【完結】初恋相手に失恋したので社交から距離を置いて、慎ましく観察眼を磨いていたのですが

藍生蕗

文字の大きさ
30 / 39
番外編 クライド

06.

しおりを挟む

「弟がした事は許される事ではない」

 完璧主義のコンラッドはそう言って謝罪を口にした。
 アリサは目の前のお茶を見つめ、押し黙る。
 言葉から察するに、ウィンガムも同じように先程聞いたクライドの暴走に不快感を表しているようではあるが……
(まあ確かに。驚いた、けれど……)

 そういえば潔癖症と噂のウィンガムは、自分の元婚約者の情事の目撃者だった。……改めて申し訳ない。

 ──二人に王城に呼び出されたアリサは、王族の居室で王子たちと向き合っていた。

 彼らの話をしっかりと受け止めて、アリサは深く息を吐いた。
 ……多分王族へ対して不敬であるが、今だけ許して欲しい。

「何かしてるな、とは思っていました」

 そう口にするアリサにコンラッドとウィンガムは揃って口元を引き締めた。
 その様子を見てアリサは小さく笑う。
「確かに殿下の行いは勝手なものでしょう。……けれどもし事前に相談されていたら、私は同意したかもしれません」
 その言葉に二人は驚きに目を見開いた。

(……まあ実際は、余計なお世話と断っただろうけれど)

 何故ならもしエイダンとの婚約が破棄されれば、アリサには別の相手が用意されるだけだ。一度瑕疵のついたアリサに、エイダンより恵まれた相手が見つかるとは思えない。元より、誰が相手だろうと自分の婚約者である以上、浮気という不安は付き纏うとアリサは思っていた。
 だからわざわざ婚約者を変えるメリットなど無かったのだけれど……

 そういえばクライドはアリサに、エイダンについて何度か聞いてきた事がある。
 聞かれた事に答えただけなのに、何故か彼の顔は不機嫌そうで。部下の婚約者の何がそんなに気に入らないのかと本気で苛立った。
(つまり、きっとあの頃から考えていたのでしょうね)
 ふーんとアリサは首を捻った。
  
 その後クライドの婚約者になる意味は分からなかったが……成る程とアリサは理解する。

 クライドは女性を苦手にしていたから、常に彼の部下として女を感じない自分は気楽で都合の良い相手だったのだろう。
 そうか。そんな理由で婚約を壊された自分は、確かに怒るべきなのかもしれない。
(でも王族の申し込みを断るなんて、できなかったし)
 
 アリサはふとクライドがミレイ家に挨拶に来た時の事を思い浮かべた。母は微妙な顔をし、姉はわざわざ婚家から出向き忌々しそうに睨んできた。
 父は良縁を掴み取ったアリサを褒めたが──今迄の無関心さを思えば不快でしかなく……

 ふむ。
 あの鬱陶しいやりとりもクライドのせいだったと思えば確かに、怒ってもいいだろう。
 それに、と。アリサはチラリと兄王子たちの様子を伺う。

(彼らがここに来たのは、本当に謝罪だけ?)

 自分はクライドによって都合よく作り上げられた婚約者だ。当然ながら愛などない。
(つまり……)
 ここまで話を聞いたアリサは、自分は「王族の婚約者に相応しくない」「婚約解消こそお互いに利がある」と、そう目の前の兄王子たちに言われているのだと、そんな曲解に至っていた。


 ◇


「アイツは舌先三寸で言い逃れるだろうが、アリサ嬢には簡単に許して欲しくないのだ」
 キリリと告げるウィンガムにアリサは頷いた。
「成る程」
(やはり遠回しに別れろと念を押されている)
 アリサの曲解はぶれない。

 コンラッドもウィンガムも婚約者を大切にしているのは有名だ。加えて三兄弟は仲が良い。
(愛のない弟の婚約に納得がいかないのだわ)

 アリサは居住まいを正し、改めて兄王子たちに向き直った。

「分かりました。クライド殿下とお話してみたいと思います」
 そう言うと二人はあからさまにホッと息を吐いた。
「そうか」
「良かった。アリサ嬢から言われればクライドも懲りるだろう」

