【完】あなたから、目が離せない。

ツチノカヲリ

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事件

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 宮野さんと私は懇親会を途中で一旦抜け出し、別棟にある大浴場の湯舟に一緒に浸かっていた。

「金目先ぱぁい、私、まだ色々やらなきゃいけないことがあるので、先に出ちゃいますねぇ。先輩は、日頃の疲れが溜まってるんですから、もうちょっとゆっくりしていってくださぁい」
 私も一緒に出ようと思っていたのだが宮野さんにそう言われてしまい、もう少し湯に浸かっていくことにした。

 久しぶりにお酒を飲み、旅先の解放感もあって、自分でも浮かれているなぁと思った。懇親会で急に中村さんたちに恋バナを振られた時には、少し慌てたけれど。あの場所に松山さんがいなくて良かった、そうでなかったら私の気持ちを知られてしまったかもしれない。松山さんも、そんなことを聞かされても困るだろう。

 私は湯舟で思いっきり伸びをした。
 明日は自由解散の上、明後日は日曜日。せっかくここまで来たのだから、明日はゆっくり森林浴でもしようか。シャワーを浴びながらそんなことを考え、旅館の浴衣に着替えると大浴場を後にした。


 すっかりリラックスしていた私は一人、心地よい気持ちで暗い廊下を歩いていた。
 だから、何かがおかしいことにすぐには気が付けなかった。私しかいないはずだと思っていたのに、誰かがヒタヒタと、後ろからつけてくるような気配がした。

 旅館なのだから他にお客さんもいるだろう。私は気を取り直し、少し速足で歩いた。それでも後ろの誰かはぴったり私の後ろをついてきた。
 こんな夜に旅館の廊下で、そんなことあるのだろうか?急に怖くなってしまい、すぅっと手足の先から血の気が引いた。

 私はつい立ち止まってしまった。後ろの誰かも立ち止まったようだった。私はたまらず、そっと後ろへ振り向いた。

 そこには、この場に似つかわしくない、全身黒ジャージに黒いフェイスマスクを被った大柄の男がこちらを見つめて立っていた。手には金属バット。

 その完全におかしな人が、急に私に向かってきた。私は怖さのあまり声を出すこともできず、もつれそうになる足で必死に走って逃げた。そのままそいつも黙って私を追ってきた。静かな分不気味で、私は恐怖でいっぱいになった。先の見えない暗く曲がった廊下が、更に恐怖心を煽った。

 助けてください、助けて、だれか、、、!!

 フロントよりも研修室よりも、自分の部屋が一番近い。私はこわばる手でバッグからカードキーを取り出し「ハルニレ」の扉へかざした。
 急いで中に入って扉を閉め、部屋の奥に行こうと慌てていたせいで小上がりに勢いよくつまづき、畳の上に転んでしまった。

「えっ金目!?なんでこの部屋に、、、っお前、どうした!?」
 私の部屋のはずなのに、そこにはなぜか、驚いた松山さんがいた。自室に入ったと思った私はさらに混乱した。

「黒づくめの暴漢がっ、追い、かけてきて、、、」
 どもりながらやっとのことでそこまで伝えると、堰を切ったように涙があふれてしまった。私はそのまま、こちらに駆け寄った松山さんにしがみつき、こらえられず泣いてしまった。

 こんなの迷惑に決まっている。それなのに、松山さんは黙ったまま私の背中を優しくさすってくれた。私は泣きながら目を瞑り、その優しさに甘えた。松山さんの手のひらは、大きくて、あたたかかった。恐怖で震えていた私は、少しずつ、落ち着きを取り戻していった。

 ややしばらくして、松山さんが扉のドアスコープから用心深く外を確認した。外にはもう誰もいない様子だった。だけど、油断は出来ない。
 松山さんに警察に通報したいか聞かれたけれど、もう関わることすら怖く、私は黙って首を小さく横に振った。そんな私の気持ちを察してくれたのか、松山さんからはそれ以上聞かれなかった。
「今夜はここで休んでいいぞ。そこで横になっとけ」
 と言われたけれど、とてもそんな気分になれず、私は布団の上で小さく固まったまま動くことが出来なかった。

 そんな私を見兼ねて、松山さんはフウっと小さく息を吐いて私の横に腰を下ろした。胸の前で固く握りしめている私の手を見て「そんな風にしてたら、手に痕がついちまうぞ」と、さっきよりもゆっくり、背中をさすってくれた。泣きすぎた上、横にいる松山さんに安心してぼうっとなっていた私は、促されるままこわばった手をぎこちなく開いた。

 ネックレスの先の根付が、握りしめていた手の中からコロンと出てきた。

「、、、!!」松山さんはなぜか、少し驚いたようだった。
「おまもりなんです、私の、、、」と、泣きぬれてぼんやりしたまま私は答えた。
 私は、松山さんにぎゅっと抱きしめられた気がしたけれど、それもよく分からないまま、疲れと安堵でいつの間にか眠ってしまった。
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