【完結】王太子と宰相の一人息子は、とある令嬢に恋をする

冬馬亮

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「やっと吐き気が治まってきたんだって?」

以前に会った時よりも少し頬がふっくらした様子に、安心したレオンハルトはそう言って微笑んだ。

「ええ、今は少しずつ食事量も増えてきましたの」

そう言って嬉しそうにお腹を撫でるエレアーナの姿は、まるで一枚の宗教画のように厳かで美しい。
まだお腹自体のふくらみはそれほど目立たないけれど。
でもそこには確かに新たな命が宿っていて、日々健やかに育っている。

レオンハルトとカトリアナの婚姻の儀まであと一か月を切り、準備もいよいよ大詰めとなってきた。
王都全体が活気づき、人の賑わいも更に増している。

都内には、それに伴ったトラブルもそれなりにあるようだが、それは騎士や自警団の頑張りで何とか抑えられていた。

「もうね、カトリアナのドレス姿が可愛すぎなんだよ。仮縫い姿であれだけ可愛かったら、本番の式ではどうなっちゃうんだろうって、もう心配になるくらい」

式用のドレス調整から戻ってきたばかりで、そこに一緒になってくっついて行ったレオンハルトは、どうやらとても感激したらしい。

もう一年前からずっと、結婚式が待ちきれないとぼやいていたのだから、まあ当然の反応といえばそうなのだろう。

余りに誉めそやされて赤くなっているカトリアナをよそに、レオンハルトの惚気は止まらず、エレアーナやケインの笑みを誘った。

「カトリアナさまがお召しになるドレスには、レオンハルト殿下のお色を刺繍と宝石でお使いになると聞きましたわ。確か、金糸で胸周りと裾に刺繍を施してあるのですよね?」
「ええ、そうなんですの。そして小さくカットした紫水晶をあちこちに縫い止めてあるんです」

恥ずかしそうに頬を染めながらドレスの説明をするカトリアナに、エレアーナがまあ素敵、と微笑む。

「殿下のお気持ちが分かります。殿下のお色を纏ったカトリアナさまは、きっととてもお美しいに違いありませんわ」
「うん、俺もレオンの気持ちが分かる」

ここで、それまで黙って話を聞いていたケインバッハが口を挟み、皆が意外そうな表情を浮かべた。

「・・・ケインも?」
「ああ」

不思議そうなレオンハルトに向かって、ケインは大真面目で付け加えた。

「俺も自分の結婚式の時はそうだった。花嫁が美しすぎて、どこを見たらいいのか分からなくなるんだ。胸はドキドキするし、息も上手く吸えなくなるし、何も考えられなくなる」
「ああ・・・あれね。うん、あの時のケインはそうだったね」

同じ姿勢で固まったまま、誓いの壇まで移動していたあの面白い姿を思い出し、レオンたちは微妙な表情になる。

だが、ケインバッハは至って真剣な表情でレオンを見つめ返した。

「あれは相当な衝撃だぞ。ドレス姿以外、何も目に入らなくなるんだ。レオンも今から覚悟しておいた方がいい」
「・・・うん、ありがとう」

いや、あそこまで固まりはしないだろう、とレオンとライナスが心の中では思っていたが、そこは流石に口に出すことはせず、ありがたく頷くだけにした。

「ああ、そうですわ。たった一年といえど、わたくしたちは先に色々と経験しているのですもの。お役に立てる機会もきっと多いかもしれませんわね」

エレアーナは、良いことを思いついたと言わんばかりに、両手を顔の前でぱちんと合わせた。

「この悪阻だってそうですわ。人によって重い軽いはあるそうですが、カトリアナさまがご懐妊の折には、わたくしたちにも相談に乗れることがあるやもしれません。ね、ケインさま?」

ケインが「そうだな」と大きく頷いた。

「食欲がすっかりなくなって心配していた時に見つけたレシピもありますし、爽快な後味の飲み物も考えましたの。カトリアナさまが悪阻で苦しまれる時にはお伝えしたいですわ」
「そうだな、生まれてくる可愛い子どものためとはいえ、悪阻というものはどうにも苦しそうだ。俺たちの経験が役に立つので有れば、いくらでも協力しよう」

お腹に手を当てて嬉しそうに話すエレアーナと、その隣で妻の髪をひと房手に取り、愛おしそうにくるくると手で弄ぶケインバッハは、あくまでも純粋な親切心でそう申し出ている。
まだ結婚前のレオンたちには、少々気恥ずかしい話題であることにも気づかずに。

ちなみに未だ婚約さえ出来ていないライナスの存在はきれいさっぱり忘れていた。

「レアナが実際に身籠るまで知らなかったこともたくさんある。女性の身体が繊細な作りであることは重々承知していたつもりだったが、妊娠中は更にデリケートになるぞ」
「そ、そうなんだ・・・」
「医者に言われたことだが、妻が心穏やかに過ごすためには夫のサポートが不可欠らしい。重たい物を持たせないことや無理をさせないように気をつけるのは勿論、気分の変調にも目ざとくあらねばならない。夫婦生活は勿論、控えて・・・」
「・・・夫婦生活?」

既に顔を赤くしている三人だったが、ここで思わずレオンハルトが突っこんでしまう。
そう、つい突っこんでしまった。

それを別な意味に捉えたケインは、少し嬉しそうに顔を綻ばせた。

「ああ、やはりレオンも分からないだろう? 俺もそうだったんだ。悪阻の期間は夫婦生活を控えろと言われて、レアナを実家に帰さなくてはいけないのかと勘違いしたのだが、実はそういう意味ではなくてだな。夫婦生活とは、夫婦間の夜のいと・・・」
「ケイン、ケイン! 分かったから! 分かったからもう、勘弁して! ライナス! ケインを何とかして!」

カトリアナはもう、真っ赤になった頬を両手で抑えているし、レオンハルトは悶絶寸前だ。
ライナスだって、二十歳の健康男子である。別にそちらの知識がないわけでもないし、婚約したい相手もいる。

結果、ケインバッハは、ただ今、絶賛欲求不満中のレオンハルトの命令により、扉前から走り出たライナスの手で口をふさがれていた。

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