5 / 39
05.
しおりを挟むシェイド・ウォーカー子爵令息は学生時代、第三王子クライドと同窓だった。子爵家とは言え優秀な成績を収め、剣技にも優れた彼は高位貴族が占めるクラスに籍を置いていた為だ。
やがて生徒会長であるクライド自ら生徒会に抜擢。高位貴族にも引けを取らない実力を発揮した。
(優秀で、格好良かったわ……)
リエラは一学年下だったけれど、学園内の、特に第三王子にまつわる噂話は良く聞こえてきた。
第三王子が歩く場所は女生徒たちがキャーキャーとはしゃぐ。当然その側近にも熱い視線が注がれた。
けれど四年ぶりに見たシェイドは、顔半分を覆う黒縁メガネと長く伸ばした前髪で、顔の造作が分からなくなっていた。
緩い癖毛の黒髪は肩の辺りで纏められているが、顔に掛かる部分は、紺碧の瞳は、整った顔立ちも一切見えない。
本当ならクライドにも負けず劣らずのその美貌はすっぽりと隠されており、どこか人の視線を避けてすらいるようだった。
そしてそれを見てリエラは愕然としたのだ。
(私のせいだ……)
リエラが勝手に期待して、嫌がるシェイドに迫ったから。
クライドに群がる女生徒たちはシェイドには目もくれない。
本当は素敵な方なのに。
容姿以上に努力して勝ち取った功績は素晴らしく、けれど誰もがクライドの輝く容姿に目を奪われ憧れの眼差しを向けるものの、シェイドの活躍に黄色い悲鳴を聞く事はとんと無かった。
そんなシェイドの姿が申し訳なくて、痛々しくて。学園期間、リエラは目を背けるしか出来なかった。
シェイドがクライドからのお土産を取りに退室したところを見計らって、リエラは殿下の執務室から外に出た。
父たちは(レイモンドも連行)一足先に出て行ってしまったので、室内には待機中の侍女が一人。
申し訳ないが急用を思い出したと告げ、足早に部屋を飛び出して今に至る。
(だってシェイド様と二人で話すとか、無理! 何の罰ゲームよ?!)
パタパタと王城の回廊を進みながら背中に流れるのは嫌な汗だ。
子供の頃のシェイドは可愛らしかったけれど、少し無神経な方だった。リエラに自分の親への説明を求めたところなんて特に。
あの時はお前のせいだと、お前が自分を好きになったからだと咎められたようで、割と落ち込んだ。
それでも確かにシェイドの容姿ならリエラよりも家格が上の令嬢なんて容易く見つかるだろうと思ったし、それこそ彼の好みの人を捕まえる事だって簡単だろうと思った。
『ウォーカー様ならもっといい出会いがありますよ』
だからこそ放った言葉だったけれど、彼はその飛び抜けた容姿は隠し、内面を磨いた。それだけでもう、リエラの言葉が如何に陳腐で、シェイドの心を傷つけていたか、想像に難くない。
(私はシェイド様の上辺だけしか見ていなかった……)
自分が恥ずかしくて堪らない。
そうして王族の側近として社交界で度々姿を見るようになったシェイドを見れなくなって、リエラは婚活をサボるようになったのだ。
娘のこんな黒歴史に薄々勘付いていた両親は何も言わなかったけれど、レイモンドは甘えだと言って咎めてきたのも、多分間違いではない。
でもとても、そんな彼の視界の端ででも、厚顔にも他の男性へのアプローチなんて出来なかったのだ。
だからもう自分の婚姻は家の為になるものでお願いしますと、父にも告げてある。
何か言いたそうな父に、何も言わないで欲しいと目で訴えれば、分かったと頷いてくれた我がお父様、大好きです。
だからもういいのだ。自分は家の為に結婚してその後は生涯相手の方の領地から出ないつもりなので、放っておいて欲しい。切実にお願いします。許して下さい。
今回のお見合いの件で最悪修道院に行く事も考えたけど、何故何も悪い事をしていない自分が、あんな馬鹿男……ゴホン。セドリー伯爵令息の為に自分を犠牲にしなければならないのかと、ちょっと腹が立ったので却下だ。醜聞を引き受ける事で両親に迷惑を掛けたくもない。
そんな事を考えながら、せっせと足を進め、馬車止めの近くまで来たところでグンと腕を引かれた。
その勢いに腕が抜けるかと驚き振り返れば、そこには二日ぶりのセドリー伯爵令息──アッシュがとびきりの顰め面で立っていた。
げっ
淑女として口にしてはいけないだろう一言を何とか飲み込み。とは言え引き攣った顔を取り繕う余裕もないままリエラは固まった。
「貴様! よくもこの私に恥をかかせてくれたな!」
(……いや、それ私の台詞なんですけど)
とは、ぎりぎりと締まる腕の力に気を取られ、口に出来なかったが。
「私が王城への取り継ぎが出来ない中、何故お前ごときに許可が下りている! 一体中で何を話してきた!? まさかまた私に不利益な事を殿下らにお伝えしたのではなかろうな!」
……どうやら彼は自業自得で門前払いを食らっているらしい。ザマァみ……げほごほ。……まごう事ない本心と、痛いから放してよ馬鹿力! という、口にし難い悪い言葉が頭を過ぎり、リエラは歯を食いしばった。
この男の顛末は聞くまでもなく想像ができる。
先手を打ったのは父、アロット伯爵だ。
昨日の夕方にはクライドとの場を用意してあったところを見るに、同時にセドリー伯爵家への牽制も済んでいたのだろう。
アロット伯爵家は由緒正しい家柄だ。
王家の縁戚とは言え対等と言えなくもない。その上でクライドは今回の一件を鑑みて、セドリー家を罰する事に決めたのだろう。
父の勝利!
(……まあ、王族の名を使い、ロイヤルシート席で、公衆の面前で、しでかした内容があれだし……)
貴族なのだから、愛人を囲う事はあっても正妻を立てるとか。せめて結婚するまで隠し通すとか配慮するべきだったのだ。
大体貴族の血よりも平民を立ててはならないだろう。他ならぬアッシュがその血を傘に来て威張りくさっているのだから。
……っていう周囲も閉口するような落第点っぷりを発揮したのを、本人が分かっていない。
分かっていない上、この貴族らしからぬ直情的な行動。
だから王城にも拒否されたのだ。
……というか、この婚約破棄騒動はあくまできっかけで、彼は既に王家から切り捨てられているのではないかと邪推してしまう。
「リエラさん! どうか謝って下さい!」
「!?」
突然割り込んできた声に驚き振り返る。
そこには先日お見合い席にいた女性が涙を讃え佇んでいた。
(……え? 何でここにいるの?)
315
あなたにおすすめの小説
殿下に寵愛されてませんが別にかまいません!!!!!
さら
恋愛
王太子アルベルト殿下の婚約者であった令嬢リリアナ。けれど、ある日突然「裏切り者」の汚名を着せられ、殿下の寵愛を失い、婚約を破棄されてしまう。
――でも、リリアナは泣き崩れなかった。
「殿下に愛されなくても、私には花と薬草がある。健気? 別に演じてないですけど?」
庶民の村で暮らし始めた彼女は、花畑を育て、子どもたちに薬草茶を振る舞い、村人から慕われていく。だが、そんな彼女を放っておけないのが、執着心に囚われた殿下。噂を流し、畑を焼き払い、ついには刺客を放ち……。
「どこまで私を追い詰めたいのですか、殿下」
絶望の淵に立たされたリリアナを守ろうとするのは、騎士団長セドリック。冷徹で寡黙な男は、彼女の誠実さに心を動かされ、やがて命を懸けて庇う。
「俺は、君を守るために剣を振るう」
寵愛などなくても構わない。けれど、守ってくれる人がいる――。
灰の大地に芽吹く新しい絆が、彼女を強く、美しく咲かせていく。
【本編完結】王子の寝た子を起こしたら、夢見る少女では居られなくなりました!
こさか りね
恋愛
私、フェアリエル・クリーヴランドは、ひょんな事から前世を思い出した。
そして、気付いたのだ。婚約者が私の事を良く思っていないという事に・・・。
婚約者の態度は前世を思い出した私には、とても耐え難いものだった。
・・・だったら、婚約解消すれば良くない?
それに、前世の私の夢は『のんびりと田舎暮らしがしたい!』と常々思っていたのだ。
結婚しないで済むのなら、それに越したことはない。
「ウィルフォード様、覚悟する事ね!婚約やめます。って言わせてみせるわ!!」
これは、婚約解消をする為に奮闘する少女と、本当は好きなのに、好きと気付いていない王子との攻防戦だ。
そして、覚醒した王子によって、嫌でも成長しなくてはいけなくなるヒロインのコメディ要素強めな恋愛サクセスストーリーが始まる。
※序盤は恋愛要素が少なめです。王子が覚醒してからになりますので、気長にお読みいただければ嬉しいです。
※本編完結しました。
※後日談を更新中です。
私を簡単に捨てられるとでも?―君が望んでも、離さない―
喜雨と悲雨
恋愛
私の名前はミラン。街でしがない薬師をしている。
そして恋人は、王宮騎士団長のルイスだった。
二年前、彼は魔物討伐に向けて遠征に出発。
最初は手紙も返ってきていたのに、
いつからか音信不通に。
あんなにうっとうしいほど構ってきた男が――
なぜ突然、私を無視するの?
不安を抱えながらも待ち続けた私の前に、
突然ルイスが帰還した。
ボロボロの身体。
そして隣には――見知らぬ女。
勝ち誇ったように彼の隣に立つその女を見て、
私の中で何かが壊れた。
混乱、絶望、そして……再起。
すがりつく女は、みっともないだけ。
私は、潔く身を引くと決めた――つもりだったのに。
「私を簡単に捨てられるとでも?
――君が望んでも、離さない」
呪いを自ら解き放ち、
彼は再び、執着の目で私を見つめてきた。
すれ違い、誤解、呪い、執着、
そして狂おしいほどの愛――
二人の恋のゆくえは、誰にもわからない。
過去に書いた作品を修正しました。再投稿です。
「君以外を愛する気は無い」と婚約者様が溺愛し始めたので、異世界から聖女が来ても大丈夫なようです。
海空里和
恋愛
婚約者のアシュリー第二王子にべた惚れなステラは、彼のために努力を重ね、剣も魔法もトップクラス。彼にも隠すことなく、重い恋心をぶつけてきた。
アシュリーも、そんなステラの愛を静かに受け止めていた。
しかし、この国は20年に一度聖女を召喚し、皇太子と結婚をする。アシュリーは、この国の皇太子。
「たとえ聖女様にだって、アシュリー様は渡さない!」
聖女と勝負してでも彼を渡さないと思う一方、ステラはアシュリーに切り捨てられる覚悟をしていた。そんなステラに、彼が告げたのは意外な言葉で………。
※本編は全7話で完結します。
※こんなお話が書いてみたくて、勢いで書き上げたので、設定が緩めです。
狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します
ちより
恋愛
侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。
愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。
頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。
公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。
全てを捨てて消え去ろうとしたのですが…なぜか殿下に執着されています
Karamimi
恋愛
侯爵令嬢のセーラは、1人崖から海を見つめていた。大好きだった父は、2ヶ月前に事故死。愛していた婚約者、ワイアームは、公爵令嬢のレイリスに夢中。
さらにレイリスに酷い事をしたという噂まで流されたセーラは、貴族世界で完全に孤立していた。独りぼっちになってしまった彼女は、絶望の中海を見つめる。
“私さえいなくなれば、皆幸せになれる”
そう強く思ったセーラは、子供の頃から大好きだった歌を口ずさみながら、海に身を投げたのだった。
一方、婚約者でもあるワイアームもまた、一人孤独な戦いをしていた。それもこれも、愛するセーラを守るため。
そんなワイアームの気持ちなど全く知らないセーラは…
龍の血を受け継いだワイアームと、海神の娘の血を受け継いだセーラの恋の物語です。
ご都合主義全開、ファンタジー要素が強め?な作品です。
よろしくお願いいたします。
※カクヨム、小説家になろうでも同時配信しています。
『婚約なんて予定にないんですが!? 転生モブの私に公爵様が迫ってくる』
ヤオサカ
恋愛
この物語は完結しました。
現代で過労死した原田あかりは、愛読していた恋愛小説の世界に転生し、主人公の美しい姉を引き立てる“妹モブ”ティナ・ミルフォードとして生まれ変わる。今度こそ静かに暮らそうと決めた彼女だったが、絵の才能が公爵家嫡男ジークハルトの目に留まり、婚約を申し込まれてしまう。のんびり人生を望むティナと、穏やかに心を寄せるジーク――絵と愛が織りなす、やがて幸せな結婚へとつながる転生ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる