222 / 256
攻防
しおりを挟む
その頃のカリューガ邸では、動揺が広がりつつあった。
「マスカルバーノの娘を襲う者たちからの連絡が来ないままだ」
「賢者さまは無事取り返したというのに、あちらはどうなってるんだ?」
「落ち着け。向こうが約束を違える筈がないではないか」
「だが、こんなに遅いのはどう考えても・・・」
不用心にも潜める事さえしないそれらの声は、部屋に籠っている賢者くずれの耳にも届くほどだ。
部屋に運ばれた食事に手をつける事もせず、ただベッドに腰掛けて様子を伺っていた賢者くずれの男は、それらの慌てふためいた声に、思わず口元からふっと笑いが漏れる。
「愚か者らが・・・」
行動を起こす前に少しは考えてみればいいものを。
その年で正邪も善悪も測ることが出来ないとは。
「・・・もういい頃合いだろう」
男は頭に手をやった。
ぐっと髪を掴めば、バークリーの髪色である黄土色の短髪の塊がずるりと床に落ちる。
そして新たに現れたのは美しい紫の髪。
目のレンズは後で外すか、いや、やはり今取ってしまおう。
作戦のためとはいえ、あの男に化けるのはどうにも気分が悪い。
レンズを外し、長く艶やかな髪を後ろで一つにまとめる。
鼻の上に貼り付けていた肌色の被せもの、口内の両側に入れた詰めもの、そして腹の詰めものを順次取り外していき、丸めていた背を伸ばす。
「ふむ、殿下たちはこの邸に向かっている筈だから、ここを出発されてしまってはまずいな。・・・どうにかして時間を稼がねば」
既に何か月か前から、この邸にもハト数名が召使いとして潜り込んでいる。
そしてリュークが差し向けた見張りが、邸の外に最低でも数名は控えている筈。
だがそれを足しても、人数としては圧倒的に不利であることには変わらない。
「有象無象とはいえ、カリューガ家の者たちにベイベル国の手の者、おまけにスカッチ伯爵家からも応援が来ているとあっては、流石に苦戦しそうだな」
やれやれと言いながら、体をほぐそうと肩を回し始めたところに、扉をノックする音がした。
「賢者さま。お食事はお済みでしょうか。食器を下げに参りました」
この声は。
「・・・入れ」
扉から覗いた顔は、やはり潜り込んでいたハトの一人、ファイだった。
素早く部屋の中に入り、鍵を閉めてベルフェルトの元へと急足で近づく。
「カトリアナ嬢を襲う計画は、どうやらこちらの思惑通り失敗に終わったようです」
「当然だ。ルナフレイア嬢が化けていたのだぞ。あの子が負ける筈がなかろう」
ええまあ、そうなのですが、と何やら生温かい視線を向けてきたが、こほん、と咳払いをして切りかえたようで、ファイは言葉を継いだ。
「まあ、そこは良いんですけどね。ここにいる者たちが慌て始めまして。予定よりも早くここを出るとかなんとか言い出してるんですよ。・・・まあ、ベルフェルトさまなら既にお察しでしょうが」
と、既に変装を解いて臨戦態勢の準備に入っているベルフェルトを、少し遠い目で眺めている。
「・・・流石に苦戦するのではないか、と」
「まあ、そうだろうな」
「ベルフェルトさまがお強いのは重々承知しておりますが、後ここにいるのは私とハスラート、そしてリノだけでございます。門の外には貼り付けていた偵察の者たちが五名いるばかり。対して邸内の人の数は召使たちも含めてですがおよそ五十、他に私兵も六、七十名ほどは抱えています。ここは応援が来るまで、何とかして時間を稼ぎたいところですが・・・」
「上手い方法があればそうしたいところだが、あちらも命がけで謀反行為をしたわけだ。適当な理由では止まらんぞ? オレがここで腹が痛いと言い出したとて、馬車に突っ込まれて終いだろうしな」
流石に顔色を悪くしているファイに、ベルフェルトは懐から袋を二つ取り出すとその手に握らせる。
「・・・これは?」
「火薬玉と癇癪玉だ。この部屋の外には既に幾つか火薬玉の方をばらまいてある。ハスラートとリノにも渡して邸のあちこちに仕掛けておけ。邸内は癇癪玉、外は火薬玉だ。いよいよ移動しそうになったら一斉に火をつけろ。多少の陽動にはなるだろう」
「・・・はい」
「大丈夫だ。お前たちを死なせはしない。とにかくお前たちはあちら側の人間を装って、なるべく多くの場所に仕掛けを頼む」
にこり、と自信たっぷりの妖艶な笑みを浮かべたベルフェルトに、強張っていたファイの表情が少し和らいで。
「すみません。こんなところで弱音を吐くなど・・・では行って参ります」
「ああ、頼むぞ」
注意深く二つの袋を懐にしまうと、手つかずの器を手に、ファイが扉の向こうへと消えていった。
ふう、と息を吐き、ベルフェルトは窓から夜空に浮かぶ月を見上げる。
「応援が来るまで、早くてあと半刻、遅ければ一刻と言ったところか」
あちらは総勢百十数名の大人数、対してこちらは訓練された者たちばかりとはいえ僅か九名。
「正念場だな。・・・どうにかして持ちこたえねば」
その後、ファイやハスラートたちが邸内外に仕掛けた火薬玉、および癇癪玉に火がつけられたのはそれから僅か十分後のこと。
ベルフェルトたちの攻防が始まった。
「マスカルバーノの娘を襲う者たちからの連絡が来ないままだ」
「賢者さまは無事取り返したというのに、あちらはどうなってるんだ?」
「落ち着け。向こうが約束を違える筈がないではないか」
「だが、こんなに遅いのはどう考えても・・・」
不用心にも潜める事さえしないそれらの声は、部屋に籠っている賢者くずれの耳にも届くほどだ。
部屋に運ばれた食事に手をつける事もせず、ただベッドに腰掛けて様子を伺っていた賢者くずれの男は、それらの慌てふためいた声に、思わず口元からふっと笑いが漏れる。
「愚か者らが・・・」
行動を起こす前に少しは考えてみればいいものを。
その年で正邪も善悪も測ることが出来ないとは。
「・・・もういい頃合いだろう」
男は頭に手をやった。
ぐっと髪を掴めば、バークリーの髪色である黄土色の短髪の塊がずるりと床に落ちる。
そして新たに現れたのは美しい紫の髪。
目のレンズは後で外すか、いや、やはり今取ってしまおう。
作戦のためとはいえ、あの男に化けるのはどうにも気分が悪い。
レンズを外し、長く艶やかな髪を後ろで一つにまとめる。
鼻の上に貼り付けていた肌色の被せもの、口内の両側に入れた詰めもの、そして腹の詰めものを順次取り外していき、丸めていた背を伸ばす。
「ふむ、殿下たちはこの邸に向かっている筈だから、ここを出発されてしまってはまずいな。・・・どうにかして時間を稼がねば」
既に何か月か前から、この邸にもハト数名が召使いとして潜り込んでいる。
そしてリュークが差し向けた見張りが、邸の外に最低でも数名は控えている筈。
だがそれを足しても、人数としては圧倒的に不利であることには変わらない。
「有象無象とはいえ、カリューガ家の者たちにベイベル国の手の者、おまけにスカッチ伯爵家からも応援が来ているとあっては、流石に苦戦しそうだな」
やれやれと言いながら、体をほぐそうと肩を回し始めたところに、扉をノックする音がした。
「賢者さま。お食事はお済みでしょうか。食器を下げに参りました」
この声は。
「・・・入れ」
扉から覗いた顔は、やはり潜り込んでいたハトの一人、ファイだった。
素早く部屋の中に入り、鍵を閉めてベルフェルトの元へと急足で近づく。
「カトリアナ嬢を襲う計画は、どうやらこちらの思惑通り失敗に終わったようです」
「当然だ。ルナフレイア嬢が化けていたのだぞ。あの子が負ける筈がなかろう」
ええまあ、そうなのですが、と何やら生温かい視線を向けてきたが、こほん、と咳払いをして切りかえたようで、ファイは言葉を継いだ。
「まあ、そこは良いんですけどね。ここにいる者たちが慌て始めまして。予定よりも早くここを出るとかなんとか言い出してるんですよ。・・・まあ、ベルフェルトさまなら既にお察しでしょうが」
と、既に変装を解いて臨戦態勢の準備に入っているベルフェルトを、少し遠い目で眺めている。
「・・・流石に苦戦するのではないか、と」
「まあ、そうだろうな」
「ベルフェルトさまがお強いのは重々承知しておりますが、後ここにいるのは私とハスラート、そしてリノだけでございます。門の外には貼り付けていた偵察の者たちが五名いるばかり。対して邸内の人の数は召使たちも含めてですがおよそ五十、他に私兵も六、七十名ほどは抱えています。ここは応援が来るまで、何とかして時間を稼ぎたいところですが・・・」
「上手い方法があればそうしたいところだが、あちらも命がけで謀反行為をしたわけだ。適当な理由では止まらんぞ? オレがここで腹が痛いと言い出したとて、馬車に突っ込まれて終いだろうしな」
流石に顔色を悪くしているファイに、ベルフェルトは懐から袋を二つ取り出すとその手に握らせる。
「・・・これは?」
「火薬玉と癇癪玉だ。この部屋の外には既に幾つか火薬玉の方をばらまいてある。ハスラートとリノにも渡して邸のあちこちに仕掛けておけ。邸内は癇癪玉、外は火薬玉だ。いよいよ移動しそうになったら一斉に火をつけろ。多少の陽動にはなるだろう」
「・・・はい」
「大丈夫だ。お前たちを死なせはしない。とにかくお前たちはあちら側の人間を装って、なるべく多くの場所に仕掛けを頼む」
にこり、と自信たっぷりの妖艶な笑みを浮かべたベルフェルトに、強張っていたファイの表情が少し和らいで。
「すみません。こんなところで弱音を吐くなど・・・では行って参ります」
「ああ、頼むぞ」
注意深く二つの袋を懐にしまうと、手つかずの器を手に、ファイが扉の向こうへと消えていった。
ふう、と息を吐き、ベルフェルトは窓から夜空に浮かぶ月を見上げる。
「応援が来るまで、早くてあと半刻、遅ければ一刻と言ったところか」
あちらは総勢百十数名の大人数、対してこちらは訓練された者たちばかりとはいえ僅か九名。
「正念場だな。・・・どうにかして持ちこたえねば」
その後、ファイやハスラートたちが邸内外に仕掛けた火薬玉、および癇癪玉に火がつけられたのはそれから僅か十分後のこと。
ベルフェルトたちの攻防が始まった。
21
あなたにおすすめの小説
君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】
ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る――
※他サイトでも投稿中
報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を
さくたろう
恋愛
その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。
少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。
20話です。小説家になろう様でも公開中です。
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~
塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます!
2.23完結しました!
ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。
相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。
ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。
幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。
好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。
そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。
それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……?
妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話
切なめ恋愛ファンタジー
【完結】地味な私と公爵様
ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。
端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。
そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。
...正直私も信じていません。
ラエル様が、私を溺愛しているなんて。
きっと、きっと、夢に違いありません。
お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)
片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜
橘しづき
恋愛
姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。
私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。
だが当日、姉は結婚式に来なかった。 パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。
「私が……蒼一さんと結婚します」
姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。
結婚する事に決めたから
KONAN
恋愛
私は既婚者です。
新たな職場で出会った彼女と結婚する為に、私がその時どう考え、どう行動したのかを書き記していきます。
まずは、離婚してから行動を起こします。
主な登場人物
東條なお
似ている芸能人
○原隼人さん
32歳既婚。
中学、高校はテニス部
電気工事の資格と実務経験あり。
車、バイク、船の免許を持っている。
現在、新聞販売店所長代理。
趣味はイカ釣り。
竹田みさき
似ている芸能人
○野芽衣さん
32歳未婚、シングルマザー
医療事務
息子1人
親分(大島)
似ている芸能人
○田新太さん
70代
施設の送迎運転手
板金屋(大倉)
似ている芸能人
○藤大樹さん
23歳
介護助手
理学療法士になる為、勉強中
よっしー課長(吉本)
似ている芸能人
○倉涼子さん
施設医療事務課長
登山が趣味
o谷事務長
○重豊さん
施設医療事務事務長
腰痛持ち
池さん
似ている芸能人
○田あき子さん
居宅部門管理者
看護師
下山さん(ともさん)
似ている芸能人
○地真央さん
医療事務
息子と娘はテニス選手
t助
似ている芸能人
○ツオくん(アニメ)
施設医療事務事務長
o谷事務長異動後の事務長
雄一郎 ゆういちろう
似ている芸能人
○鹿央士さん
弟の同級生
中学テニス部
高校陸上部
大学帰宅部
髪の赤い看護師(川木えみ)
似ている芸能人
○田來未さん
准看護師
ヤンキー
怖い
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる