【完結】京都若旦那の恋愛事情〜四年ですっかり拗らせてしまったようです〜

藍生蕗

文字の大きさ
7 / 49

7. 撒き餌に食いついてしまった

しおりを挟む

「それに、しおちゃんの大好きなものも用意してるんだけどなー」
 ちらりと窺う母の顔は少しだけ得意気だ。
 対して史織の温度は低下中である。
「……私はSHAPに興味は無いんだけど」

「違う違う違う~」
 肘を張り、首を左右に振る仕草はとても成人済の子を持つ親には見えない。自然と眼差しが生暖かくなるのも仕方ないだろう。

 そんな史織の心情はさておき、母は人差し指をぴっと立て勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
凛嶺旅館りんれいりょかんの特室よ!」

 ──凛嶺旅館
 それは旅行ファンの間で一目置かれる、格式高い老舗旅館の名である。
 一般客への宿の提供とは別に、特室と呼ばれる他の客とは隔絶された安らぎの空間……

「絶対に予約できないのに?!」
 
 当然の如く史織は食いついた。
 何故なら史織は趣味、旅行。そして趣味が高じて旅行会社に就職までしたのだから。

 勿論コネも何も無く入社したので平社員である。入社二年目の、まだまだ仕事も新人に毛が生えた程度のものにしか携われないし、企画審議が通った通らないで一喜一憂しているような状態だ。
 そしてそんな企画書のグレードを上げる為にも、史織の趣味は仕事に大事な材料となる。

 凛嶺旅館の噂は業界でも有名だ。
 一般枠でも簡単に予約が取れない上、特室は一生に一度縁があるかないか分からないとまで言われている部屋。一見さんは絶対に入れないなんて話もあり、旅行ファン心理を擽る、憧れの宿である。

 しかもかの旅館は史織が勤めている会社は付き合いが無く、記事すら取り扱わせて貰えない。
 旅行会社も限られており、勿論メディアお断り、絶対き入り込めない超プライベート空間。

 憧れの宿──凛嶺旅館……
 旅好きであり、好きが高じて仕事にまでなった史織には是非一泊させて欲しい宿屋である。

「ふふーん、お母さんがSHAPのLIVEに行きたい気持ち、少しは分かったんじゃないかしら~?」
「うぐっ」
 確かに良く分かる……

「……り、旅館に泊まって、何を調べるの?」
 史織は視線を彷徨わせながら、ぼそぼそと口にする。
「違う違う、それじゃ内情なんて分からないじゃない~?」
「え……?」

 しかし母は立てていた指先をチッチッチと左右に振ってから、きらっと瞳を瞬かせた。
「ずばり、潜入捜査よ!」
 ……何を言い出すんだろう、この人は。
 二人の間に微妙な空気が横たわる。

「……あのね、お母さん……どうやって? 流石に私、そんなのはテレビドラマでしか見た事無いんだけど……一宿泊客じゃ無理な話でしょう?」
「ふふん。だから~、宿泊客じゃないんだな~。しおちゃんには凛嶺旅館に仲居として潜入して貰います!」
 びしっと史織に人差し指を突きつけて。
 母は無謀を言い切った。

「……えっとあのね、私も苗字が千田なんだから、バレちゃうよ」
「大丈夫大丈夫! 別名をちゃんと用意してあるから!」
「ええ……?」
 何て本格的なんだろう……
「こういう時こそ、使え! 千田の権力ってね!」
 無駄遣いも甚だしい……

「でもね、こういう場合、架空の人物とかは駄目なんだって。で、美鶴のね──」
 美鶴、母の妹の事である。

「別れたご主人の妹の娘さんの名前を借りるのよ!」
 
 ────?!

