしい姿だ」と感心していたが、私はそうは思えなかった。

もしかして剣を離さなくなったのではなく、手放せなくなってしまったのではないだろうか?

たった12歳の子供が、3日間も血に飢えた野生の獣たちが生息する森の中を彷徨ったのだ。恐らく彼は何度も何度も死の恐怖を味わったに違いない。

私は将来はジェレミーの妻になる。夫婦として一生を共に歩んでいくのだから、彼が悩みを抱えているのなら支えてあげたい。

そこで私はジェレミーの心の内を知るために、クラウン家を訪ねることにした。


屋敷を訪ねると、ジェレミーは中庭で剣術の訓練をしていると使用人に教えてもらった。
そこで言われた通り中庭に行くとジェレミーが剣を抱えてベンチの上でうたた寝している姿を発見した。
寝るのに剣は邪魔になるだろう……そこで私は彼からそっと剣を引き抜くとベンチの下に置いた。

その時、パチリと目を開けたジェレミーは剣が無いことに気付いてパニックを起こしたのだ。
恐怖で泣き叫んでガタガタ震える姿に驚いた私は急いで彼に剣を返した。
すると途端にジェレミーの発作が治まり……彼は俯きながら私に語った。

『あの時以来、剣を持っていないと怖くて怖くてたまらないんだ。勿論家族だって知らない。こんな姿を知られたら、家を追い出されてしまうに決まっている』

その姿があまりにも気の毒で、このことは二人だけの秘密にすると約束したのだ。

『大丈夫。あなたが裏切らない限り、私は誰にもこの秘密をバラさないから』

と――

****


 恐らく、ジェレミーは私と交わした約束など覚えていないだろう。だから色々な女性たちと平気で浮気していたのだ。
私はそれでも我慢していた。結局彼女たちはみんな、王室の後ろ盾があるハニー家を恐れて離れていったからだ。

だが、今回ばかりはさすがの私も我慢出来なかった。
よりにもよって、宰相の娘と結婚するなんて許せるはずがない。

「この私を裏切るなんて本当に馬鹿な男ね。フフ……明日の号外が待ち遠しいわ」

この夜、久々に楽しい気持ちで私は眠りに就いた――

しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

婚約破棄をされましたが私は元気です

にいるず
恋愛
 私モリッシュ・ペートンは伯爵令嬢です。3日前に婚約者であるサミエル・コールマス公爵子息が、話があるとペートン伯爵邸にやってきました。そこで好きな人ができたから婚約破棄してほしいといわれました。相手は公爵家です。逆らえません。私は悲しくて3日間泣き通しでした。  ですが今、幼馴染のエドワルドとお茶をしています。エドワルドにはずいぶん心配をかけてしまいました。  あれ?さっきまですごく悲しかったのに、今は元気です。  実はこの婚約破棄には、隠された秘密がありました。  ※サミエルのその後編始めました。よろしくお願いいたします。

幼馴染に裏切られた私は辺境伯に愛された

マルローネ
恋愛
伯爵令嬢のアイシャは、同じく伯爵令息であり幼馴染のグランと婚約した。 しかし、彼はもう一人の幼馴染であるローザが本当に好きだとして婚約破棄をしてしまう。 傷物令嬢となってしまい、パーティなどでも煙たがられる存在になってしまったアイシャ。 しかし、そこに手を差し伸べたのは、辺境伯のチェスター・ドリスだった……。

婚約解消したはずなのに、元婚約者が嫉妬心剥き出しで怖いのですが……

マルローネ
恋愛
伯爵令嬢のフローラと侯爵令息のカルロス。二人は恋愛感情から婚約をしたのだったが……。 カルロスは隣国の侯爵令嬢と婚約をするとのことで、フローラに別れて欲しいと告げる。 国益を考えれば確かに頷ける行為だ。フローラはカルロスとの婚約解消を受け入れることにした。 さて、悲しみのフローラは幼馴染のグラン伯爵令息と婚約を考える仲になっていくのだが……。 なぜかカルロスの妨害が入るのだった……えっ、どういうこと? フローラとグランは全く意味が分からず対処する羽目になってしまう。 「お願いだから、邪魔しないでもらえませんか?」

