【完結】夫は私に精霊の泉に身を投げろと言った

冬馬亮

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木々を避けながら、デンゼルは森の中を進んだ。

精霊の泉は随分と奥にあって、番人の案内なしに辿り着くのは難しい。迷わずに進んでも、泉の近くまで辿り着く頃には、日はだいぶ傾いていた。


番人は、少し戻るがこの近くに小屋があると言った。
そこで休んで、明日の朝に向かおうと。

デンゼルは野宿で構わないと答えたが、小屋に行けば花束に水を吸わせられると言われ、行く事にした。


戻ること5分。小さな丸太小屋を見つけた。

水を入れた容器に花束を差し入れ、軽く体を拭き、携帯食を食べた。
ここからは、真っ直ぐ東に進めば30分ほどで泉に着くと言う。

それならひとりでも行けそうだと考えたデンゼルは、番人に明日の随行を断った。

ひとりの方が時間を取ってアリアドネに謝れる、そう思ったからだ。


翌朝、番人と別れ、デンゼルはひとり東へと進んだ。
方角がはっきりしていれば迷う事はないと安心していたが、それより何より、進むべき方角がなんとなく分かる気がした。足が勝手に動くのだ。軽やかに、まるで羽が生えたように。


やがて目の前に美しい泉が現れた。

玻璃はりのように水はどこまでも透き通り、けれどそこに生き物が住む気配は微塵もなく。

ただただ静かで、水はどこまでも穏やかで、音ひとつ聞こえない世界がそこにあった。


デンゼルは泉の淵に跪き、多少くたびれてしまった花束をそっと置いた。


デンゼルの娘は、アリアドネは死んだ。自己満足だと分かっていても、それでも花束を捧げ、謝りたかった。


家族より国を取ってすまなかった。

主君とする人物の器を見誤ってしまった。お前に申し訳ない事をした。

アリア、お前に幸せになってほしかった。

不甲斐ない父ですまない。すまない。
どれだけ謝っても謝りきれないが、今はこれしか自分にできる事が思いつかない。

アリア、お前は美しかった。
誠実で優しい子だった。

どうか、どうか泉の底で心安らかに眠れますよう―――


膝をつき、頭を垂れ、どれだけの時間、懺悔していただろうか。


いつの間にか昼を過ぎ、それから更に1時間、2時間と時が過ぎていく。
それでもデンゼルは動かなかった。

否、動けなかった。


国とたもとを分かったデンゼルは、今日ここを離れたら二度と泉を訪れる機会はないだろう。そう思うと離れ難かった。


更に時は過ぎていく。

やがて、ここに時計があれば午後の3時を指したであろう頃。


デンゼルの視界が一瞬で暗くなった。

目を開けているにも関わらず、どこまでも闇が広がる。


デンゼルは驚き、息を呑んだ。


この現象には覚えがあった。

そう、ちょうど1年前、王城で待機を命じられていた時に、全く同じことが起きた。


アリアドネが泉の底に沈んだ時。

あの時、精霊王の裁きとしてクロイセフ王国全土に臨んだのが―――


では、これは。

デンゼルが辿りついた結論は、果たして正しかった。


実際、これと同時刻、ジョーセフたちがいる王城でも同じことが起きていた。
いや、王城に留まらず、城下でも、王都の門を超えたその先の地域でも。

そう、再びクロイセフ王国全土は暗闇で覆われたのだ。


―――まるで1年前の、精霊王の裁きを再現するかのように。












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