 ──一方の兄王子たちはアリサが弟を見捨てず、諭し、婚約継続を前向きに捉えてくれたものだと胸を撫で下ろしていた。

 元々彼らの中では、婚約解消は反省の色の見えないクライドに対する脅しである。しかしやらかした内容を隠匿させたまま、婚姻を結ぶ事は看過できなかった。

 とは言えアリサには馬鹿な弟を許して欲しい。
 何故なら弟の様子はあからさまにおかしかった。
 人の婚約者を横取りするような真似、あの面倒臭がりがするだろうか?
 兄たちはそんな弟の深い執着を見抜いていた。

 彼らは兄弟仲が良い。
 なんならお兄ちゃんたちは弟が大好きである。けれどその性分から、曲がった道筋は正すべきという概念には抗えない。

 彼らの思惑はそんなところにあったのだが、普段察しの良いアリサは自分の事になるとポンコツな為、伝わらなかった。
 
 つまり、お互いのズレた思考に気付く事などないままに。

「畏まりました、お任せ下さい」
「君の名に傷つく事がないように、我らが配慮する」
「ありがとう存じます」

 話し合いは終わった。

 そして決意を固めたアリサは応接室を退出すると同時に、薬指から婚約指輪を抜き取った。


 ◇


 アリサが部屋に訪れた時、クライドはすぐさまその指に指輪が無い事に気が付いた。
 そしてその場に倒れるように膝をつく。

「っ、殿下! 大丈夫ですか?」

 急な体調不良だろうか。
 そんな懸念に慌てて駆け寄るアリサに、クライドは肩を震わせた。
「──ないで、くれ……」
「はい?」

 覗き込むアリサに、クライドは勢いよく顔を上げた。
「好きでもないのに優しくしないでくれ!」

 ……アリサは目を丸くした。
しおりを挟む
感想 55

あなたにおすすめの小説

殿下に寵愛されてませんが別にかまいません!!!!!

さら
恋愛
 王太子アルベルト殿下の婚約者であった令嬢リリアナ。けれど、ある日突然「裏切り者」の汚名を着せられ、殿下の寵愛を失い、婚約を破棄されてしまう。  ――でも、リリアナは泣き崩れなかった。  「殿下に愛されなくても、私には花と薬草がある。健気? 別に演じてないですけど?」  庶民の村で暮らし始めた彼女は、花畑を育て、子どもたちに薬草茶を振る舞い、村人から慕われていく。だが、そんな彼女を放っておけないのが、執着心に囚われた殿下。噂を流し、畑を焼き払い、ついには刺客を放ち……。  「どこまで私を追い詰めたいのですか、殿下」  絶望の淵に立たされたリリアナを守ろうとするのは、騎士団長セドリック。冷徹で寡黙な男は、彼女の誠実さに心を動かされ、やがて命を懸けて庇う。  「俺は、君を守るために剣を振るう」  寵愛などなくても構わない。けれど、守ってくれる人がいる――。  灰の大地に芽吹く新しい絆が、彼女を強く、美しく咲かせていく。

【本編完結】王子の寝た子を起こしたら、夢見る少女では居られなくなりました!

こさか りね
恋愛
私、フェアリエル・クリーヴランドは、ひょんな事から前世を思い出した。 そして、気付いたのだ。婚約者が私の事を良く思っていないという事に・・・。 婚約者の態度は前世を思い出した私には、とても耐え難いものだった。 ・・・だったら、婚約解消すれば良くない? それに、前世の私の夢は『のんびりと田舎暮らしがしたい!』と常々思っていたのだ。 結婚しないで済むのなら、それに越したことはない。 「ウィルフォード様、覚悟する事ね!婚約やめます。って言わせてみせるわ!!」 これは、婚約解消をする為に奮闘する少女と、本当は好きなのに、好きと気付いていない王子との攻防戦だ。 そして、覚醒した王子によって、嫌でも成長しなくてはいけなくなるヒロインのコメディ要素強めな恋愛サクセスストーリーが始まる。 ※序盤は恋愛要素が少なめです。王子が覚醒してからになりますので、気長にお読みいただければ嬉しいです。 ※本編完結しました。 ※後日談を更新中です。

私を簡単に捨てられるとでも?―君が望んでも、離さない―

喜雨と悲雨
恋愛
私の名前はミラン。街でしがない薬師をしている。 そして恋人は、王宮騎士団長のルイスだった。 二年前、彼は魔物討伐に向けて遠征に出発。 最初は手紙も返ってきていたのに、 いつからか音信不通に。 あんなにうっとうしいほど構ってきた男が―― なぜ突然、私を無視するの? 不安を抱えながらも待ち続けた私の前に、 突然ルイスが帰還した。 ボロボロの身体。 そして隣には――見知らぬ女。 勝ち誇ったように彼の隣に立つその女を見て、 私の中で何かが壊れた。 混乱、絶望、そして……再起。 すがりつく女は、みっともないだけ。 私は、潔く身を引くと決めた――つもりだったのに。 「私を簡単に捨てられるとでも? ――君が望んでも、離さない」 呪いを自ら解き放ち、 彼は再び、執着の目で私を見つめてきた。 すれ違い、誤解、呪い、執着、 そして狂おしいほどの愛―― 二人の恋のゆくえは、誰にもわからない。 過去に書いた作品を修正しました。再投稿です。

「君以外を愛する気は無い」と婚約者様が溺愛し始めたので、異世界から聖女が来ても大丈夫なようです。

海空里和
恋愛
婚約者のアシュリー第二王子にべた惚れなステラは、彼のために努力を重ね、剣も魔法もトップクラス。彼にも隠すことなく、重い恋心をぶつけてきた。 アシュリーも、そんなステラの愛を静かに受け止めていた。 しかし、この国は20年に一度聖女を召喚し、皇太子と結婚をする。アシュリーは、この国の皇太子。 「たとえ聖女様にだって、アシュリー様は渡さない!」 聖女と勝負してでも彼を渡さないと思う一方、ステラはアシュリーに切り捨てられる覚悟をしていた。そんなステラに、彼が告げたのは意外な言葉で………。 ※本編は全7話で完結します。 ※こんなお話が書いてみたくて、勢いで書き上げたので、設定が緩めです。

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

全てを捨てて消え去ろうとしたのですが…なぜか殿下に執着されています

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢のセーラは、1人崖から海を見つめていた。大好きだった父は、2ヶ月前に事故死。愛していた婚約者、ワイアームは、公爵令嬢のレイリスに夢中。 さらにレイリスに酷い事をしたという噂まで流されたセーラは、貴族世界で完全に孤立していた。独りぼっちになってしまった彼女は、絶望の中海を見つめる。 “私さえいなくなれば、皆幸せになれる” そう強く思ったセーラは、子供の頃から大好きだった歌を口ずさみながら、海に身を投げたのだった。 一方、婚約者でもあるワイアームもまた、一人孤独な戦いをしていた。それもこれも、愛するセーラを守るため。 そんなワイアームの気持ちなど全く知らないセーラは… 龍の血を受け継いだワイアームと、海神の娘の血を受け継いだセーラの恋の物語です。 ご都合主義全開、ファンタジー要素が強め?な作品です。 よろしくお願いいたします。 ※カクヨム、小説家になろうでも同時配信しています。

『婚約なんて予定にないんですが!? 転生モブの私に公爵様が迫ってくる』

ヤオサカ
恋愛
この物語は完結しました。 現代で過労死した原田あかりは、愛読していた恋愛小説の世界に転生し、主人公の美しい姉を引き立てる“妹モブ”ティナ・ミルフォードとして生まれ変わる。今度こそ静かに暮らそうと決めた彼女だったが、絵の才能が公爵家嫡男ジークハルトの目に留まり、婚約を申し込まれてしまう。のんびり人生を望むティナと、穏やかに心を寄せるジーク――絵と愛が織りなす、やがて幸せな結婚へとつながる転生ラブストーリー。

7年ぶりに私を嫌う婚約者と目が合ったら自分好みで驚いた

小本手だるふ
恋愛
真実の愛に気づいたと、7年間目も合わせない婚約者の国の第二王子ライトに言われた公爵令嬢アリシア。 7年ぶりに目を合わせたライトはアリシアのどストライクなイケメンだったが、真実の愛に憧れを抱くアリシアはライトのためにと自ら婚約解消を提案するがのだが・・・・・・。 ライトとアリシアとその友人たちのほのぼの恋愛話。 ※よくある話で設定はゆるいです。 誤字脱字色々突っ込みどころがあるかもしれませんが温かい目でご覧ください。

処理中です...