【完結】王太子と宰相の一人息子は、とある令嬢に恋をする

冬馬亮

文字の大きさ
162 / 256

妙な娘さん

しおりを挟む
店の外にあるテーブル席で、ベルフェルトは頼んでいた飲み物を手に取った。
そして、そのまま視線を街中を歩く人達へと向ける。

だがその眼が追っていたのは人込みではなくその向こう側、通りを挟んだ宿泊施設だ。
そう、ベイベル国の客人らが滞在している場所。

勿論、付近にいるのはベルフェルトだけではない。
彼以外にも複数のハトたちが周辺を張っていた。

バリューガ語を解する者たちも、そうでない者も。

実は、ここのところ、その施設への人の出入りが激しくなっていて、客に紛れて何らかのやり取りがなされているだろうとの見解に達したのだ。

確認を兼ねた状況視察で、暗部トップのベルフェルトも出張っていた。

今日はまだ怪しい動きをする人物はいない、か・・・。

そんな呟きを心中で漏らした時、通りの向こうから声が上がった。

「誰か、その男を捕まえてぇっ! 泥棒だよっ!」

思わず声のした方向に目を向けると、男が何かを手に抱えてこちらに走ってくる。

急いで視線を巡らすが、近くに自警団はいないようだ。

群衆は巻き添えを恐れて傍に寄る。
そのため、人でごった返していたにもかかわらず、その男の前には無人の一本道が出来上がっていた。

このままでは逃げられてしまうな。

正直、あまり目立ちたくはない。
そのために変装までしているのだ。

それでも、ここで見て見ぬ振りは出来ない。

そう思って、ベルフェルトが立ち上がりかけたその時。

「うわぁっ!」

突然、その盗人が盛大にすっ転んだ。
ベルフェルトの座席からわずか数メートル先で。

? なんだ?

黙って視線を走らせれば、倒れ込んだ男の足元に何かが絡まっていた。

・・・靴?

靴紐同士を結び合わせ、即席の投げ縄にしたのか。

ゆっくりと辺りを振りかえる。

何者だ?
咄嗟の機転にしては手並みが鮮やかすぎる。

警戒という単語がベルフェルトの脳裏をかすめつつも、まず地面に転がっている男の両手を手早く拘束する。

突然に足を取られて転ばされ、拘束された男はぎゃあぎゃあと何やら喚きたてているが、様子を見る限り、どうやらただのスリのようだ。

「あ、ありがとうございます。孫たちへのお土産をと用意してたお金だったんです」

カバンを取られた老女が涙を流さんばかりに喜んでいる。

「いや、この男を捕まえたのはオレの手柄では・・・」

ない、と言いかけたところで、男の足元にしゃがんで絡まった靴紐を解いている若い女性の存在に気がついた。

オレも、その老女も、呆気に取られて会話が止まる。

その女性は何も言わず、ただ黙々と紐を解くと、靴の紐通しの穴に通していた。

「・・・」

屈んだ背中から、艶やかなハニーブラウンの髪がさらりと零れ落ちる。
上から見下ろす形になっているせいで顔が見えないが、きびきびと慣れた手つきで靴を元の状態に戻した女性は、その場に座り込んで靴を履き始めた。

そこでようやく顔が見えたのだが。

とてもではないが、こんな物騒な事をしそうにもないうら若き娘。
ほっそりとした体つきで、肌は少しばかり日に焼けていて。

日焼けさえしていなければ、どこぞの貴族令嬢と言ってもおかしくないような品のある顔立ちだった。

その娘はベルフェルトや老女からの視線など気にもしないで靴を履き終えると、すっくと立ち上がりその場を立ち去ろうとした・・・ので。

「ご婦人。貴女のカバンをこの男から取り返してくれたのはあの娘さんだ」

と親切に教えてやれば、その言葉にはっと我に返ったらしい老女は、慌ててその娘に走り寄り、もの凄い勢いでお礼の言葉をまくし立て始めた。

ベルフェルトは、男の手を後ろに抑え込んだまま、スリの現行犯を自警団に引き渡すべく詰所へと向かって行った。

スリの拘束で妙に手際が良すぎた娘の事は引っかかってはいたのだが。
治安の維持に貢献してくれた娘に、何かいちゃもんをつけるのも憚られて。

とりあえずは目下の第一ターゲットに的を絞ることにした。

だが結局その日、ベイベル国側からは何の動きもなかった。

それで、ベルフェルトはまた日を変え、再び張り込みに参加する事にした。

今度は別の場所から宿泊施設を見張る。

通りの角に立ち、新聞を開いていかにも人待ち風を装って三軒隣の建物への人の出入りを観察していた。

数時間は経過しただろうか、調査対象が建物から出て来るのを視界の端で捉えた。
さりげなく新聞を折りたたむと、不審に思われないようかなりの距離を置いて、ベルフェルトも後をつけ始める。

