【完】あなたから、目が離せない。

ツチノカヲリ

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研修旅行

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 研修旅行は現地の最寄り駅に集合だった。
 早めに到着した私は改札口の少し遠くから、観光客に混じって会社の人たちが少しずつ集まりだすのを眺めていた。オフィスにいる時よりもカジュアルな皆の装いに、旅行にきたという気分が増して少しワクワクする。

 都内から二時間ほどとは思えない、空気の澄んだY県の山中。オフィスと家の往復からはあまり感じられなかった、深く美しい秋の景色。
 どこまでも続く山の木々には紅葉が拡がり、その中に、景観に溶け込んだ建物が小さくぽつりぽつりと建っている。最近気持ちが張りつめ気味だった私も、この山の空気を吸って久々にリラックスしていた。

 ここは、あたり一帯の古い建物を住人と建築チームが計画的にリノベーションし、山中にもかかわらずホテル地帯の活性化に成功した事例として、現在建築業界では話題のスポットだ。毎年、研修旅行をどの場所で行うか、幹事のリサーチ力とセンスが問われる。さすがは、あの二人だ。
「みなさぁ~ん、こちらへ集まってくださぁい!今から宿へ向かいまーーす!」
 宮野さんがツアーガイドのように皆を取りまとめていた。

 私たちの泊まる旅館も、古い木造の建物を改築した、和風モダンで統一されたインテリアだった。
 お客様同士の目線が合わないよう、部屋までの廊下はゆるやかに曲がっていた。墨のような風合いの暗い色調の砂壁で覆われ、照明は足元だけの間接光。歩みを進めると、ちょっとした洞窟にいる気分になる。
 それぞれの部屋はナンバリングはされておらず、部屋ごとに異なった木で作られた扉とその木の名前のドアプレートが付いていた。心憎い演出だ。

 名前の書かれていない、ドアと同じ木目で作られたシンプルなカードキーで「ハルニレ」と名のついた明るい木目の扉を開ける。
 小上がりを一段上がるとさらりとした畳敷きの寝室があり、その奥にはシンプルな障子、そして大きな窓が山々とその先の湖の景色を切り取って見事なピクチャーウィンドウとなっていた。
「お客様ぁ、お部屋からお見えになる景色の良さは、この旅イチオシですよぉ!」と、同室の宮野さんが最早ベテランのガイド口調で紹介してくれたため、二人で笑った。

「中村。お前、自分のデスクみたいに部屋を散らかすなよ」
「一応幹事で、俺忙しいんっすよ!少しは大目に見てくださいよ~」
 隣の「クスノキ」と書かれた扉から、中村さんと松山さんが出てきた。

 松山さんはいつものシャツ姿ではなく、少しくだけた部屋着っぽいパーカーを着ている。ダボッとした袖を緩くまくっていて、そこから松山さんのがっしりとした腕が覗いていた。普段とはまた違うその姿に少しドキッとしたけれど、大丈夫、今日の私は落ち着いている。

「金目チャン、聞いてよ!俺に部屋を汚すなって、相部屋だからって松山さんがやかましくってさぁ~!」
 私は、会社一散らかった中村さんのデスクを思い出し、苦笑いした。
「幹事のお仕事、大変ですものね」と返事をし、私たちは研修室へ向かった。


********************


 皆この後の懇親会を楽しみしているせいか、研修は普段の会議よりもはるかにスムーズに進んだ。いつもこうだったら残業も少ないんだが、と俺はあきれつつも少し感心したほどだ。

 夜、少し休憩を挟んだ後、そのままそこで懇親会という名の飲み会が始まった。幹事が用意した酒類と皆で持ち寄ったものとで、あっという間に研修室が飲み会仕様になった。そういえば、一泊二日なのにも関わらず、幹事の中村がやけに大荷物で自家用車で来ていた。

 中村の乾杯の音頭と共に、皆普段の仕事の鬱憤を晴らすように飲み始めた。家に帰る心配がないというのも、酒が進む理由の一つだろう。
 俺はあまり飲まないが、会社を不在にすることが多いため、このような会では聞き役に徹して交流を深めている。皆、こういう場でぶちまけたい話の一つや二つ、溜まっているものだ。

「最近、金目さんって変わったよな」
 不意に、そんな会話が聞こえてきた。

「前は仕事一筋~ってちょっと固い感じだったけど、最近少し、表情が柔らかくなったよな」
「僕もそう思ってました!彼氏でも出来たんですかねー!」

 宮野を手伝う金目を遠巻きに見ながら、一部の男連中が好き勝手言っていた。会社の行事とはいえ酒が入るとこの手の話題は尽きない。だが、最近の金目の変化に気付いているやつらが会社内にもいたことに、俺はなぜか少し緊張を覚えた。

「いや~皆さん、今頃気づいちゃいました!?金目チャンの真の魅、力、にっ」
 最新のネタは決して聞き逃さない中村が、すでに相当出来上がった様子で会話に割り込んで熱弁を始めた。

「あ、れ、は!今、恋しちゃってる段階だと思いますね!」
「そうなの!?」
「夏あたりから、ちょーっと良い感じの方がいるみたいですよ」
「へえーーー!!」
「中村くん、よく知ってるねぇ」
「俺、人間観察得意なんで、何でもお見通しっすよ!あっ、丁度いいからチョーットご本人呼んで聞いてみちゃいましょーか!」

 俺は一瞬、みぞおちに重いものを食らったかと思った。

 夏あたり、から。

 中村の発言を鵜呑みにするわけではない。が、金目を割と近くで見てきたはずなのに、アイツの変化の理由が恋愛だったかもしれないなどと、俺は全く予想もしていなかった。最近の思い悩んでいた様子も、そうとなれば合点がいく。
 そんなことに考えを巡らせている内、中村は本当に金目を呼びに行ってしまった。俺はなぜかいたたまれない気持ちになった。正直、これ以上聞いていられない。俺はおもむろに席を立った。

「あれっ松山さん、どこ行くんすか!?懇親会はまだまだこれからですよー!!」
 とんだ奴だ。中村は後ろにも目がついているのか。

「先に大浴場に行ってくるよ」
 そう言い残して、俺は部屋を後にした。
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