32 / 256
思慕にも似た
しおりを挟む
「あやつらには、一日中そこに留まるように言ってある。前後の送り迎えは、そちらに頼むことになるが」
「わかりました。前回同様、迎えはアイスケルヒに頼むことにしましょう」
「お任せを」
ホルヘ孤児院のバザー前夜、ルシウスとアイスケルヒは陛下に呼ばれて王の執務室に来ていた。
今夜はベルフェルトの姿はなく、陛下とダイスヒル宰相の2人が部屋で待っていた。
「前回は襲撃できずに終わらせることに成功したが、今回は他に何か手を打っているかもしれん。ベルフェルトも部下たちと共に待機させておくが、念のためレオンハルトたちにも剣を持たせることにしておいた」
「目立つわけにはいかないので、短剣になりますがね」
「しかし、殿下にもしものことでもあれば…」
「構わん。王族は守られる存在ではない、臣下や民を守るためにあるのだ。エレアーナに危険な役を負ってもらう以上、せめて前面に立って守るのが当然だろう」
「ケインバッハも最近は腕をかなり上げた様子。何かあれば、盾となることはできましょう」
「……ありがとうございます」
エレアーナを気遣う言葉に、ルシウスの瞳に宿る重たげな光が少し、薄くなって。
どれだけ対策を練ろうと、心配が消えることはないだろうに、とシャールベルムは、最低限の不平すらこぼさない2人に、静かな眼差しを注ぐ。
「辛抱させるな、ルシウス」
「いいえ、これも理由あってのこと。致し方ありません」
「そう言ってくれるのは有難いな。……まぁ、おそらく、だが。もう少ししたら、お前にもこの話を聞いてもらうことになるだろう」
「陛下?」
「じきに、こちらも動かねばならなくなる……かもしれん」
シャールベルムの瞳がルシウスたちの姿を映す。
ルシウスは、慎重に言葉を選びながら口を開いた。
「じきに……ですか。今はまだ、それ以上は……お聞かせいただけないのでしょうね?」
「ああ。……いや、一つだけ、知らせておこう」
少しの逡巡の後に、シャールベルムは言葉を続けた。
切れ長の紫の瞳が気遣わしげに揺れる。
「すでに気付いているかもしれんが、事の発端はライプニヒだ。今回、および前回の襲撃計画はライプニヒ自身から出た命ではないにせよ、その傍系貴族らが手を回したことだと報告されている」
「……」
やはり、ライプニヒか。
ルシウスにとってわかりきった答えではあったものの、どこか頭の隅で、そうではないことを願っていたような気もする。
筆頭公爵家であるブライトン家はもちろんだが、ライプニヒ公爵家も王家に対する永き忠節の歴史がある由緒正しい貴族家筋なのだ。
先代のライプニヒ公爵は、ひねくれ者ではあったが非常に頭の切れる人物で、国政でもかなり重用されていた。
財務と外交では、職務上交わる機会もそう頻繁にはなかったが、ルシウスの父と先代は互いをライバルとして認め、競い合っていたという。
比較的早世だった父に代わって、外務上の職務で表に立つ機会が多くなったルシウスは、先代ライプニヒ公爵とも、仕事上顔を合わせる機会があった。
若輩者だった当時のルシウスにとって、彼は十分すぎるほど恐ろしい人物だった。
会うと緊張する反面、自身の気付きとなるような貴重な意見を聞くことができたのも彼からで。
評判通りのひねくれ者だった先代は、話す際に選ぶ言葉がかなりきつく、あえて狙ってるのではないかと疑いたくなるくらい傷つけられたものだったが。
その実、言われる内容そのものはしごく正当、かつ正論で、己の矜持にこだわらずその助言に従えば、驚くほどの結果を出せた。
正直、付き合いにくい人物ではあった、……が、裏表も私心もない人物でもあったのだ。
先代が亡くなり代替わりをしたが、新しく後継となった人物はその後も政府要職に就くこともなく、ライプニヒ公爵家凋落の兆しが見え始めていた。
現公爵のファーブライエン・ライプニヒとは、それからもあまり言葉を交わす機会がなく、王城でも夜会の場でも、遠目に顔を見かける程度で。
先代に対して恐れはあったものの、同時に感謝や一種の愛着のような感覚もあり、そのせいかファーブライエンとの遠すぎる距離が少々残念で。
同年の娘が生まれ、もしや娘同士の交流を通してその距離感が縮まりはしないかと期待したときもあったが、結局、何にもならなかった。
置かれた距離感は変わらないまま。そのまま、遠く。
……変わらないどころではない、これほど憎まれていたとは。
どこかで答えが出ていたことではあった。
それでも、理解したくないことでもあって。
もしかしたら、自分のこの甘っちょろい感情が、あの男をここまでつけ上がらせたのかもしれないのに。
「わかりました。前回同様、迎えはアイスケルヒに頼むことにしましょう」
「お任せを」
ホルヘ孤児院のバザー前夜、ルシウスとアイスケルヒは陛下に呼ばれて王の執務室に来ていた。