 それが全てです 〜口は災の元〜

一 千之助
恋愛
   主人公のモールドレにはヘンドリクセンという美貌の婚約者がいた。  男女の機微に疎く、誰かれ構わず優しくしてしまう彼に懸想する女性は数しれず。そしてその反動で、モールドレは敵対視する女性らから陰湿なイジメを受けていた。  ヘンドリクセンに相談するも虚しく、彼はモールドレの誤解だと軽く受け流し、彼女の言葉を取り合ってくれない。  ……もう、お前みたいな婚約者、要らんわぁぁーっ!  ブチ切れしたモールドと大慌てするヘンドリクセンが別れ、その後、反省するお話。  ☆自業自得はありますが、ざまあは皆無です。  ☆計算出来ない男と、計算高い女の後日談つき。  ☆最終的に茶番です。ちょいとツンデレ風味あります。  上記をふまえた上で、良いよと言う方は御笑覧ください♪

我が家の乗っ取りを企む婚約者とその幼馴染みに鉄槌を下します!

真理亜
恋愛
とある侯爵家で催された夜会、伯爵令嬢である私ことアンリエットは、婚約者である侯爵令息のギルバートと逸れてしまい、彼の姿を探して庭園の方に足を運んでいた。 そこで目撃してしまったのだ。 婚約者が幼馴染みの男爵令嬢キャロラインと愛し合っている場面を。しかもギルバートは私の家の乗っ取りを企んでいるらしい。 よろしい! おバカな二人に鉄槌を下しましょう!  長くなって来たので長編に変更しました。

幼馴染に婚約者を奪われましたが、私を愛してくれるお方は別に居ました

マルローネ
恋愛
ミアスタ・ハンプリンは伯爵令嬢であり、侯爵令息のアウザー・スネークと婚約していた。 しかし、幼馴染の令嬢にアウザーは奪われてしまう。 信じていた幼馴染のメリス・ロークに裏切られ、婚約者にも裏切られた彼女は酷い人間不信になってしまった。 その時に現れたのが、フィリップ・トルストイ公爵令息だ。彼はずっとミアスタに片想いをしており 一生、ミアスタを幸せにすると約束したのだった。ミアスタの人間不信は徐々に晴れていくことになる。 そして、完全復活を遂げるミアスタとは逆に、アウザーとメリスの二人の関係には亀裂が入るようになって行き……。

愛しておりますわ、“婚約者”様[完]

ラララキヲ
恋愛
「リゼオン様、愛しておりますわ」 それはマリーナの口癖だった。  伯爵令嬢マリーナは婚約者である侯爵令息のリゼオンにいつも愛の言葉を伝える。  しかしリゼオンは伯爵家へと婿入りする事に最初から不満だった。だからマリーナなんかを愛していない。  リゼオンは学園で出会ったカレナ男爵令嬢と恋仲になり、自分に心酔しているマリーナを婚約破棄で脅してカレナを第2夫人として認めさせようと考えつく。  しかしその企みは婚約破棄をあっさりと受け入れたマリーナによって失敗に終わった。  焦ったリゼオンはマリーナに「俺を愛していると言っていただろう!?」と詰め寄るが…… ◇テンプレ婚約破棄モノ。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げてます。

【完結】貴方の後悔など、聞きたくありません。

なか
恋愛
学園に特待生として入学したリディアであったが、平民である彼女は貴族家の者には目障りだった。 追い出すようなイジメを受けていた彼女を救ってくれたのはグレアルフという伯爵家の青年。 優しく、明るいグレアルフは屈託のない笑顔でリディアと接する。 誰にも明かさずに会う内に恋仲となった二人であったが、 リディアは知ってしまう、グレアルフの本性を……。 全てを知り、死を考えた彼女であったが、 とある出会いにより自分の価値を知った時、再び立ち上がる事を選択する。 後悔の言葉など全て無視する決意と共に、生きていく。

処理中です...