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8. そうだ、虎穴に行こう
しおりを挟む西野 佳津那
史織が凛嶺旅館に行く間の仮の名前である。
『頑張れ頑張れ。し、お、ちゃーん』
母の応援を聞くともなしに背中に聞き。
自室に戻った史織は、手渡された釣書を恐る恐る開いた。
「イケメンさん……」
四ノ宮 朔埜──
黒髪にスーツ姿の青年は、切長の眼差しが鋭く、意思が強そうな人だ。真っ直ぐに向けられた瞳はこちらを睨んでいるようで、思わず目を逸らしたくなる。
釣書なんて見るのは初めてだけれど……確かにこの人は顔が良い。麻弥子が悩むのも無理がないし、この人に恋人がいないというのも、確かに疑わしい。
そんな事を考えていると、ふと史織の頭に不安が過った。
「そもそも彼女がいない証明って、どうやるの……?」
母との攻防終了後、史織は釣書を眺めてあれこれ考えている間に、旅の疲れから眠ってしまっていた。
気がついたのは布団の上からポコポコ叩く誰かの手に起こされたからだ。
「おーい、姉ちゃんお帰りー。風呂沸いてるけど、入らないの~?」
にこにこと笑顔を向けるのは弟の直樹だ。
「ただいま直樹」
「お土産は?」
眠気を払うように目元を擦っていると、早々に催促されてしまった。お風呂云々はついでだろう。
高校三年生、十七歳の弟は、まだ子供らしさが残った顔立ちではあるが、まあまあ整った顔をしている。
たまに彼女と歩く姿を見てはそわそわと隠れたりしているが、気まずいのはそれくらいで、比較的仲の良い姉弟だ。
因みに、そんな家庭環境にのほほんとしているから、結婚願望が無く、いつまで経っても彼氏が出来ないのだとは、麻弥子談である。
確かにという思いと、放っておいてくれと葛藤するお年頃な二十四歳。いい歳して恋人の一人も出来ない自分に、誰より史織が焦っているのだから。
弟の直樹が中学の頃から、既に三人目の彼女だと紹介されているのもその一因ではあるけれど。
しかし『何か違う』の一言であっさり別れてしまう弟の行動は割と衝撃的だし、何が違うのか是非膝を突き合わせて話をしてみたいくらい恋愛とは縁がない。
(結婚かあ……)
史織はちらっと直樹を見て、ベッドから足を下ろした。
歳の近い従姉が結婚すれば、間違いなく自分はどうだと聞かれる事になる。何が嫌ってそれが嫌なのだ。
世間話の一環ではあるし、仕方がないといったらそうなのだけど。
そう考えると、麻弥子のお見合いに関わらせるのが、母が史織の結婚意識を刺激する為のものでは、なんて勘ぐりも出てくる。
(だとしたらお母さんの思惑通りね、大したもんだわ)
「リビングに置いてあるよ、お饅頭ね」
「やったー、後で食う……で、姉ちゃん。母ちゃんに言われた?」
「……え」
どきりと胸が跳ねる。
まさか直樹に潜入捜査の件を話したのだろうか。
直樹は特に旅行好きという訳ではないが、旅館のプレミアムチケットと聞いたら行きたいと言い出すかもしれないじゃないか。
わたわたと焦る史織に気付く様子も無く、直樹はあははと口にする。
「姉ちゃんが結婚なんてさ、まだ早いよなあ」
「……はい?」
「お見合いするんだろ? 住み込みで」
首を傾げる直樹を、史織は思い切り凝視した。
──住み込みでお見合いなんて聞いた事が無い。
母親の設定がおかしすぎる。取り敢えず母はこれで直樹を誤魔化すつもりらしいけれど……
「えーと、あの」
「姉ちゃんがお見合いなんて変なの~とか思ったけどさ、有名旅館の肩書きに釣られたんだろ? 母ちゃんに上手い事やられたよな~」
うん、当たらずとも遠からずってこの事だ。
「まあ、ね……」
史織はぎこちなく頷いた。
「何にせよ、お土産買って来てくれれば俺は何でもいいや。生の八つ橋なー。チョコ味も入ってる詰め合わせにして」
「はいはい」
にこにこ笑う弟に適当に手を振る。
(京都か……)
そういえば久しぶりだ。
凛嶺旅館は京の地にある。
この四年で何となく足を背けていた場所。
(何もない、ある筈が無いのに……)
『あんたみたいにすぐ泣く女は嫌いやねん』
不思議と史織の胸は高鳴っていた。
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