今夜はベルフェルトの姿はなく、陛下とダイスヒル宰相の2人が部屋で待っていた。
「前回は襲撃できずに終わらせることに成功したが、今回は他に何か手を打っているかもしれん。ベルフェルトも部下たちと共に待機させておくが、念のためレオンハルトたちにも剣を持たせることにしておいた」
「目立つわけにはいかないので、短剣になりますがね」
「しかし、殿下にもしものことでもあれば…」
「構わん。王族は守られる存在ではない、臣下や民を守るためにあるのだ。エレアーナに危険な役を負ってもらう以上、せめて前面に立って守るのが当然だろう」
「ケインバッハも最近は腕をかなり上げた様子。何かあれば、盾となることはできましょう」
「……ありがとうございます」
エレアーナを気遣う言葉に、ルシウスの瞳に宿る重たげな光が少し、薄くなって。
どれだけ対策を練ろうと、心配が消えることはないだろうに、とシャールベルムは、最低限の不平すらこぼさない2人に、静かな眼差しを注ぐ。
「辛抱させるな、ルシウス」
「いいえ、これも理由あってのこと。致し方ありません」
「そう言ってくれるのは有難いな。……まぁ、おそらく、だが。もう少ししたら、お前にもこの話を聞いてもらうことになるだろう」
「陛下?」
「じきに、こちらも動かねばならなくなる……かもしれん」
シャールベルムの瞳がルシウスたちの姿を映す。
ルシウスは、慎重に言葉を選びながら口を開いた。
「じきに……ですか。今はまだ、それ以上は……お聞かせいただけないのでしょうね?」
「ああ。……いや、一つだけ、知らせておこう」
少しの逡巡の後に、シャールベルムは言葉を続けた。
切れ長の紫の瞳が気遣わしげに揺れる。
「すでに気付いているかもしれんが、事の発端はライプニヒだ。今回、および前回の襲撃計画はライプニヒ自身から出た命ではないにせよ、その傍系貴族らが手を回したことだと報告されている」
「……」
やはり、ライプニヒか。
ルシウスにとってわかりきった答えではあったものの、どこか頭の隅で、そうではないことを願っていたような気もする。
筆頭公爵家であるブライトン家はもちろんだが、ライプニヒ公爵家も王家に対する永き忠節の歴史がある由緒正しい貴族家筋なのだ。
先代のライプニヒ公爵は、ひねくれ者ではあったが非常に頭の切れる人物で、国政でもかなり重用されていた。
財務と外交では、職務上交わる機会もそう頻繁にはなかったが、ルシウスの父と先代は互いをライバルとして認め、競い合っていたという。
比較的早世だった父に代わって、外務上の職務で表に立つ機会が多くなったルシウスは、先代ライプニヒ公爵とも、仕事上顔を合わせる機会があった。
若輩者だった当時のルシウスにとって、彼は十分すぎるほど恐ろしい人物だった。
会うと緊張する反面、自身の気付きとなるような貴重な意見を聞くことができたのも彼からで。
評判通りのひねくれ者だった先代は、話す際に選ぶ言葉がかなりきつく、あえて狙ってるのではないかと疑いたくなるくらい傷つけられたものだったが。
その実、言われる内容そのものはしごく正当、かつ正論で、己の矜持にこだわらずその助言に従えば、驚くほどの結果を出せた。
正直、付き合いにくい人物ではあった、……が、裏表も私心もない人物でもあったのだ。
先代が亡くなり代替わりをしたが、新しく後継となった人物はその後も政府要職に就くこともなく、ライプニヒ公爵家凋落の兆しが見え始めていた。
現公爵のファーブライエン・ライプニヒとは、それからもあまり言葉を交わす機会がなく、王城でも夜会の場でも、遠目に顔を見かける程度で。
先代に対して恐れはあったものの、同時に感謝や一種の愛着のような感覚もあり、そのせいかファーブライエンとの遠すぎる距離が少々残念で。
同年の娘が生まれ、もしや娘同士の交流を通してその距離感が縮まりはしないかと期待したときもあったが、結局、何にもならなかった。
置かれた距離感は変わらないまま。そのまま、遠く。
……変わらないどころではない、これほど憎まれていたとは。
どこかで答えが出ていたことではあった。
それでも、理解したくないことでもあって。
もしかしたら、自分のこの甘っちょろい感情が、あの男をここまでつけ上がらせたのかもしれないのに。
36
あなたにおすすめの小説
君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】
ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る――
※他サイトでも投稿中
報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を
さくたろう
