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寝不足の理由
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「ふわぁ・・・」
任務中だというのに、これで何回目の欠伸だろうか。
うっすらと滲んだ涙の向こうに、呆れ顔の主君がいた。
「・・・どうしたの、ライナス。さっきからもう何回目?」
「あ・・・すみません」
溜息を吐きながらそう問われてしまい、ライナスバージは少し崩れかかっていた姿勢を正す。
「どうしたの、君がダラけるなんて珍しい。寝不足か何かかい?」
「あー、はい、ちょっと。夢見が悪くて」
「ふうん」
レオンハルトは視線を手元の書類に戻し、確認するようにページをめくった。
「その後眠れなくなるほど嫌な夢だったってこと?」
「・・・ええ、まあ」
夢、いやあれは夢じゃない。記憶だ。
アリスティシアが腕を失った日の記憶。
十年前にあったことの記憶が、そのまま見せた夢。
「・・・すみません。集中します」
軽く頭を振ってから、謝罪した。
レオンハルトは一番上の書類にサインをすると、ペンを置いてライナスの方へと向けた。
「まあ、今日は特に酷いけど、ここのところずっと様子が変だったよ? 何か心配ごとでもあるの?」
「あー・・・」
そこまで分かりやすく表に出ていたとは思っていなかったため、一瞬、言葉に詰まる。
「・・・そんなに分かりやすかったですか?」
その返答に、レオンが思わず苦笑した。
「うん、まあ、結構・・・かなり?」
「そうですか・・・」
単純、単純、と小さい時から言われ続けてきたけど、二十歳を過ぎた今でも、やっぱりそこは変わってないのか。
「長所だと思うよ?」
「へ?」
レオンはにこにこと笑っている。
「嘘が吐けなくて、正直で真っ直ぐで、ええと、単純? うん、僕としては側に仕える人物がそういう分かりやすい性格で嬉しいけどね。それに助かるし」
「そうなんですか?」
「僕に近づくために君を使おうとする人物がいたら、すぐにバレるでしょ?」
ライナスバージが分かりやすく眉を顰める。
「だから褒めてるんだって。腹に一物ありそうな人間なんて、怖くて側に置いておきたくないもの。その点、ライナスなら安心だからさ」
「・・・そうですか。まあ・・・ありがとうございます?」
「いいえ、どういたしまして」
レオンは、ふわりと笑って再び書類に目を落とした。
賢者くずれを狙う者たちも、カトリアナを婚約者の座から追い落とそうとする者たちも、今はその企みが全て暴かれ、平穏が戻りつつある。
後処理はまだかかるものの、事態が落ち着き始めたことにレオンハルトは目に見えて安心しているようだった。
「殿下」
「うん?」
「休暇、もらえますか?」
レオンがペンを口元に当てたまま、ライナスの顔を見上げる。
「殿下の結婚式が終わったら、一度領地に行ってこようと思うんです」
「別にいいけど・・・どのくらい?」
「うーん、どのくらいかかるでしょうね。・・・勝つまで?」
「うん?」
「勝ったら帰ってきます」
レオンハルトがぽかんと口を開ける。
美青年はそんな間の抜けた顔まで美しく見えるから得だな、なんて全く関係の無いことを考えていると、その間に持ち直したようで、レオンはこめかみに手を当てながら、再び口を開いた。
「えっと、ごめん、ちょっと意味わかんないだけど」
「ですから、勝ったら帰ってきます」
「ライナス。報告は正確、かつ簡潔に。そして主語をつけましょう」
あれ? つけてなかったっけ、とやっとそこで気付いたライナスは、すっと息を吸って最初から言い直した。
「領地に好きな女性がいます。その人に決闘を申し込んで、勝ったら嫁になってもらう約束を取り付けるつもりです。そしたら戻ってきます」
「・・・」
「殿下?」
こめかみに当てていた手が、頭全体になっている。
「どうされましたか? 頭痛でも?」
「いや、言ってる意味が分からなくて。何それ、ロッテングルム家は嫁とりにそういうしきたりでもあるの?」
「はい」
「あるんだ?」
頷くライナスに、レオンハルトが驚愕の目を向ける。
今やすっかり書類のことなど忘れたようで、ペンも書類の束も、脇へと追いやられている。
「我がロッテングルム家では、当主嫡男ではなく、本家分家を含めて最も強いものが跡を取ります」
「ってことは、カーンも?」
「はい。父は本家ですが次男でした」
「へえええ」
実はあまり知られていないロッテングルム家の後継者選定事情に、レオンハルトも興味を惹かれたようだ。
ずいっと前傾姿勢になって、ライナスバージに問いかけた。
「で、決闘を申し込むってことは、今、一番強いのがライナスがお嫁さんにしたいっていうその女性なんだね?」
ライナスは頷いた。
「へえ。夢見が悪かった理由とか、なんで今になって突然その人に勝負を申し込む気になったのかとか、どんな人なのとか、突っ込んで聴きたいことは山ほどあるけど。まあ、それはまた今度だね」
「休暇、もらえますかね?」
神妙な顔でお伺いを立てるライナスに、レオンハルトもやはり真剣に頭を捻る。
「うーん、式の後だよね? 無期限というのは流石に無理だから、二週間あげる。その間に頑張って勝負を決めておいで」
そう言って、ぽんと肩を叩かれて。
「はい。必ず仕留めてきます」
ライナスは大きく頷いた。
・・・いや、キツネとか猪とかじゃあるまいし。
なんだろ、これ。なんか全然ロマンチックじゃないな、とレオンハルトが小さく呟いたことは、ライナスには知らせないでおこう。
任務中だというのに、これで何回目の欠伸だろうか。
うっすらと滲んだ涙の向こうに、呆れ顔の主君がいた。
「・・・どうしたの、ライナス。さっきからもう何回目?」
「あ・・・すみません」
溜息を吐きながらそう問われてしまい、ライナスバージは少し崩れかかっていた姿勢を正す。
「どうしたの、君がダラけるなんて珍しい。寝不足か何かかい?」
「あー、はい、ちょっと。夢見が悪くて」
「ふうん」
レオンハルトは視線を手元の書類に戻し、確認するようにページをめくった。
「その後眠れなくなるほど嫌な夢だったってこと?」
「・・・ええ、まあ」
夢、いやあれは夢じゃない。記憶だ。
アリスティシアが腕を失った日の記憶。
十年前にあったことの記憶が、そのまま見せた夢。
「・・・すみません。集中します」
軽く頭を振ってから、謝罪した。
レオンハルトは一番上の書類にサインをすると、ペンを置いてライナスの方へと向けた。
「まあ、今日は特に酷いけど、ここのところずっと様子が変だったよ? 何か心配ごとでもあるの?」
「あー・・・」
そこまで分かりやすく表に出ていたとは思っていなかったため、一瞬、言葉に詰まる。
「・・・そんなに分かりやすかったですか?」
その返答に、レオンが思わず苦笑した。
「うん、まあ、結構・・・かなり?」
「そうですか・・・」
単純、単純、と小さい時から言われ続けてきたけど、二十歳を過ぎた今でも、やっぱりそこは変わってないのか。
「長所だと思うよ?」
「へ?」
レオンはにこにこと笑っている。
「嘘が吐けなくて、正直で真っ直ぐで、ええと、単純? うん、僕としては側に仕える人物がそういう分かりやすい性格で嬉しいけどね。それに助かるし」
「そうなんですか?」
「僕に近づくために君を使おうとする人物がいたら、すぐにバレるでしょ?」
ライナスバージが分かりやすく眉を顰める。
「だから褒めてるんだって。腹に一物ありそうな人間なんて、怖くて側に置いておきたくないもの。その点、ライナスなら安心だからさ」
「・・・そうですか。まあ・・・ありがとうございます?」
「いいえ、どういたしまして」
レオンは、ふわりと笑って再び書類に目を落とした。
賢者くずれを狙う者たちも、カトリアナを婚約者の座から追い落とそうとする者たちも、今はその企みが全て暴かれ、平穏が戻りつつある。
後処理はまだかかるものの、事態が落ち着き始めたことにレオンハルトは目に見えて安心しているようだった。
「殿下」
「うん?」
「休暇、もらえますか?」
レオンがペンを口元に当てたまま、ライナスの顔を見上げる。
「殿下の結婚式が終わったら、一度領地に行ってこようと思うんです」
「別にいいけど・・・どのくらい?」
「うーん、どのくらいかかるでしょうね。・・・勝つまで?」
「うん?」
「勝ったら帰ってきます」
レオンハルトがぽかんと口を開ける。
美青年はそんな間の抜けた顔まで美しく見えるから得だな、なんて全く関係の無いことを考えていると、その間に持ち直したようで、レオンはこめかみに手を当てながら、再び口を開いた。
「えっと、ごめん、ちょっと意味わかんないだけど」
「ですから、勝ったら帰ってきます」
「ライナス。報告は正確、かつ簡潔に。そして主語をつけましょう」
あれ? つけてなかったっけ、とやっとそこで気付いたライナスは、すっと息を吸って最初から言い直した。
「領地に好きな女性がいます。その人に決闘を申し込んで、勝ったら嫁になってもらう約束を取り付けるつもりです。そしたら戻ってきます」
「・・・」
「殿下?」
こめかみに当てていた手が、頭全体になっている。
「どうされましたか? 頭痛でも?」
「いや、言ってる意味が分からなくて。何それ、ロッテングルム家は嫁とりにそういうしきたりでもあるの?」
「はい」
「あるんだ?」
頷くライナスに、レオンハルトが驚愕の目を向ける。
今やすっかり書類のことなど忘れたようで、ペンも書類の束も、脇へと追いやられている。
「我がロッテングルム家では、当主嫡男ではなく、本家分家を含めて最も強いものが跡を取ります」
「ってことは、カーンも?」
「はい。父は本家ですが次男でした」
「へえええ」
実はあまり知られていないロッテングルム家の後継者選定事情に、レオンハルトも興味を惹かれたようだ。
ずいっと前傾姿勢になって、ライナスバージに問いかけた。
「で、決闘を申し込むってことは、今、一番強いのがライナスがお嫁さんにしたいっていうその女性なんだね?」
ライナスは頷いた。
「へえ。夢見が悪かった理由とか、なんで今になって突然その人に勝負を申し込む気になったのかとか、どんな人なのとか、突っ込んで聴きたいことは山ほどあるけど。まあ、それはまた今度だね」
「休暇、もらえますかね?」
神妙な顔でお伺いを立てるライナスに、レオンハルトもやはり真剣に頭を捻る。
「うーん、式の後だよね? 無期限というのは流石に無理だから、二週間あげる。その間に頑張って勝負を決めておいで」
そう言って、ぽんと肩を叩かれて。
「はい。必ず仕留めてきます」
ライナスは大きく頷いた。
・・・いや、キツネとか猪とかじゃあるまいし。
なんだろ、これ。なんか全然ロマンチックじゃないな、とレオンハルトが小さく呟いたことは、ライナスには知らせないでおこう。
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