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16. 意外な邂逅③
しおりを挟む(会いたかった……)
ここでどれだけ待ってももう会えない事は分かっているけれど。
文句の一つも言って……心配の言葉くらい掛けたかった。
ふらりと立ち上がり、駅から外に出れば、空はすっかり深い青に塗りつぶされていた。
(昨日はこんな時分に会ったのに)
当たり前だけど、今日はもういない。
彼女は帰ったのだから。
公共の機関を使うのが面倒くさくなって、タクシーを止めた。たった数年でお金の感覚が変わった我が身に苦い笑いが込み上げる。
(──どうせすぐ忘れる)
そうして朔埜も家へと帰った。
◇
旅館に戻ると玄関先に祖父がおり、朔埜をにんまりと出迎えた。
「なんや珍しいな。奥座敷から出てくるん」
最近は引きこもりと化した祖父に胡乱な眼差しを向けるも、本人はどこ吹く風だが。
「帰ってきたら、ただいまやろ。それより、どうしたその顔は? ん? じいに話してみい。お前の力になってやるかもしれないぞ?」
自分の今の表情を揶揄されて、朔埜は狼狽えた。
落ち込んでいるところを見透かされたようで。けれど今まで朔埜が育った環境では、泣き言なんて誰も聞いてくれなかった。だから弱みを指摘された事で、いつもの負けん気が顔を出してしまう。
「いらん、これ以上あんたから何か欲しいと思わん」
今の分だけで上等で、自分が充分感謝しているとは、恥ずかしいので言葉にしない。
「ほほー、いいのかなー、じいには何でもお見通しやと言うんになあ。お前の意中の相手もほれこの通り。しっかり手に入れてるで」
「んなっ?」
慌てて祖父が持つ写真に手を伸ばすも、ちょこざいなじじいにひょいと躱される。
「……俺を付けてたんか!」
じろっと睨むと、祖父はふふんと得意げに鼻を鳴らした。
「当たり前やろ、お前は四ノ宮の後継者や。じいが決めた。決めたからには安全確保が必要やろ」
「張込み調査の間違いやろ。なんや、ずっと俺を監視してたんか。血縁者なんて言葉で油断させておいて……」
「まあ、そう勘ぐるな。確かに素行調査はしとったよ。けどそれより前にじいは、ほら。なんて言った?」
気色ばんだ顔で両手を広げる祖父に胡乱な目を向ける。
「知らん」
「ちょっと、そこ大事やぞ? ほら、お前が後継やて、な? だから仕方ないやろ。なあ拗ねんなて」
別に拗ねてるつもりは無いけれど。
四ノ宮家が老舗旅館を経営する名家なのだとは、ここで暮らす数年で知った。だからこそ朔埜はここに馴染まないよう、心を塞いでこの家と距離を取ってきたのに。
後継者がどれ程のものか知らないけれど、それより誰かに見張らせないとならない程、自分は信用がならないのだろうか。
ぎゅっと奥歯を噛み締める朔埜に、祖父は困り顔で頭を掻いてから、大きな手でばしばしと朔埜の肩を叩いた。
「悪かった、お前の事はちゃんとかわいいと思っとるよ」
「はあ!? きっしょ! そんな事を言うてるんやない!」
「じいの愛情を疑ったんやないんか? もう十九歳なのになあ。まだまだかわいい、じいの孫やな」
「もうっ、……分かったから止め! それ……っ」
赤くなる顔を背けて肩の手を振り払うが、祖父は構わず真面目な顔を作り朔埜を覗きこんだ。
「──だが結婚相手には口を出させて貰う。お前の父親みたいな事は二度はさせん」
今迄の雰囲気をがらりと変えた、いつもと同じ眼差し。四ノ宮の当主の目。
「……」
その目に自分はどう写っているのか。
……迷惑やったか、とは聞けない。
この家に居心地の悪い思いをする度、そんな心を見透かすように、祖父は朔埜を構い倒してきた。大切にされている事に間違いはない。
「俺は別に……必要ならじいさんの望む相手と結婚するわ」
そう言うと祖父は悲しそうな目をした。
「朔埜……お前は四ノ宮を継ぐんだ」
先程の言葉を繰り返した。
「旅館か? 別に構わないけど……」
「そうや、でもそれだけやない。それはこれから学べ」
どこか重く響く声音に、朔埜は顔を上げた。
「……俺に、何をさせる気や?」
「お前にしかできない事や。それでもしお前が儂を納得させたんなら、いくらでも好きにして良い」
「俺は別に……欲しいもんなんて、何も無い」
そうして朔埜は再び顔を伏せた。
そうだ、自分は祖父の望み通りにすればいい。旅館を大事にしたいならその通りにしてやろう。
「朔埜──……」
言いかけた祖父の言葉は、聞かなかった事にした。
──沢山の葛藤を覚えた存在。
その人が今、自分を初めて見る他人を見るように首を傾げている。それが朔埜を苛立たせ、奥歯をぎりっと噛み締めた。
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