【完結】王太子と宰相の一人息子は、とある令嬢に恋をする

冬馬亮

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妙な娘さん

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店の外にあるテーブル席で、ベルフェルトは頼んでいた飲み物を手に取った。
そして、そのまま視線を街中を歩く人達へと向ける。

だがその眼が追っていたのは人込みではなくその向こう側、通りを挟んだ宿泊施設だ。
そう、ベイベル国の客人らが滞在している場所。

勿論、付近にいるのはベルフェルトだけではない。
彼以外にも複数のハトたちが周辺を張っていた。

バリューガ語を解する者たちも、そうでない者も。

実は、ここのところ、その施設への人の出入りが激しくなっていて、客に紛れて何らかのやり取りがなされているだろうとの見解に達したのだ。

確認を兼ねた状況視察で、暗部トップのベルフェルトも出張っていた。

今日はまだ怪しい動きをする人物はいない、か・・・。

そんな呟きを心中で漏らした時、通りの向こうから声が上がった。

「誰か、その男を捕まえてぇっ! 泥棒だよっ!」

思わず声のした方向に目を向けると、男が何かを手に抱えてこちらに走ってくる。

急いで視線を巡らすが、近くに自警団はいないようだ。

群衆は巻き添えを恐れて傍に寄る。
そのため、人でごった返していたにもかかわらず、その男の前には無人の一本道が出来上がっていた。

このままでは逃げられてしまうな。

正直、あまり目立ちたくはない。
そのために変装までしているのだ。

それでも、ここで見て見ぬ振りは出来ない。

そう思って、ベルフェルトが立ち上がりかけたその時。

「うわぁっ!」

突然、その盗人が盛大にすっ転んだ。
ベルフェルトの座席からわずか数メートル先で。

? なんだ?

黙って視線を走らせれば、倒れ込んだ男の足元に何かが絡まっていた。

・・・靴?

靴紐同士を結び合わせ、即席の投げ縄にしたのか。

ゆっくりと辺りを振りかえる。

何者だ?
咄嗟の機転にしては手並みが鮮やかすぎる。

警戒という単語がベルフェルトの脳裏をかすめつつも、まず地面に転がっている男の両手を手早く拘束する。

突然に足を取られて転ばされ、拘束された男はぎゃあぎゃあと何やら喚きたてているが、様子を見る限り、どうやらただのスリのようだ。

「あ、ありがとうございます。孫たちへのお土産をと用意してたお金だったんです」

カバンを取られた老女が涙を流さんばかりに喜んでいる。

「いや、この男を捕まえたのはオレの手柄では・・・」

ない、と言いかけたところで、男の足元にしゃがんで絡まった靴紐を解いている若い女性の存在に気がついた。

オレも、その老女も、呆気に取られて会話が止まる。

その女性は何も言わず、ただ黙々と紐を解くと、靴の紐通しの穴に通していた。

「・・・」

屈んだ背中から、艶やかなハニーブラウンの髪がさらりと零れ落ちる。
上から見下ろす形になっているせいで顔が見えないが、きびきびと慣れた手つきで靴を元の状態に戻した女性は、その場に座り込んで靴を履き始めた。

そこでようやく顔が見えたのだが。

とてもではないが、こんな物騒な事をしそうにもないうら若き娘。
ほっそりとした体つきで、肌は少しばかり日に焼けていて。

日焼けさえしていなければ、どこぞの貴族令嬢と言ってもおかしくないような品のある顔立ちだった。

その娘はベルフェルトや老女からの視線など気にもしないで靴を履き終えると、すっくと立ち上がりその場を立ち去ろうとした・・・ので。

「ご婦人。貴女のカバンをこの男から取り返してくれたのはあの娘さんだ」

と親切に教えてやれば、その言葉にはっと我に返ったらしい老女は、慌ててその娘に走り寄り、もの凄い勢いでお礼の言葉をまくし立て始めた。

ベルフェルトは、男の手を後ろに抑え込んだまま、スリの現行犯を自警団に引き渡すべく詰所へと向かって行った。

スリの拘束で妙に手際が良すぎた娘の事は引っかかってはいたのだが。
治安の維持に貢献してくれた娘に、何かいちゃもんをつけるのも憚られて。

とりあえずは目下の第一ターゲットに的を絞ることにした。

だが結局その日、ベイベル国側からは何の動きもなかった。

それで、ベルフェルトはまた日を変え、再び張り込みに参加する事にした。

今度は別の場所から宿泊施設を見張る。

通りの角に立ち、新聞を開いていかにも人待ち風を装って三軒隣の建物への人の出入りを観察していた。

数時間は経過しただろうか、調査対象が建物から出て来るのを視界の端で捉えた。
さりげなく新聞を折りたたむと、不審に思われないようかなりの距離を置いて、ベルフェルトも後をつけ始める。

ベイベル国の客人たちは、サンテロ街、そしてトロスト街を抜け、西区のサンフェドロ街へと入っていく。

足取りに迷いがない。
何かの目的があって進んでいるな。

店も覗かず、どこにも寄らず、男たちはずんずんと進んでいく。

その時、男たちの向かう先で、店先のテーブルに着いていた一人の男が手を上げるのが見えた。
それに応えて男たちの一人が軽く手を上げる。

---いた。

やはり、あいつだったか。

待っていた男の顔を遠目に確認し、ベルフェルトは斜め向かいの店に入って腰を下ろした。

恐らく他のハトたちもどこかから監視している筈。

どうやら、今日は何か掴めそうだな。

微かに笑みを浮かべた時、店の奥から怯えたような女性の声がした。

振りかえれば、店のウエイトレスに酔っ払った男二人が絡んでいる。
男たちは大声でがなり立てていて、ウエイトレスの子は半べそだ。

大人しそうな壮年の店主が奥から慌てて出て来るのが見えたが、あんな小柄な店主一人では対応しきれないだろう。

やれやれ、王都全体が浮ついているとはいえ、こうも邪魔が入るとはな。

溜息を吐きつつも、ベルフェルトは席から立ち上がる。

まあ、あっちはハトに任せておけばいい。

そう思って、酔っ払いの方に近づいていく。
と、突然、何を激高したのか、男の一人が大声を上げた。

「ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇよっ!!」

そして、もう一人が飲んでいたボトルを店主の頭上に振り上げる。

まずい。

駆け寄ろうとしたその時、ゆらりと何かが動いて。

気がつけば、どしん、と男がボトルを持ったまま床に倒れこんでいた。

「まったくもう、あんたたち馬鹿じゃないの? お酒は楽しく飲むもんでしょう?」

足払いをかけるために床に這いつくばるように低い姿勢を取った娘が、そのままの格好で呆れたような声を出す。

一瞬、何が起きたのか分からず、店内は静まり返る。
オレですら自分自身の眼を疑った。

ハニーブラウンの長い髪。
明るい赤の瞳。

先日、スリを捕まえた娘がそこにいた。
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