身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売

文字の大きさ
224 / 376

13−3 アリアドネの悩み

しおりを挟む
「いえ、そんなエルウィン様。私は油を売るなどということは決して……」

「ほら。お前はさっさと仕事に戻れ。俺のいない間はあの城の事務処理は全てお前の仕事なのだからな」

慌てて首を振るシュミットにエルウィンは煩そうにシッシと手を振って追い払う仕草をする。

「そ、そんな…まるで人のことを虫でも追い払うような仕草で…」

「何だ?文句でもあるのか?」

ギラリと睨みつけるエルウィン。

「い、いえ。文句などありません!分かりました、すぐに仕事に戻ります。それではアリアドネ様、失礼致します」

「はい、お見送りありがとうございます」

笑顔で挨拶を返すアリアドネ。

「早く戻れと言ってるだろう?」

馬の手綱を握りしめたまま、不機嫌な様子を隠すこともなくエルウィンは再度シュミットに迫った。

「は、はい!すぐ戻ります!」

シュミットは慌てた様子で城へと戻っていった。

(一体、エルウィン様は何を苛ついておられるのだろう?やはり国王陛下に会うのが気が重いからなのだろうか?)

シュミットにはエルウィンが何故苛々しているのか分からなかった。

そして、勿論その原因がアリアドネであるということに…エルウィン本人も気付いていなかったのだった。



「おはようございます、エルウィン様」

シュミットがその場から去ると、アリアドネはすぐに馬車の中からエルウィンに声を掛けた。

「あ、ああ。おはよう。準備は…出来たようだな?」

防寒マントに身を包み、白い息を吐きながらエルウィンはぎこちない返事をした。

「はい、エルウィン様から休暇を頂きましたのでお陰様で準備に専念することが出来ました。それに馬車の中を温めて下さったこと、感謝申し上げます」

「それくらいのことは気にするな。いくら越冬期間が過ぎたとしても、まだ完全な雪解けも終わっていない。何しろここ、『アイデン』地方は『レビアス』国の中で尤も寒冷地帯にあるからな。俺たちは寒さに慣れてはいるが、アリアドネは寒さにあまり慣れてはいないだろう」

エルウィンはまるで沈黙を恐れるかのように、一気にまくし立てた。

「はい、お陰様で暖かく快適な馬車の旅が出来そうです。ありがとうございます」

「よし、それでは今すぐ出発だ。俺は先頭を走るから何か用事があるなら御者のカインに頼め」

エルウィンの言葉にカインは頷く。

「はい、分かりました」

「よし、では出発だ。休憩地点の宿場町まで……またな」

エルウィンはそれだけ、告げるとそのまま去っていた。

「エルウィン様…」

その後姿を見送りながらアリアドネはポツリと呟いた。

(そうね……休憩地点の宿場町に到着したら、エルウィン様とお話できるわよね。その時になったら告げないと。私はダンスが全く踊れませんが大丈夫でしょうか?と)


実は、アリアドネが尤も頭を悩ませていたのがパーティーの件に関してだったのだ。
エルウィンとはまともに話すことも出来ないまま、アリアドネは出立することになってしまった。

その為、一番肝心なことをエルウィンに告げることが出来ずにいたのだった。

そして、当然エルウィンはアリアドネが全くダンスを踊ることが出来ない等、知る由もなかった――。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき
恋愛
 姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。    私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。    だが当日、姉は結婚式に来なかった。  パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。 「私が……蒼一さんと結婚します」    姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめる事にしました 〜once again〜

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【アゼリア亡き後、残された人々のその後の物語】 白血病で僅か20歳でこの世を去った前作のヒロイン、アゼリア。彼女を大切に思っていた人々のその後の物語 ※他サイトでも投稿中

余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~

流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。 しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。 けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

政略結婚が恋愛結婚に変わる時。

美桜羅
恋愛
きみのことなんてしらないよ 関係ないし、興味もないな。 ただ一つ言えるのは 君と僕は一生一緒にいなくちゃならない事だけだ。

【完結】恋につける薬は、なし

ちよのまつこ
恋愛
異世界の田舎の村に転移して五年、十八歳のエマは王都へ行くことに。 着いた王都は春の大祭前、庶民も参加できる城の催しでの出来事がきっかけで出会った青年貴族にエマはいきなり嫌悪を向けられ…

赤貧令嬢の借金返済契約

夏菜しの
恋愛
 大病を患った父の治療費がかさみ膨れ上がる借金。  いよいよ返す見込みが無くなった頃。父より爵位と領地を返還すれば借金は国が肩代わりしてくれると聞かされる。  クリスタは病床の父に代わり爵位を返還する為に一人で王都へ向かった。  王宮の中で会ったのは見た目は良いけど傍若無人な大貴族シリル。  彼は令嬢の過激なアプローチに困っていると言い、クリスタに婚約者のフリをしてくれるように依頼してきた。  それを条件に父の医療費に加えて、借金を肩代わりしてくれると言われてクリスタはその契約を承諾する。  赤貧令嬢クリスタと大貴族シリルのお話です。

処理中です...