82 / 376
6-7 見つめ合う2人
しおりを挟む
8時半―
「ではエルウィン様、セリアさんを連れて参りますね」
執務室の机に向かって座るエルウィンにシュミットは声を掛けた。
「ああ、頼む。それと執務室はやめだ。セリアを俺の私室に来るように伝えてくれ。式服は俺の部屋に置いてあるからな」
「はい、かしこまりました」
そしてシュミットは執務室を出た。
(やはりエルウィン様はセリアさんを信頼しているのだな…彼女以外は誰一人女性を私室に招いたことは無いし…)
言うなればセリアはエルウィンにとって、年の離れた姉のような存在であった。
「久々に2人だけにしてさしあげよう。積もる話もあるだろうし…」
そしてシュミットは急ぎ足で仕事場へと向かった―。
****
「えっ?!何ですってっ?!アリアドネ様が代わりに…ですかっ?!」
仕事場にセリアを迎えに来たシュミットは驚いた。まさか体調を崩したセリアの代わりにアリアドネがエルウィンの式服選びに名乗りを上げたとは思いもしなかったのだ。
「は、はい…そうですが…」
アリアドネは戸惑っていた。何故シュミットがこれほどまでに驚くのか分からなかったからだ。
「ええ、そうですよ。何故そんなに驚かれるのですか?」
アリアドネの隣に立つマリアは腰に腕をあてている。
「で、ですが…」
シュミットは焦っていた。
焦りの理由は2つあった。
1つは、もし万一エルウィンにアリアドネの正体がばれてしまったら…?アリアドネだけでなく、現在療養中のヨゼフまでただではすまないかもしれない。
尤もシュミットもスティーブにしろ、エルウィンの怒りを買うだろうが、そんな事は些細な問題では無かった。
要はアリアドネが再び傷つけられないかが心配だったのだ。
そしてもう1つはシュミット自身の気持ちの問題だった。
エルウィンの着る式服をアリアドネが選ぶ…その光景を思い浮かべるだけで、訳の分からない気持ちがシュミットの胸にこみ上げてくる。
「あ、あの…?シュミット…様…?」
「どうしたんです?シュミット様」
アリアドネとマリアは先程から口を閉ざし、うつむくシュミットに声を掛けた。
「あ、も、申し訳ございません!ではすぐに参りましょう、アリアドネ様」
「はい、どうぞ宜しくお願い致します」
アリアドネは頭を下げた。
(そうだ、余計な考えは捨てなければ。今は一刻も早くエルウィン様の元へ行かないと…遅れる方が余程まずい)
そしてシュミットはアリアドネを伴って、エルウィンの私室へと向かった―。
****
城の中は大勢の騎士や兵士、それにメイド達やフットマン達が葬儀の準備の為、慌ただしく廊下を行き来していた。
そしてシュミットに連れられて歩くアリアドネを興味深気に見つめ、何やらコソコソと話している。
「あら?あの女性…誰かしら?」
「さぁな…でもあの格好…下働きか領民じゃないか?」
「そう言えばエルウィン様が女を巡って兵士を恫喝したことがあったな…」
「その後、ランベール様とも揉めたらしいわ」
その言葉がアリアドネの耳に飛び込んできた。
「!」
(やっぱり…あの時の話がもう噂になっているのだわ…)
エルウィンとランベールの確執をより一層深めてしまった原因が自分にある事はアリアドネは分かりきっていた。
「…」
思わず俯くと、すぐにシュミットが気付いた。
「アリアドネ様、気にすることはありません。いずれ噂も無くなるでしょうから。それでもまだ何か言ってくるような者がいれば私の方から彼らにきつく言って聞かせますので」
そして笑みを浮かべてアリアドネを見た。
「はい…ありがとうございます」
アリアドネは弱々しく返事をした―。
****
「こちらがエルウィン様の私室です」
ひときわ大きな真っ白な扉には、2頭の獅子が向かい合わせに後ろ足で立っている木彫りのレリーフがはめ込まれていた。
アリアドネはその立派な造りに思わず目を見張った。
「まぁ…なんて見事なレリーフ…」
「はい、実はアイゼンシュタット家の紋章は獅子のマークなのです」
シュミットは説明すると、扉をノックした。
コンコン
「エルウィン様、宜しいでしょうか?」
ガチャッ!
すると間髪あけずに笑みを称えたエルウィンが扉を大きく開け放した。
「来たのか?セリア!…え?お前は…!」
エルウィンはアリアドネの姿に驚いた。
「…城主…様…?」
またアリアドネも初めて見るエルウィンの笑顔に驚いていた。
そしてシュミットはエルウィンとアリアドネが互いに見つめ合う姿を複雑な心境で見守っていた―。
「ではエルウィン様、セリアさんを連れて参りますね」
執務室の机に向かって座るエルウィンにシュミットは声を掛けた。
「ああ、頼む。それと執務室はやめだ。セリアを俺の私室に来るように伝えてくれ。式服は俺の部屋に置いてあるからな」
「はい、かしこまりました」
そしてシュミットは執務室を出た。
(やはりエルウィン様はセリアさんを信頼しているのだな…彼女以外は誰一人女性を私室に招いたことは無いし…)
言うなればセリアはエルウィンにとって、年の離れた姉のような存在であった。
「久々に2人だけにしてさしあげよう。積もる話もあるだろうし…」
そしてシュミットは急ぎ足で仕事場へと向かった―。
****
「えっ?!何ですってっ?!アリアドネ様が代わりに…ですかっ?!」
仕事場にセリアを迎えに来たシュミットは驚いた。まさか体調を崩したセリアの代わりにアリアドネがエルウィンの式服選びに名乗りを上げたとは思いもしなかったのだ。
「は、はい…そうですが…」
アリアドネは戸惑っていた。何故シュミットがこれほどまでに驚くのか分からなかったからだ。
「ええ、そうですよ。何故そんなに驚かれるのですか?」
アリアドネの隣に立つマリアは腰に腕をあてている。
「で、ですが…」
シュミットは焦っていた。
焦りの理由は2つあった。
1つは、もし万一エルウィンにアリアドネの正体がばれてしまったら…?アリアドネだけでなく、現在療養中のヨゼフまでただではすまないかもしれない。
尤もシュミットもスティーブにしろ、エルウィンの怒りを買うだろうが、そんな事は些細な問題では無かった。
要はアリアドネが再び傷つけられないかが心配だったのだ。
そしてもう1つはシュミット自身の気持ちの問題だった。
エルウィンの着る式服をアリアドネが選ぶ…その光景を思い浮かべるだけで、訳の分からない気持ちがシュミットの胸にこみ上げてくる。
「あ、あの…?シュミット…様…?」
「どうしたんです?シュミット様」
アリアドネとマリアは先程から口を閉ざし、うつむくシュミットに声を掛けた。
「あ、も、申し訳ございません!ではすぐに参りましょう、アリアドネ様」
「はい、どうぞ宜しくお願い致します」
アリアドネは頭を下げた。
(そうだ、余計な考えは捨てなければ。今は一刻も早くエルウィン様の元へ行かないと…遅れる方が余程まずい)
そしてシュミットはアリアドネを伴って、エルウィンの私室へと向かった―。
****
城の中は大勢の騎士や兵士、それにメイド達やフットマン達が葬儀の準備の為、慌ただしく廊下を行き来していた。
そしてシュミットに連れられて歩くアリアドネを興味深気に見つめ、何やらコソコソと話している。
「あら?あの女性…誰かしら?」
「さぁな…でもあの格好…下働きか領民じゃないか?」
「そう言えばエルウィン様が女を巡って兵士を恫喝したことがあったな…」
「その後、ランベール様とも揉めたらしいわ」
その言葉がアリアドネの耳に飛び込んできた。
「!」
(やっぱり…あの時の話がもう噂になっているのだわ…)
エルウィンとランベールの確執をより一層深めてしまった原因が自分にある事はアリアドネは分かりきっていた。
「…」
思わず俯くと、すぐにシュミットが気付いた。
「アリアドネ様、気にすることはありません。いずれ噂も無くなるでしょうから。それでもまだ何か言ってくるような者がいれば私の方から彼らにきつく言って聞かせますので」
そして笑みを浮かべてアリアドネを見た。
「はい…ありがとうございます」
アリアドネは弱々しく返事をした―。
****
「こちらがエルウィン様の私室です」
ひときわ大きな真っ白な扉には、2頭の獅子が向かい合わせに後ろ足で立っている木彫りのレリーフがはめ込まれていた。
アリアドネはその立派な造りに思わず目を見張った。
「まぁ…なんて見事なレリーフ…」
「はい、実はアイゼンシュタット家の紋章は獅子のマークなのです」
シュミットは説明すると、扉をノックした。
コンコン
「エルウィン様、宜しいでしょうか?」
ガチャッ!
すると間髪あけずに笑みを称えたエルウィンが扉を大きく開け放した。
「来たのか?セリア!…え?お前は…!」
エルウィンはアリアドネの姿に驚いた。
「…城主…様…?」
またアリアドネも初めて見るエルウィンの笑顔に驚いていた。
そしてシュミットはエルウィンとアリアドネが互いに見つめ合う姿を複雑な心境で見守っていた―。
76
あなたにおすすめの小説
片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜
橘しづき
恋愛
姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。
私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。
だが当日、姉は結婚式に来なかった。 パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。
「私が……蒼一さんと結婚します」
姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめる事にしました 〜once again〜
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【アゼリア亡き後、残された人々のその後の物語】
白血病で僅か20歳でこの世を去った前作のヒロイン、アゼリア。彼女を大切に思っていた人々のその後の物語
※他サイトでも投稿中
余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~
流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。
しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。
けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。
【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される
風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。
しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。
そんな時、隣国から王太子がやって来た。
王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。
すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。
アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。
そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。
アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。
そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】恋につける薬は、なし
ちよのまつこ
恋愛
異世界の田舎の村に転移して五年、十八歳のエマは王都へ行くことに。
着いた王都は春の大祭前、庶民も参加できる城の催しでの出来事がきっかけで出会った青年貴族にエマはいきなり嫌悪を向けられ…
赤貧令嬢の借金返済契約
夏菜しの
恋愛
大病を患った父の治療費がかさみ膨れ上がる借金。
いよいよ返す見込みが無くなった頃。父より爵位と領地を返還すれば借金は国が肩代わりしてくれると聞かされる。
クリスタは病床の父に代わり爵位を返還する為に一人で王都へ向かった。
王宮の中で会ったのは見た目は良いけど傍若無人な大貴族シリル。
彼は令嬢の過激なアプローチに困っていると言い、クリスタに婚約者のフリをしてくれるように依頼してきた。
それを条件に父の医療費に加えて、借金を肩代わりしてくれると言われてクリスタはその契約を承諾する。
赤貧令嬢クリスタと大貴族シリルのお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる