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ある夜、オレは夢の中で
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夢を見た。
夢の中のオレはまだ十歳で。
休暇で辺境伯領に戻っていた父にくっついて、久しぶりに国境付近をうろついていた。
その頃のオレは、既に王都では少しばかり有名になっていた。
剣の申し子とか、流石はカーン騎士団長の息子よ、とか、剣聖の生まれ変わりとか、それはもう色々と分かりやすく煽てあげられていた。
同年代の中では、一番強いと思っていた。
実際、王都では負けナシだったから。
前に領地に帰ったのは、七歳の時。
その時に、あっさり叩きのめされた相手はいたけれど。
だけど、あの時のオレは今のオレとは違う。
この三年、もの凄い訓練を重ねた。
オレの方が強くなってるに決まっている。
だいたい、力だって、筋肉だって、男と女は違うんだから。
・・・なんて自信は、一つ年上の従姉妹の前で呆気なく崩れた。
「前よりは手応えがあったけどね。はい残念。五勝六敗九引き分け」
勝ち誇った顔でそう告げられ、思わず唇を噛む。
前よりは。
確かにそうだった。
三年前の手合わせでは、一勝十一敗八引き分けだった。
まだ子どもの頃の話。
一歳とはいえ、年齢差も関係するだろう。
それでも、最近は二人の兄とも互角に打ち合えるようになっていた。
親父にだって、忙しい中、時間を取ってもらって、訓練してもらってた。
こいつに、アリスティシアに勝つために。
「くそ・・・っ、女のくせに」
普段なら絶対にそんな事は言わない。
だってそんなの言い訳にもならないから。
でも、もの凄く悔しくて。
実力も伴っていないのに、プライドだけが傷つけられて。
大嫌いだ。
そんな言葉を投げつけてやりたかった。
「・・・」
アリスティシアの顔が無になって。
眼差しが、少しだけ揺れる。
「・・・私が女だから?」
「・・・っ!?」
「ライに勝ったのが女だから、・・・だから嫌い?」
「・・・」
口に、していた。
アリスティシアに、大嫌いだって。
そう、言っていた。
「私はライナスが好きだよ。元気で、明るくて、負けん気が強くて、何回負けてもめげなくて、努力も怠らない」
「・・・」
「男だったら、勝負した後も笑っていられたのかな、私たち」
「・・・」
一見すると、アリスティシアの表情には何の変化もなかった。
今だって、薄く笑みを浮かべている。
でも、そうじゃない。
きっと、・・・オレはきっと、アリスティシアを傷つけた。
くだらない八つ当たりで、本人の努力ではどうしようもないところを攻撃して。
どれだけ取り繕っても、誤魔化しようがない間違いだ。
「・・・頭、冷やしてくる」
そう言って踵を返して、森の中へと走って行った。
後ろからオレの名を呼ぶ声がしたけど、今はこれ以上、顔を合わせていたくなかった。
大嫌いなんて、嘘だ。
お前を嫌いになんて、なれる筈がないのに。
だって、オレは。
だって、オレはお前が。
「・・・畜生・・・っ」
強くなって、あいつよりも強くなって、あいつを背中に庇えて闘えるくらいに強くなって。
そしたら。
そしたらオレは。
「・・・ははっ。三年間、必死で鍛錬して、やっと五勝六敗九引き分けかよ・・・」
森の奥まで走って行って、ひときわ大きな木に寄りかかり、大きく息を吐いた。
バテたわけでもないのに、何故か胸が苦しくて。
鼓動の音も、いつもよりもずっと激しい。
手応えはあった。
確実に強くなっていた。
だけど、それはあいつも同じだった。
埋めようと思った隔たりは、ほんの少し狭まった程度で、まだまだ広くて。
もどかしい気持ちと、妬ましさと、羨みと、ちっぽけなプライドと、溢れるほどの好意と。
・・・でも。
まだだ。まだ言えない。こんなんじゃ、いつまで経ったって言えやしない。
こんなんじゃ、格好悪い。
こんなんじゃ、あいつを想う資格もない。
こんなんじゃ---。
その時、立っていた木から少しばかり奥、国境寄りに進んだ方角で、茂みをかき分ける音がした。
そして複数の足音と潜めた声。
遠くに見える木々の影からちらりちらりと見えるのは、薄汚れた服を着た男たち。
金属音もしたから、恐らくは武器も携帯している。
声も出していないのに、意味もなく口元を手で覆う。
だってあれは、どう見ても。
・・・不法入国者だ。しかも恐らくは訳アリの。
胸の鼓動が一気に激しくなる。
思わず腰に下げた剣に手を置いた。
模擬線の最中だったから、模造剣のままだ。しかも、こっちは子ども一人。
・・・後で叔父貴たちに報告するとして、ここは逃げるのが得策だ。
静かに、静かに、後ずさる。
ゆっくり、ゆっくり。音をたてないように。気付かれないように。
じりじりと下がって行って、かなり距離が取れたと安堵した、その時。
それは見張りだったのか、斥候だったのか。
男が一人、左手奥の茂みの中から現れた。
「子どもだって言っても、見逃すわけにはいかないんだよなぁ」
そう言って、すらりと剣を抜いてオレに飛びかかってきた。
とっさに模造剣を抜いて応戦して。
力の差は勿論だけど、剣の違いもかなり影響して。
それでも結構、粘った。
なかなか時間を稼げたと思う。
でも所詮は十歳の子ども。
神童と呼ばれても、ロッテングルムの直系であっても、結局はただ少しばかり剣の腕の立つ子どもでしかなくて。
・・・ああ、もう駄目だ。死ぬ。
ちゃんと言っておけばよかった。
そう思った時だった。
オレの眼前でハニーブラウンの髪が風になびいて、剣が激しくぶつかり合う音が響いて。
オレも必死でそこに加わって、・・・そして。
血しぶきが飛んだ。
その瞬間、オレは騎士寮のベッドから飛び起きた。
夢の中のオレはまだ十歳で。
休暇で辺境伯領に戻っていた父にくっついて、久しぶりに国境付近をうろついていた。
その頃のオレは、既に王都では少しばかり有名になっていた。
剣の申し子とか、流石はカーン騎士団長の息子よ、とか、剣聖の生まれ変わりとか、それはもう色々と分かりやすく煽てあげられていた。
同年代の中では、一番強いと思っていた。
実際、王都では負けナシだったから。
前に領地に帰ったのは、七歳の時。
その時に、あっさり叩きのめされた相手はいたけれど。
だけど、あの時のオレは今のオレとは違う。
この三年、もの凄い訓練を重ねた。
オレの方が強くなってるに決まっている。
だいたい、力だって、筋肉だって、男と女は違うんだから。
・・・なんて自信は、一つ年上の従姉妹の前で呆気なく崩れた。
「前よりは手応えがあったけどね。はい残念。五勝六敗九引き分け」
勝ち誇った顔でそう告げられ、思わず唇を噛む。
前よりは。
確かにそうだった。
三年前の手合わせでは、一勝十一敗八引き分けだった。
まだ子どもの頃の話。
一歳とはいえ、年齢差も関係するだろう。
それでも、最近は二人の兄とも互角に打ち合えるようになっていた。
親父にだって、忙しい中、時間を取ってもらって、訓練してもらってた。
こいつに、アリスティシアに勝つために。
「くそ・・・っ、女のくせに」
普段なら絶対にそんな事は言わない。
だってそんなの言い訳にもならないから。
でも、もの凄く悔しくて。
実力も伴っていないのに、プライドだけが傷つけられて。
大嫌いだ。
そんな言葉を投げつけてやりたかった。
「・・・」
アリスティシアの顔が無になって。
眼差しが、少しだけ揺れる。
「・・・私が女だから?」
「・・・っ!?」
「ライに勝ったのが女だから、・・・だから嫌い?」
「・・・」
口に、していた。
アリスティシアに、大嫌いだって。
そう、言っていた。
「私はライナスが好きだよ。元気で、明るくて、負けん気が強くて、何回負けてもめげなくて、努力も怠らない」
「・・・」
「男だったら、勝負した後も笑っていられたのかな、私たち」
「・・・」
一見すると、アリスティシアの表情には何の変化もなかった。
今だって、薄く笑みを浮かべている。
でも、そうじゃない。
きっと、・・・オレはきっと、アリスティシアを傷つけた。
くだらない八つ当たりで、本人の努力ではどうしようもないところを攻撃して。
どれだけ取り繕っても、誤魔化しようがない間違いだ。
「・・・頭、冷やしてくる」
そう言って踵を返して、森の中へと走って行った。
後ろからオレの名を呼ぶ声がしたけど、今はこれ以上、顔を合わせていたくなかった。
大嫌いなんて、嘘だ。
お前を嫌いになんて、なれる筈がないのに。
だって、オレは。
だって、オレはお前が。
「・・・畜生・・・っ」
強くなって、あいつよりも強くなって、あいつを背中に庇えて闘えるくらいに強くなって。
そしたら。
そしたらオレは。
「・・・ははっ。三年間、必死で鍛錬して、やっと五勝六敗九引き分けかよ・・・」
森の奥まで走って行って、ひときわ大きな木に寄りかかり、大きく息を吐いた。
バテたわけでもないのに、何故か胸が苦しくて。
鼓動の音も、いつもよりもずっと激しい。
手応えはあった。
確実に強くなっていた。
だけど、それはあいつも同じだった。
埋めようと思った隔たりは、ほんの少し狭まった程度で、まだまだ広くて。
もどかしい気持ちと、妬ましさと、羨みと、ちっぽけなプライドと、溢れるほどの好意と。
・・・でも。
まだだ。まだ言えない。こんなんじゃ、いつまで経ったって言えやしない。
こんなんじゃ、格好悪い。
こんなんじゃ、あいつを想う資格もない。
こんなんじゃ---。
その時、立っていた木から少しばかり奥、国境寄りに進んだ方角で、茂みをかき分ける音がした。
そして複数の足音と潜めた声。
遠くに見える木々の影からちらりちらりと見えるのは、薄汚れた服を着た男たち。
金属音もしたから、恐らくは武器も携帯している。
声も出していないのに、意味もなく口元を手で覆う。
だってあれは、どう見ても。
・・・不法入国者だ。しかも恐らくは訳アリの。
胸の鼓動が一気に激しくなる。
思わず腰に下げた剣に手を置いた。
模擬線の最中だったから、模造剣のままだ。しかも、こっちは子ども一人。
・・・後で叔父貴たちに報告するとして、ここは逃げるのが得策だ。
静かに、静かに、後ずさる。
ゆっくり、ゆっくり。音をたてないように。気付かれないように。
じりじりと下がって行って、かなり距離が取れたと安堵した、その時。
それは見張りだったのか、斥候だったのか。
男が一人、左手奥の茂みの中から現れた。
「子どもだって言っても、見逃すわけにはいかないんだよなぁ」
そう言って、すらりと剣を抜いてオレに飛びかかってきた。
とっさに模造剣を抜いて応戦して。
力の差は勿論だけど、剣の違いもかなり影響して。
それでも結構、粘った。
なかなか時間を稼げたと思う。
でも所詮は十歳の子ども。
神童と呼ばれても、ロッテングルムの直系であっても、結局はただ少しばかり剣の腕の立つ子どもでしかなくて。
・・・ああ、もう駄目だ。死ぬ。
ちゃんと言っておけばよかった。
そう思った時だった。
オレの眼前でハニーブラウンの髪が風になびいて、剣が激しくぶつかり合う音が響いて。
オレも必死でそこに加わって、・・・そして。
血しぶきが飛んだ。
その瞬間、オレは騎士寮のベッドから飛び起きた。
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