【完結】京都若旦那の恋愛事情〜四年ですっかり拗らせてしまったようです〜

藍生蕗

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17. 婚約者と初恋


 ひぃっ、と喉の奥から迫り上がってきそうな悲鳴を飲み下し。
「も、も、申し訳ありません!」
(何この人、怖い!)
 史織は再び頭を下げた。

 目の前で不穏な気配を撒き散らす朔埜に、震えが止まらない。
(麻弥子ちゃん、あなたのお見合い相手はとても怖い方です……)

 部屋に戻ったらメモ帳に書いておこう。
 忘れようと思っても無理な気がするけど。

「こんなんでちゃんと働けるんか怪しいもんやな」
 みしぃっと音の鳴る竹箒を片手に、朔埜は意地悪く笑う。史織は途方に暮れた思いで再び謝った。
「申し訳ありません……」

 ……同じ謝罪を二度言うくらいしか出来ない。
 それに挨拶すらまともに出来ないと叱責されるのは、結構辛い。しょぼんと肩を落とすと、朔埜は僅かに動揺を見せた。

「……これから、きちんと躾けて貰え」
「は、はい」
 不機嫌そうに視線を彷徨わせ、そう告げる目の前の男性に微かな既視感を覚え首を傾げる。
(あれ、なんか……以前にもこんな事が……)
 
「……もうすぐ四ノ宮の宴会が始まるさかい。恥かかないよう、それまでに三芳と辻口にに作法を習うんやな」
 ──あったようなと思い返す前に、続く朔埜の言葉に史織は目を丸くした。
「四ノ宮家の宴会?」
「……やっぱ何も知らんのか……」
 ぽつりと呟く朔埜を他所に、史織は内心で焦っていた。まさか自分の顔を知るような人はいないと思うが。
「それは、いつ頃……どなたが……?」
「三週間後や、それまで精進しとき。……ほれ」
 そう言って腕を伸ばす朔埜に史織は意味が分からず困惑する。
「え、あの。何でしょう……?」
「箒や、掃け」
「あ、はい……」
 腕の先にあるヒビの入った竹箒を恐々と受け取り、視線を逸らす。
 ……何か妙な勘違いをした気がする。
 史織が密かに葛藤している中、ふっと笑う気配を頭上に感じたのと同時に、朔埜は踵を返して去ってしまった。

「何よ、もー」
 
 へなへなと緊張が解ける中、史織はメモ帳に「性格、意地悪」と追記する事を誓った。

 ◇

「朔埜~」
 明るい声に顔を上げれば笑顔と共にこちらに手を振る女──
「乃々夏」

 自分の婚約者だ。
 口元に笑みを刷き、目元を和ませる。
 どくどくと脈打ち、ざわめいていた心が凪いでいく──

「朔埜どうしたの~? 何だか楽しそうね」
「……そうか? 別に、そんな事は無いけど」
「ふふ、いい事でもあった~?」
「無いて……」
「ふうん、そっか~」
 そう言って腕に絡みつく彼女をそのままにする。
「ねえ、大旦那様に呼ばれちゃった~。また結婚の催促かなあ~?」

「……どうやろ」
 断り切れない縁談が舞い込んでいる以上、それもありそうだ。乃々夏との縁を推したのは他ならぬ祖父なのだから。

「もう、そんなに急かさなくてもいいのにね~。あたしたちにはあたしたちのペースがあるんだから~。ねえ、朔埜?」
 何の疑いもない顔でそう笑う婚約者。
 朔埜は変わらぬ笑みのまま、彼女を抱きしめた。

「そうやな」
 ぎゅうと返される抱擁に、心が軋んだ気がするのは、気付かなかった事にした。
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