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とある令嬢の勇気
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「あら? 殿下はもうお帰りになられたんですか?」
不思議そうな顔で尋ねるアリエラに、エレアーナが曖昧な顔で頷く。
「きっとお忙しいのでしょう。それなのに、こうして様子を見に来てくださって・・・ありがたいですわ」
先回ここにいなかったアリエラはエレアーナの言葉に素直に頷くが、カトリアナの表情は曇ったままで。
「・・・? カトリアナ? どうかしたの?」
姉の問いかけにも答えず、少しの間、考え込んでいたカトリアナだったが、やがて、意を決したように顔を上げた。
「エレアーナさま、お姉さま。無作法をお許し下さいませ。わたくし、少しの間、席を外させていただきます」
そう言って立ち上がると、サロンの扉に向かって歩いていく。
「え? え? カトリアナ? あなた・・・」
慌てて呼び止める姉に振り返り、大事なことなのです、とだけ言うと、そのまま扉を開けて、カトリアナは出て行った。
呆然とするアリエラの手を、エレアーナはそっと握りしめる。
「ご安心ください。きっとわたくしのためなのです」
「・・・え?」
「わたくしのために、カトリアナさまはレオンさまのところに行かれたのです」
「・・・エレアーナさまの、ために・・」
エレアーナは確信を込めて頷いた。
「そう、ですか・・・」
聞きたいことは山ほどあるだろうに、アリエラは、妹が戻ってくるまで待つことに決めたようで、それきり質問を重ねることはしなかった。
カトリアナが小走りでブライトン邸のエントランスを抜けたとき、レオンは、まさに馬車に乗り込もうと踏み台に足を掛けたところだった。
「お待ちくださいませ、レオンハルト王太子殿下」
背後からの声にゆっくりと振り向いたレオンは、カトリアナの姿を認めると、にっこりと微笑んだ。
「やぁ、カトリアナ嬢」
「・・・ごきげんよう。あの、突然、声をおかけしてしまい、申し訳ありません。ですが、少しだけ・・・お時間をいただけないでしょうか?」
レオンは首をほんの少し傾げて、思案する様子を見せたが、カトリアナの真剣な表情を見て、頷いた。
「・・・いいよ」
そう答え、踏み台から足を外したレオンハルトの姿に、カトリアナはほっと安堵すると、今度はライナスの方に顔を向ける。
「ライナスさま、警護の立場にある方に対して、大変申し上げにくいことではございますが・・・」
「・・・なんでしょう?」
少し言いにくそうに、目を泳がせながら、必死にカトリアナは声を絞り出した。
「ほんの少しだけで良いのです。わたくしがレオンさまとお話をさせていただく間、声が届かない程度の距離を取ってくださいませんか?」
ライナスはレオンに視線を投げかけ、その意向を問う。
レオンが僅かに頷いたのを確認すると、ライナスはカトリアナに向かって頭を下げた。
「わかりました」
そう言って、ライナスはすっと下がって少しの距離を取る。
「・・・それで、なんの話かな?」
エレアーナと話すときの態度とは違う、少し警戒の交じった声色。
鼓動が激しくなるのを感じつつも、カトリアナは、ぎゅっと固く手を握りしめると、決意を込めて顔を上げた。
「・・・ご自分から諦めようとなさらないで下さい」
「え?」
虚を突かれて、レオンハルトが、思わず声を漏らす。
「エレアーナさまから、お聞きしました。ケインバッハさまと殿下のおふたりからお気持ちを告げられたと」
緊張のせいだろうか。カトリアナの肩が軽く上下している。
「その時は、なんと正々堂々とご立派な、と感動しておりました。さすがは、我が国の王太子殿下であらせられると。ええ、心から尊敬したのです。なのに、・・・何故ですか?」
信じられない、とでも言いたげなカトリアナの表情に、レオンハルトの目は大きく見開かれて。
「何故・・・ご自分から、エレアーナさまの手を放そうとなさるのですか」
その言葉に、レオンは口を開くが、そこからは何も言葉が出てこない。
「そんなに・・・そんなに、エレアーナさまを好いていらっしゃるのに、何故、ご自分から終わらせようとなさるのですか・・!」
「・・・」
「好きで、好きで・・・堪らないのでしょう? エレアーナさまに会いたくて、仕方ないのでしょう? それなのに、何故・・・ご自分の気持ちを否定しようとなさるのですか・・・?」
レオンハルトは、言葉も見つからず、ただ目の前の少女を見つめた。
「勿論ケインバッハさまは素晴らしいお方ですわ。ですが、レオンハルト王太子殿下が、あの方に劣る筈はありません」
「・・・それ、は・・」
「たとえ・・・たとえ、今エレアーナさまが置かれている状況が、王太子殿下の婚約者選びから始まった事だとしても・・・」
「っ!」
レオンが息を呑む。
「・・・それは殿下の純粋な想いとは、関係のないことではありませんか!」
レオンハルトは、この人前に出るのをあまり好まない少女のことを前から知ってはいた。
自分の婚約者候補の一人として、何度かパーティに参加していたことがあったから。
その時、彼女は遠くからこちらを眺めるだけで話もしなかった。
エレアーナとの繋がりで顔を合わせることがあった時でさえ、レオンと言葉を交わしたことは、ほとんどなくて。
いつもアリエラかエレアーナの後ろにいた記憶しかない。
大してよく知り合ってもいないのだが、それでもカトリアナが、こんな大きな声でレオンに喰ってかかるとは思いも寄らなくて。
目の前にいるカトリアナの顔は、真っ赤だ。
でも、この赤は、きっと、怒り。
・・・悲しみ、配慮、そして落胆だ。
目には、うっすらと涙まで浮かべている。
引っ込み思案の彼女が、友人のためとはいえ、自国の王太子に物申すために、わざわざ追いかけて来て。
いや、これは、どちらかと言うと、僕に発破をかけるためなのかもしれないけれど。
なんだろう。
肩の力が抜けて。
ふっと笑みが漏れる。
「・・・君って、結構面白い人だったんだね」
「え?」
僕の言葉が意外だったのか、一瞬、カトリアナ嬢は、ぽかんとして。
「・・・ありがとう、カトリアナ嬢。君に言われたこと、後でちゃんと考えてみるから。・・・だから、安心して」
僕の目を覚ましてくれた勇気ある令嬢に、心からの感謝を込めて微笑みかけた。
不思議だ。
やっと、息が吸えたような気がするよ。
カトリアナ嬢は、真っ赤な顔で俯いて。
それから小さな声で、はい、と呟いた。
不思議そうな顔で尋ねるアリエラに、エレアーナが曖昧な顔で頷く。
「きっとお忙しいのでしょう。それなのに、こうして様子を見に来てくださって・・・ありがたいですわ」
先回ここにいなかったアリエラはエレアーナの言葉に素直に頷くが、カトリアナの表情は曇ったままで。
「・・・? カトリアナ? どうかしたの?」
姉の問いかけにも答えず、少しの間、考え込んでいたカトリアナだったが、やがて、意を決したように顔を上げた。
「エレアーナさま、お姉さま。無作法をお許し下さいませ。わたくし、少しの間、席を外させていただきます」
そう言って立ち上がると、サロンの扉に向かって歩いていく。
「え? え? カトリアナ? あなた・・・」
慌てて呼び止める姉に振り返り、大事なことなのです、とだけ言うと、そのまま扉を開けて、カトリアナは出て行った。
呆然とするアリエラの手を、エレアーナはそっと握りしめる。
「ご安心ください。きっとわたくしのためなのです」
「・・・え?」
「わたくしのために、カトリアナさまはレオンさまのところに行かれたのです」
「・・・エレアーナさまの、ために・・」
エレアーナは確信を込めて頷いた。
「そう、ですか・・・」
聞きたいことは山ほどあるだろうに、アリエラは、妹が戻ってくるまで待つことに決めたようで、それきり質問を重ねることはしなかった。
カトリアナが小走りでブライトン邸のエントランスを抜けたとき、レオンは、まさに馬車に乗り込もうと踏み台に足を掛けたところだった。
「お待ちくださいませ、レオンハルト王太子殿下」
背後からの声にゆっくりと振り向いたレオンは、カトリアナの姿を認めると、にっこりと微笑んだ。
「やぁ、カトリアナ嬢」
「・・・ごきげんよう。あの、突然、声をおかけしてしまい、申し訳ありません。ですが、少しだけ・・・お時間をいただけないでしょうか?」
レオンは首をほんの少し傾げて、思案する様子を見せたが、カトリアナの真剣な表情を見て、頷いた。
「・・・いいよ」
そう答え、踏み台から足を外したレオンハルトの姿に、カトリアナはほっと安堵すると、今度はライナスの方に顔を向ける。
「ライナスさま、警護の立場にある方に対して、大変申し上げにくいことではございますが・・・」
「・・・なんでしょう?」
少し言いにくそうに、目を泳がせながら、必死にカトリアナは声を絞り出した。
「ほんの少しだけで良いのです。わたくしがレオンさまとお話をさせていただく間、声が届かない程度の距離を取ってくださいませんか?」
ライナスはレオンに視線を投げかけ、その意向を問う。
レオンが僅かに頷いたのを確認すると、ライナスはカトリアナに向かって頭を下げた。
「わかりました」
そう言って、ライナスはすっと下がって少しの距離を取る。
「・・・それで、なんの話かな?」
エレアーナと話すときの態度とは違う、少し警戒の交じった声色。
鼓動が激しくなるのを感じつつも、カトリアナは、ぎゅっと固く手を握りしめると、決意を込めて顔を上げた。
「・・・ご自分から諦めようとなさらないで下さい」
「え?」
虚を突かれて、レオンハルトが、思わず声を漏らす。
「エレアーナさまから、お聞きしました。ケインバッハさまと殿下のおふたりからお気持ちを告げられたと」
緊張のせいだろうか。カトリアナの肩が軽く上下している。
「その時は、なんと正々堂々とご立派な、と感動しておりました。さすがは、我が国の王太子殿下であらせられると。ええ、心から尊敬したのです。なのに、・・・何故ですか?」
信じられない、とでも言いたげなカトリアナの表情に、レオンハルトの目は大きく見開かれて。
「何故・・・ご自分から、エレアーナさまの手を放そうとなさるのですか」
その言葉に、レオンは口を開くが、そこからは何も言葉が出てこない。
「そんなに・・・そんなに、エレアーナさまを好いていらっしゃるのに、何故、ご自分から終わらせようとなさるのですか・・!」
「・・・」
「好きで、好きで・・・堪らないのでしょう? エレアーナさまに会いたくて、仕方ないのでしょう? それなのに、何故・・・ご自分の気持ちを否定しようとなさるのですか・・・?」
レオンハルトは、言葉も見つからず、ただ目の前の少女を見つめた。
「勿論ケインバッハさまは素晴らしいお方ですわ。ですが、レオンハルト王太子殿下が、あの方に劣る筈はありません」
「・・・それ、は・・」
「たとえ・・・たとえ、今エレアーナさまが置かれている状況が、王太子殿下の婚約者選びから始まった事だとしても・・・」
「っ!」
レオンが息を呑む。
「・・・それは殿下の純粋な想いとは、関係のないことではありませんか!」
レオンハルトは、この人前に出るのをあまり好まない少女のことを前から知ってはいた。
自分の婚約者候補の一人として、何度かパーティに参加していたことがあったから。
その時、彼女は遠くからこちらを眺めるだけで話もしなかった。
エレアーナとの繋がりで顔を合わせることがあった時でさえ、レオンと言葉を交わしたことは、ほとんどなくて。
いつもアリエラかエレアーナの後ろにいた記憶しかない。
大してよく知り合ってもいないのだが、それでもカトリアナが、こんな大きな声でレオンに喰ってかかるとは思いも寄らなくて。
目の前にいるカトリアナの顔は、真っ赤だ。
でも、この赤は、きっと、怒り。
・・・悲しみ、配慮、そして落胆だ。
目には、うっすらと涙まで浮かべている。
引っ込み思案の彼女が、友人のためとはいえ、自国の王太子に物申すために、わざわざ追いかけて来て。
いや、これは、どちらかと言うと、僕に発破をかけるためなのかもしれないけれど。
なんだろう。
肩の力が抜けて。
ふっと笑みが漏れる。
「・・・君って、結構面白い人だったんだね」
「え?」
僕の言葉が意外だったのか、一瞬、カトリアナ嬢は、ぽかんとして。
「・・・ありがとう、カトリアナ嬢。君に言われたこと、後でちゃんと考えてみるから。・・・だから、安心して」
僕の目を覚ましてくれた勇気ある令嬢に、心からの感謝を込めて微笑みかけた。
不思議だ。
やっと、息が吸えたような気がするよ。
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それから小さな声で、はい、と呟いた。
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