忘れられた聖女とひとりぼっちの薬師 ~薬草農家を営んでいた僕が、禁忌の森で出会った記憶喪失少女と共同生活する話~

雉子鳥 幸太郎

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『ポッポォ――――――ッ!!』

 けたたましい汽笛の音に、皆が一斉に耳を押さえた。

「み、耳が痛いです……」
「うん、すごい音だね」

 大勢の人が囲んでいたのは、巨大な汽車という鉄製の車だった。
 レールという2本の道に沿って、凄い速さで移動ができるらしい。

「本当に動くんでしょうか」
「さぁ……」
 その時、近くにいた身なりの良い青年が僕達に声をかけてきた。

「汽車を見るのは初めて?」
「あ、はい、とても大きくて驚きました」

 マイカが答えると、青年はびっくりしたようにマイカを二度見して、
「これは……驚いたな、あなたのように素敵な女性がいるなんて……」と目を輝かせる。

 僕はぐいっとマイカと青年の間に体を割り込ませて、
「何か御用ですか?」と青年を睨み付けた。

「おっと、彼女は君の連れだったのか、これは失礼した。あまりに美しい人だったものだから……」
 青年は心から謝っているようだった。

「えっと、すみません、僕も高圧的な態度をとってしまって、すみませんでした」
「いえいえ、彼女を守るためなら誰だってそうするでしょう」

 顔を真っ赤にしたマイカは、僕達の会話を聞こえないふりをしている。

「あなたたちも汽車に?」
「あ、いえ、随分と人が集まっていたので気になって……これって僕達でも乗れますか?」

「もちろん、お金さえあればね」
「あの、馬も乗れますか?」
 マイカが横から訊ねた。

「え? ああ、別の車両になりますが、ちゃんと乗れますよ。その分、お金がかかりますけどね」
「シチリ、ピウスも乗れますね」と、マイカが小声で囁く。

「うん、でも……」
 僕は青年に、「どのくらい必要なんでしょうか」と聞いてみた。

「ははは、かなり高いですよ。ひとり、銀貨50ってとこです。馬はその倍ですね」
「銀貨50……」

 となると、僕とマイカで100、ピウスで100、銀貨200もあれば乗れるのか……。
 え? 意外と安くない……?

 もしかして、パランティアでは銀貨の方が価値があるのかな?
 マーカスさんからもらったヴェルダッド金貨があるけど、使えなかったらどうしよう……。

「まぁ、簡単に出せる金額じゃないですからねぇ……」

 青年が眉を下げながら言う。
 たぶん、僕達を気遣ってくれているのだろう。

「あの、もう一つだけ聞きたいのですが……」
「ええ、何でしょう」

「ヴェルダッド金貨って、パランティアだとどのくらいの価値がありますか?」
「へ……?」


    *


 大きな貨物車両に馬用の藁が敷き詰めてあった。
 他にも何頭かの馬がすでに乗り込んでいる。

 ちょっと奮発して、ピウスには良い車両を用意して貰った。

「ピウス、少しの辛抱だからね、我慢するんだよ」
『ブルッ……』
 不機嫌そうなピウスは渋々といった足取りで車両に乗り込んだ。

「着いたら、たっぷり美味しいもの食べましょうね」
 マイカが首筋を撫でると、ピウスは甘えたように鼻を押し当てる。

「ふふ、くすぐったいです」
「じゃあ、そろそろ行こうか」

「ピウス、後でね」
『ブルルッ』
 僕とマイカは客席のある車両に移った。


 車両の中は思ったよりも広かった。
 両側に大きな窓があり、それぞれに座席が設置されている。

 座っている人達は皆、身なりが良く、男性はスーツ、女性は派手なドレスを着た人が多かった。
 地味な格好をしているのは、僕達だけだ。

 皆、僕達のことを人里に迷い込んできた狸でも見るような目をしていた。
 こんなことなら、マイカにドレスを着せてあげれば良かったな……。

 切符に書かれた自分たちの席に座り、
「ごめんね、着替えてくれば良かった」とマイカに謝る。
「私は全然気にしませんよ。だって、私はシチリと人生を歩んでいるんですから」
「マイカ……うん、ありがとう」

「シクレッタはどんなところなんですか?」
「ええと、僕も詳しくは知らないんだけど、さっき聞いた話だとパランティアの最西端で、小さな港街なんだって」
「港街ですか、楽しみですね」
 にこっとマイカが笑う。

 と、その時、車内に大声が響いた。

「おい! 誰か! 誰かおらんのかね!」

 見ると、恰幅の良い男の人が係員を呼んでいる。
 男性の隣には一際派手なドレスを着た女性が座っていた。

 慌てて係員が駆けつけると、
「せっかく大金を払ったというのに、なぜあんな貧乏人がワシより良い席に座っとるんだね! ちゃんと確認したまえよ君ぃ! まったく、臭くてかなわん!」と僕の方を指さした。
「そうですわ! しかも、あのようなみすぼらしい格好で……恥ずかしくないのかしら?」

 カッと顔が熱くなった。
 たしかに綺麗な服とはいえないけど、僕達はちゃんと対価を支払ってここにいる。
 文句を言われる筋合いはない。

「お、お客様、落ち着いてください……」
 オロオロとする係員が必死に宥めようとするが、男の怒りは収まらないようだった。

「シチリ……」
「大丈夫、ちゃんと切符もあるし……」

 だが、どんどん騒ぎは大きくなり、ついには男が僕達の席までやって来た。

「おい、ここはお前のような貧乏人が来る場所じゃない、とっとと帰りたまえ!」
「僕達はちゃんと切符を買いました! 何も悪いことはしてませんよ!」
「なんて図々しい奴だ……ん? ほほぉ、女の方はなかなか上玉じゃないか」

 男がマイカに顔を近づける。
 僕は席を立ち、男の前に立った。

「マイカに近づくな」
「な、なんだ貴様! おい、係員、こいつをつまみ出せ!」

 いつの間にか増えていた係員達は、騒ぐ男の対応に困っているようだった。

「失礼します――お客様」

 制服を着た精悍な顔立ちの男性が係員を押しのけて前に出て来た。

「この列車を任されております、車掌のタイレルです」
「おぉ、車掌か、まったく……こいつらを頼んだぞ、目障りで敵わん」
「――おい、お客様がお帰りだ」

 タイレルが背後の係員達に言うと、恰幅の良い男は「ふふん」と鼻で笑った。
 だが、次の瞬間、係員達に両脇を掴まれたのは男の方だった。

「な⁉ 何をする! 馬鹿者が! ワシではない、あの小僧だ!」
「いいえ、降りていただくのはあなたです」

 タイレルが表情一つ変えずに答えた。

「なんだと! いくら払ったと思ってるんだ!」
「あちらのお客様はあなたの十倍以上、お支払いになられております」

「はぁ⁉ そ……そんなわけあるか! あんな小僧、銀貨100枚でも払えるわけがないだろう!」
「いいえ、お連れ様の分に馬の分、それに上乗せしてさらに多くいただいております」

「う、馬だと……⁉ そ、そんな……信じられん……」
「おわかりいただけたなら、どうかお引き取りを」
 丁寧に礼をした後、「おい、早くつまみ出せ」と係員に命令した。

「わ、や、やめろ! は、離せーーーっ!」
「ちょっと! 触らないでよ! あ、あなたー!」

 二人は係員に列車を降ろされた。
 タイレルが僕達のところに来て、深く低頭する。

「申し訳ございません、カウフマン様。不快な思いをさせてしまったこと、心からお詫び申し上げます」
「い、いや、大丈夫ですから」
「そうです、気にしていません」

 顔を上げると、タイレルは少し柔らかな表情になっていた。

「ありがとうございます。もし、よろしければこの車両ごと貸し切りにいたしますが……」
 その言葉に他の乗客達がどよめいた。

「だ、大丈夫です! 他の方にご迷惑になりますし、ホントに大丈夫ですから」
「そうですか……。では、専用の係員を一人置いていきますので、何なりとお申し付けください」

「おい、粗相の無いようにな」
「は、はいっ!」
 若い係員が姿勢を正して敬礼をした。

「では、よい旅を」
 タイレルは礼をすると持ち場へ戻って行った。


 マイカがこそっと僕に囁いた。
「シチリ……やっぱり払いすぎたんですよ」
「だって、金貨しかなかったし、せっかくならピウスにも良い席をと思って……」

 マーカスさんから貰ったヴェルダッド金貨は、ここパランティアではヴェルダッドよりも10倍の価値があった。
 交易の盛んなパランティアでは、常に金が不足がちで高値なのだと、あの青年が教えてくれたのだ。
 おまけに大聖堂発行だった金貨は、相場よりもさらに高く売れたのだ。

「ふふ」
「ははっ」
 二人で声をひそめて笑う。

「――そろそろ発車いたします、皆様、お近くの手すりにお掴まりください」

「いよいよだね……」
「はい、何だかワクワクします」

 キラキラした目で、窓の外を見つめるマイカの横顔を見つめる。

 ガクンッと列車が揺れ、静かに景色が流れ出した。
 大きな弧を描き、線路は地平線へと続いている。
 街を離れると、すぐに遠浅の海が目の前に広がった。

「うわぁー! すごい……見てください、シチリ!」
「砂浜が真っ白だ! こんな綺麗な海、初めて見たよ!」

 高揚する気持ちの奥で、遠ざかっていく故郷を感じた。

 夢に見た両親を想う。
 もう、墓参りには戻れないな……。

 ヘンリーさんの墓標も最後までちゃんとしてあげたかった。
 でも、きっとヘンリーさんのことだ。
 今頃はローレンスさんに土産話をしているに違いない。

 僕とマイカのことも紹介してくれてるかな……。

 列車と併走して、数羽の海鳥が気持ちよさそうに空を舞っている。

 時がくれば、いつか逢える。
 その時まで、僕はマイカとたくさん、たくさん、覚えきれないくらいの楽しい思い出を作ろう。

 そして、みんなに紹介するんだ。
『これが僕の大切な人です』って――。

「シチリ、どうかしましたか?」
「マイカのことを考えてた」

「え……」
 恥ずかしそうに頬を赤らめるマイカの手を握り、僕は彼女の幸せを心から願った。

「この先も、僕はずっと君の幸せだけを願うよ」
「私は……シチリと一緒に幸せになりたいです」

 この日、僕は初めてマイカと唇を重ねた。
 全てが愛おしくて、世界中にこの愛を伝えたくなった。

 僅かに震える唇が、漏れる吐息が、マイカの全てが僕を幸せにする。
 潤んだ瞳を見つめていると、そこは二人だけの世界になった。
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