恋愛
その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。
少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。
20話です。小説家になろう様でも公開中です。
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~
塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます!
2.23完結しました!
ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。
相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。
ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。
幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。
好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。
そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。
それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……?
妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話
切なめ恋愛ファンタジー
【完結】地味な私と公爵様
ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。
端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。
そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。
...正直私も信じていません。
ラエル様が、私を溺愛しているなんて。
きっと、きっと、夢に違いありません。
お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)
片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜
橘しづき
恋愛
姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。
私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。
だが当日、姉は結婚式に来なかった。 パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。
「私が……蒼一さんと結婚します」
姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。
結婚する事に決めたから
KONAN
恋愛
私は既婚者です。
新たな職場で出会った彼女と結婚する為に、私がその時どう考え、どう行動したのかを書き記していきます。
まずは、離婚してから行動を起こします。
主な登場人物
東條なお
似ている芸能人
○原隼人さん
32歳既婚。
中学、高校はテニス部
電気工事の資格と実務経験あり。
車、バイク、船の免許を持っている。
現在、新聞販売店所長代理。
趣味はイカ釣り。
竹田みさき
似ている芸能人
○野芽衣さん
32歳未婚、シングルマザー
医療事務
息子1人
親分(大島)
似ている芸能人
○田新太さん
70代
施設の送迎運転手
板金屋(大倉)
似ている芸能人
○藤大樹さん
23歳
介護助手
理学療法士になる為、勉強中
よっしー課長(吉本)
似ている芸能人
○倉涼子さん
施設医療事務課長
登山が趣味
o谷事務長
○重豊さん
施設医療事務事務長
腰痛持ち
池さん
似ている芸能人
○田あき子さん
居宅部門管理者
看護師
下山さん(ともさん)
似ている芸能人
○地真央さん
医療事務
息子と娘はテニス選手
t助
似ている芸能人
○ツオくん(アニメ)
施設医療事務事務長
o谷事務長異動後の事務長
雄一郎 ゆういちろう
似ている芸能人
○鹿央士さん
弟の同級生
中学テニス部
高校陸上部
大学帰宅部
髪の赤い看護師(川木えみ)
似ている芸能人
○田來未さん
准看護師
ヤンキー
怖い
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる