【完結】王太子と宰相の一人息子は、とある令嬢に恋をする

冬馬亮

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氷解

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レオンハルトとの話が終わり、再びサロンに戻ろうとしたカトリアナだったが、その時になってやっと、自分が随分と大胆な行動をしでかしたことに気づいた。

私ったら、なんてことを・・・。

勢いに任せて、殿下を叱り飛ばしてしまうなんて。
もうちょっと上手い言い方がなかったのかしら。

・・・というか、私、結構大きな声で叫んではいなかったかしら?
ライナスさまは、私がお願いした通り、離れてくださっていたけど、あれ、絶対聞こえてたわよね?

ああ、どうしましょう。

それに、お姉さまたちを残して、急にサロンから飛び出してしまったけれど、きっと驚かれてるに違いないわ。
お姉さまとエレアーナさまに、なんて説明すれば・・・。

エントランスホールまで戻ってはきたものの、そこから先に進む勇気が出てこない。

そのとき、ふと視線を感じて振り返ると、エントランスの扉の陰に、アイスケルヒが壁に寄りかかるようにして立っているのが見えた。

嘘でしょ、アイスケルヒさまにまで見られてたの?

じわり、と涙が滲むのを感じて。
慌てて俯いてしまう。

すると、目の前に。

綺麗な紺色の靴先が見えたかと思ったら。
すっと白いハンカチが現れて。

・・・え?

驚いて目を上げると、いつのまに近づいたのか、アイスケルヒが側にいて。

何の感情も窺えない全くの無表情で、黙ってハンカチを差し出している。

怒ってらっしゃる・・・?

「ア、アイスケルヒさま・・・」

おずおずと、ハンカチを受け取り、溢れた涙を拭く。

「・・あの、ありがとうございます・・」
「礼には及ばない」

その言葉に驚いて、アイスケルヒの顔を見上げる。

「流石、あのご令嬢の妹君だ。予想の斜め上を行く」
「え? あ、の・・・」
「・・・先ほどはありがとう。よくぞ殿下に申し上げてくれた」

そう言って、ふわりと笑った。

うわ・・・。
氷が、氷が、解けたわ。

なんて麗しい。
お姉さまがおっしゃっていた通りだわ。

なんて、現実逃避をしていたら。
アイスケルヒさまが、言葉を続けられた。

「私やエレアーナでは、あんな風に申し上げたとしても、おそらく殿下のお心には響かなかっただろうからな。貴女がサロンから飛び出して来た時には、正直、何事かと驚いたが、静観して良かった」

・・・これは褒められているのよね?
何故かしら。無謀な行動を、さりげなく指摘されているような気がするわ。

「・・・良ければ、サロンまでエスコートしよう」
「え?」
「あまり遅いと心配するだろう。エレも・・・アリエラ嬢も」
「・・・」
「貴女の姉君は、妹想いの優しい方だからな」

そう言うと、アイスケルヒは、すっと手を差し出した。

「あ、ありがとうございます・・・」

そう言って、カトリアナは、アイスケルヒの差し出した手に自分の手を重ねた。

ゆっくりとした歩調でサロンに向かって歩きながら、カトリアナは、ちら、とアイスケルヒを見上げる。
その視線に、アイスケルヒも気が付いたようで、怪訝な表情を浮かべる。

「・・・なにか?」
「い、いえ。信じられないな、と思いまして」
「・・・信じられない?」
「いつも姉とアイスケルヒさまの話をしていたものですから」
「・・・私の、話を?」
「ええ、姉はアイスケルヒさまに大層、憧れておりまして。それはもう毎日のように、アイスケルヒさまがどれだけ優秀なお方か、どれだけ細やかなお心の持ち主か、どれだけ家族を大事にされるお方か、たくさん聞かせてくださいますの」
「・・・・」
「そんな姉の憧れの君に、こうして手を取ってエスコートしていただけるなんて、信じられませんわ。わたくし、きっと姉に羨ましがられてしまいますわね。本当に夢のよう・・・」

そこで、また。
カトリアナは、はた、と、自分がやらかしたことに気づく。

どうしよう。
緊張のあまり、ぺらぺらと余計なことまで口にしてしまったわ。

せっかく、親切にしてくださったのに。
私はともかく、お姉さまにまで口をきいてくれなくなったらどうしよう。

だらだらと、嫌な汗が流れる。

恐る恐る、目線だけを上げて、アイスケルヒの顔色を窺う、と。

・・・え?

空いている方の手で口元を覆い、自分とは逆方向に顔を背けていても。

僅かに見える頬は上気していて。
さらりと一つに束ねた銀色の髪の間から覗く耳は、綺麗に朱に染まっている。

アイスケルヒ・・・さま?

え? 嘘。

アイスケルヒさまは、どの令嬢にも特別な関心を持たれていないと。
そうお姉さまは、おっしゃっていたけれど。

『だから、わたくしなどは柱の陰から拝見させていただくだけで満足よ』と。
そう笑っておっしゃっていたけれど。

慌てて視線を前に戻す。
そのまま、ゆっくりと歩き続けて、アイスケルヒの様子に気づかない振りをする。

違いますわ、お姉さま。
お姉さまは、勘違いしてらっしゃいます。

アイスケルヒさまには、特別に関心を持たれる令嬢が、ちゃんといらっしゃいましたわ。

流石は、アイスケルヒさま。
お目が、確かでいらっしゃる。

僭越ながら。
わたくしも自信を持ってお薦めいたします。

アイスケルヒさまが、気にかけておられる方は。
わたくしが心から尊敬する、世界一優しくて心の美しいご令嬢だと。
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