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8、ポメラニアンになった日の犬用豚しゃぶ
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今日は豚ももの薄切りとレタスが安かった。
確か冷蔵庫にまだゴマだれが残ってたと思うから、たっぷりのレタスを巻いたしゃぶしゃぶにしようかな。
副菜はエビを炒めて、あとは久々にマカロニサラダでも作るか。
野菜とゆで玉子で具沢山にした、お椀いっぱいもりもり食べられるようなやつ。
「わんっ!」
そっかそっか、勇者くんもわんで食べたいか……って、
「うわぁっ!? 勇者くん?!」
クローゼットから出てきたのは、勇者くんではなく犬、しかもポメラニアンだった。
「ど、どうしたの勇者くん! まさか犬になっちゃった!?」
返事の代わりに、ポメは小さな舌を出してへっへっと犬の呼吸そのものの荒い息を吐きながら、うずまきデニッシュみたいな尻尾をぶんぶんと嬉しそうに振っている。
……いや、返事は聞かずとも俺にはわかる。
このポメは勇者くん本人に違いない。
だって、セーブポイントの中に入ってクローゼットの扉を通れるのは勇者くんだけなんだから。
呪いでカッパだのカエルだのブタだのに変えられて弱体化するRPGも確かにあるっちゃあるわけだし、この状態もそういう類いの呪いなのかも。
元々犬っぽいところはある子だと思ってたけど、よもや本当に犬になってしまう日が来るとは。
一応ここペット禁止賃貸なんだけど大丈夫かな、と、そんなことをこんこんと考えていたら……
ぎゅるごごごごご~~っ!
「……犬も人間みたいに、お腹が空いたら腹の虫が鳴くんだな」
しかし参ったな。
うちに犬用のご飯なんて置いてないし……買い出しに行こうにも、こんな状態の勇者くんのこと置いていけないよな……。
「ちょっと待っててね。 犬って確か、チョコレートとかネギとかがダメなんだったっけ?」
よし、こんな時こそ文明の利器スマホの出番だ!
えーと、何々? へえ、味付けなしの状態でなら結構犬も人間と同じものが食べられるんだな。
ふむふむなるほど、ごはんもOK、と。
それじゃあ俺の分だけ別によそって、そっちだけ後で味付けすればポメ勇者くんでも食べられそうなものを用意できるな。
「勇者くん、今からごはんの支度するから、いい子で待てる?」
「キャンっ!」
ポメ勇者くんは可愛らしく一声鳴くと、トコトコとリビングの食卓へ歩いていき、椅子によじ登ってお座りした。
おりこうがすぎるのだが……ッッ!?
……って、ダメダメ。 勇者くんは困ってるんだから、はしゃぐな俺。
「えっと、気を取り直してっと」
まずはスープの仕込み。
味噌汁は犬には塩分が多すぎだからNGだ。
冷凍庫に下茹でしてから冷凍してた手羽元があるので、これを圧力鍋で煮てチキンスープにしようと思う。
ポメ勇者くんのは味付けなしで、俺の分は後で塩を足すつもりだ。
次に卵を3個茹でて、茹で上がったら殻を剥いて冷ましておく。
空いた鍋で湯を沸かし、塩を入れずに早煮えのマカロニ300gを茹でる。
茹で上がったらすぐに冷水で溶け出した小麦の滑りを洗い流し、軽く水をきってからほんのちょっとだけ米油を絡めて冷ましておく。
にんじん1/2は千切りにして、軽く電子レンジでチンしておく。
きゅうり1本は5ミリくらいの輪切りにして、塩揉みはせずにそのまま使う。
ゆで玉子も微塵切りにしてボウルの中に入れ、野菜と一緒に無糖の水切りヨーグルト200gと一緒に和える。
全体が馴染んだらマカロニをさっくり和えて、ヨーグルトマカロニサラダの完成。
……ふむ、エビは生であげちゃダメだけど加熱してたらOK、と。
ガーリックシュリンプにしようと思ってたエビは、片栗粉をまぶしてよく揉み、濁った水が出なくなるまでよく洗う。
殻を剥き、つま楊枝で背わたを抜いて水気をしっかり拭き取る。
ブロッコリーとカリフラワーはため水でよく洗い、小房に切り分けてふんわりラップでレンチンして火を通す。
強火で熱したフライパンにいつもの半分くらいの量の油をひいて、エビを炒める。
酒大匙1振りかけてアルコールをしっかり飛ばし、エビが赤くなったら一旦取り出してブロッコリーとカリフラワーを炒める。
野菜に油が馴染んだら、エビを戻して炒め合わせ完成。
レタスは洗って、1センチ幅くらいの細切りにしてから大皿に盛り付ける。
鍋に湯を沸かし、沸いたら弱火にして豚肉を1枚ずつしゃぶしゃぶする。
色が変わったら冷水に落として締め、しっかり水気を切ってからレタスの上に肉を乗せる。