ベイベル国の客人たちは、サンテロ街、そしてトロスト街を抜け、西区のサンフェドロ街へと入っていく。

足取りに迷いがない。
何かの目的があって進んでいるな。

店も覗かず、どこにも寄らず、男たちはずんずんと進んでいく。

その時、男たちの向かう先で、店先のテーブルに着いていた一人の男が手を上げるのが見えた。
それに応えて男たちの一人が軽く手を上げる。

---いた。

やはり、あいつだったか。

待っていた男の顔を遠目に確認し、ベルフェルトは斜め向かいの店に入って腰を下ろした。

恐らく他のハトたちもどこかから監視している筈。

どうやら、今日は何か掴めそうだな。

微かに笑みを浮かべた時、店の奥から怯えたような女性の声がした。

振りかえれば、店のウエイトレスに酔っ払った男二人が絡んでいる。
男たちは大声でがなり立てていて、ウエイトレスの子は半べそだ。

大人しそうな壮年の店主が奥から慌てて出て来るのが見えたが、あんな小柄な店主一人では対応しきれないだろう。

やれやれ、王都全体が浮ついているとはいえ、こうも邪魔が入るとはな。

溜息を吐きつつも、ベルフェルトは席から立ち上がる。

まあ、あっちはハトに任せておけばいい。

そう思って、酔っ払いの方に近づいていく。
と、突然、何を激高したのか、男の一人が大声を上げた。

「ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇよっ!!」

そして、もう一人が飲んでいたボトルを店主の頭上に振り上げる。

まずい。

駆け寄ろうとしたその時、ゆらりと何かが動いて。

気がつけば、どしん、と男がボトルを持ったまま床に倒れこんでいた。

「まったくもう、あんたたち馬鹿じゃないの? お酒は楽しく飲むもんでしょう?」

足払いをかけるために床に這いつくばるように低い姿勢を取った娘が、そのままの格好で呆れたような声を出す。

一瞬、何が起きたのか分からず、店内は静まり返る。
オレですら自分自身の眼を疑った。

ハニーブラウンの長い髪。
明るい赤の瞳。

先日、スリを捕まえた娘がそこにいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~

塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます! 2.23完結しました! ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。 相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。 ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。 幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。 好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。 そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。 それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……? 妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話 切なめ恋愛ファンタジー

【完結】脇役令嬢だって死にたくない

⚪︎
恋愛
自分はただの、ヒロインとヒーローの恋愛を発展させるために呆気なく死ぬ脇役令嬢──そんな運命、納得できるわけがない。 ※ざまぁは後半

【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく

たまこ
恋愛
 10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。  多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。  もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。

君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】 ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る―― ※他サイトでも投稿中

むにゃむにゃしてたら私にだけ冷たい幼馴染と結婚してました~お飾り妻のはずですが溺愛しすぎじゃないですか⁉~

景華
恋愛
「シリウス・カルバン……むにゃむにゃ……私と結婚、してぇ……むにゃむにゃ」 「……は?」 そんな寝言のせいで、すれ違っていた二人が結婚することに!? 精霊が作りし国ローザニア王国。 セレンシア・ピエラ伯爵令嬢には、国家機密扱いとなるほどの秘密があった。 【寝言の強制実行】。 彼女の寝言で発せられた言葉は絶対だ。 精霊の加護を持つ王太子ですらパシリに使ってしまうほどの強制力。 そしてそんな【寝言の強制実行】のせいで結婚してしまった相手は、彼女の幼馴染で公爵令息にして副騎士団長のシリウス・カルバン。 セレンシアを元々愛してしまったがゆえに彼女の前でだけクールに装ってしまうようになっていたシリウスは、この結婚を機に自分の本当の思いを素直に出していくことを決意し自分の思うがままに溺愛しはじめるが、セレンシアはそれを寝言のせいでおかしくなっているのだと勘違いをしたまま。 それどころか、自分の寝言のせいで結婚してしまっては申し訳ないからと、3年間白い結婚をして離縁しようとまで言い出す始末。 自分の思いを信じてもらえないシリウスは、彼女の【寝言の強制実行】の力を消し去るため、どこかにいるであろう魔法使いを探し出す──!! 大人になるにつれて離れてしまった心と身体の距離が少しずつ縮まって、絡まった糸が解けていく。 すれ違っていた二人の両片思い勘違い恋愛ファンタジー!!

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

【完結】彼を幸せにする十の方法

玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。 フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。 婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。 しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。 婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。 婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

処理中です...