「ちょっと待って、何それ。誰よ?!」

 突然出てきた見知らぬ人物の名前に頭がさっぱりついていかない。ついには混乱に声を張る。

「だから~、美鶴の元旦那の妹──の、娘さん。彼女も結婚して苗字が変わってるから、その娘さんまで辿り着かないと思うの」
「えーと」

 だからと言われても。何故こちらが物分かりの悪い人みたいな扱いをされているのか分からないが……
 構わず話を続ける母に頭を抱えたくなる。

「美鶴叔母さんに離婚歴があるのは知ってるけど……」
「うんそう、でね。あの子ったら、その元ご主人の妹さんと仲が良くてね、今も交流があるらしいのよ」
「そうなんだ、それは凄いね……」

 この一言に尽きる。
 普通そんな間柄、気まずくなりそうなものだけど。
 しかし美鶴叔母さんという人を思い浮かべ、彼女ならそんな人間関係も築けそうだなと、妙に納得してしまう自分もいる。

 急に出された弟の名前に、気づけば史織は即答していた。だって他に適任者がいないような事を言っておいて。
 ミッションをやり遂げる自信は無いが、旅館には行ってみたい。どうしても。
 という訳で史織は観念して居住まいを正した。

「彼女がいるか、見てくればいいのよね?」
 それなら誰か人を捕まえて、聞いてみれば分かるかもしれない。というか、それ位しか思い浮かばないけれど……
 史織が方法を模索していると、母は合わせた両手を頬に付け、にっこりと身をくねらせた。

「そうよー。住み込みの仲居として、潜入捜査よー」
「え……」

 史織は思わず固まった。
「……住み込み? どさくさに紛れて入り込む。とかじゃなく、て……?」
 
 固めていた決意から、ふしゅーと何かが抜ける音がして。
「やるって言ったわよ、ね?」
 母の止めの一言が、頭に響いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!

ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。 相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。 結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。 現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう… その時に前世の記憶を取り戻すのだった… 「悪役令嬢の兄の婚約者って…」 なんとも微妙なポジション。 しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。

行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました

鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。 けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。 そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。 シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。 困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。 夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。 そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。 ※他投稿サイトにも掲載中

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

セイレーンの家

まへばらよし
恋愛
 病気のせいで結婚を諦めていた桐島柊子は、叔母の紹介で建築士の松井卓朗とお見合いをすることになった。卓朗は柊子の憧れの人物であり、柊子は彼に会えると喜ぶも、緊張でお見合いは微妙な雰囲気で終えてしまう。一方で卓朗もまた柊子に惹かれていく。ぎこちなくも順調に交際を重ね、二人は見合いから半年後に結婚をする。しかし、お互いに抱えていた傷と葛藤のせいで、結婚生活は微妙にすれ違っていく。

王宮地味女官、只者じゃねぇ

宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。 しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!? 王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。 訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ―― さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。 「おら、案内させてもらいますけんの」 その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。 王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」 副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」 ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」 そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」 けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。 王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。 訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る―― これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。 ★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。

愛のない結婚をした継母に転生したようなので、天使のような息子を溺愛します

美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
目が覚めると私は昔読んでいた本の中の登場人物、公爵家の後妻となった元王女ビオラに転生していた。 人嫌いの公爵は、王家によって組まれた前妻もビオラのことも毛嫌いしており、何をするのも全て別。二人の結婚には愛情の欠片もなく、ビオラは使用人たちにすら相手にされぬ生活を送っていた。 それでもめげずにこの家にしがみついていたのは、ビオラが公爵のことが本当に好きだったから。しかしその想いは報われることなどなく彼女は消え、私がこの体に入ってしまったらしい。 嫌われ者のビオラに転生し、この先どうしようかと考えあぐねていると、この物語の主人公であるルカが声をかけてきた。物語の中で悲惨な幼少期を過ごし、闇落ち予定のルカは純粋なまなざしで自分を見ている。天使のような可愛らしさと優しさに、気づけば彼を救って本物の家族になりたいと考える様に。 二人一緒ならばもう孤独ではないと、私はルカとの絆を深めていく。 するといつしか私を取り巻く周りの人々の目も、変わり始めるのだったーー

ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。

光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。 昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。 逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。 でも、私は不幸じゃなかった。 私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。 彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。 私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー 例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。 「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」 「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」 夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。 カインも結局、私を裏切るのね。 エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。 それなら、もういいわ。全部、要らない。 絶対に許さないわ。 私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー! 覚悟していてね? 私は、絶対に貴方達を許さないから。 「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。 私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。 ざまぁみろ」 不定期更新。 この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

処理中です...