【完結】王太子と宰相の一人息子は、とある令嬢に恋をする

冬馬亮

文字の大きさ
163 / 256

鮮やかすぎる手並

しおりを挟む
「・・・」

予想外の人物の登場に言葉もなく立っていたオレの視界に、店主を怒鳴りつけていたもう一人の酔っ払いが、怒りで赤黒い顔を醜く歪ませて拳を振り上げる姿が映った。

そしてその拳は、まだしゃがんだままの娘の頭上に振り下ろされる。

「あぶな・・・」

声を発するよりも早く、その娘が動く。
刹那、男は壁に吹っ飛ばされた。

「な・・・?」

ここで蹴りを入れるとは。
なんという素早い動きだ。

呆然としかけたが、転ばされていた男が起き上がってその娘に飛びかかろうとしたのに気付き、背後から羽交い絞めにして動きを封じる。

「・・・店主。自警団を呼びにやってくれ。こいつらを引き渡す」

目の前で起きた出来事に理解がついていかず呆気に取られていた店主が、オレの言葉にハッと我に返り、慌てて店の者を使いに出す。

ほどなくして現れた自警団に男らを引き渡し、店内にもようやくいつもの賑わいが戻ってきた。

「あの、なんとお礼を言ったらいいか・・・」

店主がテーブルにやって来て頭を下げる。

「オレは殆ど何もしていない。礼を言うならあの娘にだろう」

何食わぬ顔で飲食を再開している娘を顎で指す。

「はい、勿論、あちらのお嬢さんにも後で礼は致します。ですが旦那さまも助けに入ってくださいましたので、その、本当にありがとうございました。最近よくこの店に来ては騒いでいた奴らでして、ほとほと困っていたんですよ」
「そうか。今は人の出入りが激しいからな。見たところ、あちこちでちょこちょこと騒動も起きているようだ。店主も災難だったな」

店主はそれから娘の方に行き、また頭を下げていた。

その様子を何とはなしに観察する。

闘えるという事実以外は、怪しい素振りも何もないのだが。

それにしても、一体、何者なのだろうか?
動きがあまりにも闘い慣れている。

洗練された動きというよりは寧ろ、実戦で鍛え上げたかのような。

オレの測るような視線に気づいたのか、娘が顔を上げた。
視線が合い、娘はオレに笑いかける。

その屈託のない笑顔に、疑いと警戒の眼で彼女を見ていたオレは少しの後ろめたさを感じて。
そんなオレの感情を知る筈もない彼女が、席を立ってオレの席へと近づいてくる。

そしてオレの前でぴたりと足を止め、にこにこ笑いながら話しかけてきた。

「こんにちは。さっきは助けてくれてありがとう。会うのはこれで二度目だけど、貴方って強いのね」

その言葉に、オレは硬直した。

何故、分かった?
オレは変装している。
今日も、この間もだ。

「ねぇ、ここ、座ってもいい?」

人懐こそうな顔で、オレが座っていたテーブルを指で示す。

「・・・どうぞ」

こちらとしても願ったりだ。

調べなければ。
この娘、どうにも普通じゃなさすぎる。

「ねぇ、貴方。貴方って変装が趣味なの?」
「・・・」

怪しい、のだが。
どうにも直球すぎて、悪事を働く側の人間とも思い難い。

判断しかねて、まずは反応を見ようと正直に答えてみた。

「仕事中でな。相手に顏が割れると困るのだ」
「そっか。道理で、趣味にしては完璧すぎると思ったわ」
「見破られた事など、今まで一度もなかったのだがな」

事実通りなのだが、別にがっかりもしていない。
だが、いかにもそんな風を装ってそんな台詞を口にすると、相手はふふ、と笑った。

「で、変装してるのはどうしてなの? 素顔がバレると困るような悪いことを貴方がしてるから? それとも悪いことをしてるヤツらに顏を知られずに悪事を暴きたいから?」
「言ったら素直に信じてくれるのかい?」
「信じるわよ。だって、貴方、見かける度に人を助ける方向に動こうとしてるじゃない」

笑ってしまった。

なかなか面白い娘だ。
行動も言ってることもかなり無鉄砲の部類に入るのだろうが、実力が伴っているから危なげがない。

一体、どこの娘なのだろう。

気になってそちらに水を向けた。

「君は?」
「はい?」
「君はどうしてそんなに強いんだい? どこをどう見ても普通のお嬢さんには見えないが」

この娘には駆け引きは必要なさそうだ。

そう思ったから、こちらも直接聞いてみた。

オレの質問に、うーん、と首を捻る。

「育った家が普通じゃないから、かな?」
「ほう」
「うちね、もの凄く武術に煩い家系なの。闘えないと一人前とは見なしてもらえないから、色々と仕込まれちゃった。弓とか槍とかね。だから勿論、剣だって扱えるわよ」
「それはそれは」

その言葉を聞いて、思わず騎士団長の顔が浮かんだ。

カーン・ロッテングルム。
自らも王国一の剣の腕を誇りながら、決して奢らず、鍛錬を怠らず、己にも他者にも克己心と厳しさを求める男。
その息子四人全員を剣の達人に育て上げた男。

特に三男のライナスバージ・ロッテングルムの剣技は若い頃のカーンを彷彿とさせる程の腕前だ。

ロッテングルム家では、武術全般を一通り身につける事が求められるという。
似たような家訓を持つ所もあるのだな、と苦笑が漏れた。

・・・と、ここに来て、オレはロッテングルム家の特徴を思い出した。

カーンも、勿論ライナスバージにも受け継がれている茶色の髪に赤の瞳。

それから、目の前でにこにこと何やら楽しそうにしている娘に意識を戻して。
ハニーブラウンの髪、赤色の瞳。

・・・まさか。
いやいやいや、そんな筈はないだろう。

カーンの家は息子ばかり四人の筈。娘はいない。

「ああ、でもね、一応、家の中でも強い方らしいのよ? 私も」
「・・・そういえばまだ名乗っていなかったな。オレはベルフェルト・エイモスだ。ここ、王都に住んでいる者だが・・・君は?」

あれ、と目を丸くした彼女は、へへ、と照れくさそうに笑った。

「言ってなかったっけ。ごめんなさい、名前も知らないのに馴れ馴れしくしちゃって。またお父さまに令嬢失格だって怒られちゃうわ。ええと、その名前からすると貴方も貴族よね」

今、何といった?

お父さま? 令嬢?
・・・貴方も・貴族よね、だと?

「では、改めまして」

こほん、と咳払いをすると、それまでのくだけた口調ががらりと変わった。

「大変失礼いたしました。改めてご挨拶をさせていただきます」

それまでの人懐こい笑みは消え、いかにも貴族然とした微笑み、そして佇まいへと変わる。
オレは、その変化をただただ驚いていた。

「・・・初めまして、ベルフェルト・エイモスさま。わたくしはルナフレイア・ロッテングルム。王国騎士団長カーン・ロッテングルムの姪にございますわ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~

塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます! 2.23完結しました! ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。 相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。 ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。 幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。 好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。 そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。 それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……? 妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話 切なめ恋愛ファンタジー

【完結】脇役令嬢だって死にたくない

⚪︎
恋愛
自分はただの、ヒロインとヒーローの恋愛を発展させるために呆気なく死ぬ脇役令嬢──そんな運命、納得できるわけがない。 ※ざまぁは後半

【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく

たまこ
恋愛
 10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。  多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。  もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】 ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る―― ※他サイトでも投稿中

むにゃむにゃしてたら私にだけ冷たい幼馴染と結婚してました~お飾り妻のはずですが溺愛しすぎじゃないですか⁉~

景華
恋愛
「シリウス・カルバン……むにゃむにゃ……私と結婚、してぇ……むにゃむにゃ」 「……は?」 そんな寝言のせいで、すれ違っていた二人が結婚することに!? 精霊が作りし国ローザニア王国。 セレンシア・ピエラ伯爵令嬢には、国家機密扱いとなるほどの秘密があった。 【寝言の強制実行】。 彼女の寝言で発せられた言葉は絶対だ。 精霊の加護を持つ王太子ですらパシリに使ってしまうほどの強制力。 そしてそんな【寝言の強制実行】のせいで結婚してしまった相手は、彼女の幼馴染で公爵令息にして副騎士団長のシリウス・カルバン。 セレンシアを元々愛してしまったがゆえに彼女の前でだけクールに装ってしまうようになっていたシリウスは、この結婚を機に自分の本当の思いを素直に出していくことを決意し自分の思うがままに溺愛しはじめるが、セレンシアはそれを寝言のせいでおかしくなっているのだと勘違いをしたまま。 それどころか、自分の寝言のせいで結婚してしまっては申し訳ないからと、3年間白い結婚をして離縁しようとまで言い出す始末。 自分の思いを信じてもらえないシリウスは、彼女の【寝言の強制実行】の力を消し去るため、どこかにいるであろう魔法使いを探し出す──!! 大人になるにつれて離れてしまった心と身体の距離が少しずつ縮まって、絡まった糸が解けていく。 すれ違っていた二人の両片思い勘違い恋愛ファンタジー!!

【完結】彼を幸せにする十の方法

玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。 フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。 婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。 しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。 婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。 婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

処理中です...