手羽元のスープも、いい感じにほろほろだな。
多分ポメ勇者くんは実も食べたい筈だから、骨から実を剥がして一緒にスープに入れてあげてっと……。
「よし、こんなもんか。 お待たせ勇者くん、ご飯食べよっか」
俺が料理している間、お利口にお座りで待ちながらもポメ勇者くんのお口はよだれで大洪水だった。
スープだけ別の平皿に盛って、残りのおかずは食べやすいようランチプレートみたいに大皿に取り分けてあげよう。
自分の前には人間用に味付けした同じ献立を並べて、俺は座って手を合わせる。
「いただきます」
「わんわんわんっ!」
「よし」の合図が出た途端、ポメ勇者くんはものすごい勢いでごはんにかぶりついた。
口元が汚れないよう器用に舌を動かして、ガフガフとマカロニサラダを犬食いしていく。
ん、俺用のはマヨネーズ大匙1加えて、酢大匙1、砂糖小匙1、粒マスタード大匙1、塩少々と黒胡椒で味を整えてみたけど、マヨが少ないせいかいつものマカロニサラダよりも軽い。
マカロニを塩茹でしてなかったからどうだろうって思ってたけど、粒マスタードの辛みがいい仕事してて案外そんなに気にならないな。
チキンスープも圧力鍋のお陰でコラーゲンといい出汁が出て、味付け塩胡椒だけでも充分旨い。
よしよし、ポメ勇者くんもぺちゃぺちゃと美味しそうに舐めてくれてるな。
エビとブロッコリーとカリフラワーの炒め物も、とりあえずはシンプルな塩胡椒味にしてみたけど……。
これは……やはりにんにくが必要なやつだったか。
ちょっとラー油と醤油を足すとまあまあイケるかも。
ポメ勇者くんは気にせずガツガツいってるから、やっぱ味覚も犬になっちゃってるんだろうか?
にしても、メインの豚しゃぶ、というかレタスへの食いつきが凄いな!
犬ってそんなにレタス好きだったっけ?
いや、俺もレタスと一緒に豚しゃぶをゴマだれにつけて食べるの好きだけどさぁ!
……あ゛ーー! もう我慢できん!
俺は一旦席を立ち、冷蔵庫で冷やしてたジョッキにウォッカとグレープフルーツジュースをドボドボ注ぐ。
え? グラスの縁をスノースタイルにしないのかって?
家なんだから塩なんか別で舐めりゃいいでしょ!
っっ、かーーッ!! 勇者くんの食べっぷりを肴に飲む塩なしソルティドッグうまーーッ!!
今日の香の物はみょうがの甘酢漬けだ。
小鍋に酢と砂糖と粉末昆布を入れて、ひと煮立ちさせたら熱いままみょうがを詰めた保存容器の中にに注ぐだけの簡単なやつ。
ポメ勇者くんは食べられないから俺が酒のあてに独り占めしちゃうもんね!
「キャウン! ワウゥ!」
「えっ、勇者くんも食べたいって? 勇者くん漬け物好きだもんね。 ……えーとね、沢庵とか好きな犬もいるみたいだけど、基本的に漬け物は良くないってネットには書いてあるよ」
「クゥゥーン、キュウウゥゥーーン」
「う゛ッ……! そ、そんなつぶらな目で見るなんて卑怯だ! く、くそっ! お腹壊しちゃうかもだから、一切れだけだよ? もう」
◆◆◆
後片付けを終えた俺は、リビングのソファに座ってまったりどうでもいいバラエティ番組を見ながらデザートの芋けんぴをポメ勇者くんに食べさせていた。
ちなみに買い置きの干し芋を細切りにして魚焼きグリルで焼いただけの、犬でも食べられる砂糖なし仕様である。
無防備に俺の膝の上に乗り、ペロペロと旨そうに芋けんぴごと手を舐めてくるポメ勇者くんを見ていると、段々こう、ムラムラと押さえきれない欲望が俺の中に沸き上がってくる。
「あのですね、勇者くん。 大変恐縮なのですが、肉球の匂いを嗅がせていただいてもよろしいでしょうか?」
「キュゥン?」
ポメ勇者くんは不思議そうに首を傾げながらも、ちいちゃいあんよを「お手」の要領でこちらに差し出してくれた。
う、……わぁ、犬の肉球って本当にポップコーンの匂いがするんだぁ……!
おでこはなんだか天日干ししたばかりの布団の匂いがするし、お腹は昆布みたいな匂いがする。
「わ、わんっ!」
気付けば俺は、ポメ勇者くんを抱き締めてその腹に顔を埋め、クンカクンカと夢中で匂いを嗅いでいた。
犬! 犬いいなぁ! 賃貸だし単身住まいだから絶対飼えないけど、生活の中に犬がいてくれたらなぁってずっと前から思ってたんだよなぁ!
金払わないと愛想良くしてくれないキャバクラの女の子より断然犬だよ犬! いっぱいの犬に囲まれてチヤホヤされてぇ~~!
あー、いい匂い! 若干ポメ勇者くんが嫌がってる気もするけど、俺の癒しのためにももうちょっと我慢してもらっちゃう! だって今の勇者くんはポメラニアンなんだから仕方ないよね!
せっかくの貴重な機会だからもっと堪能させてくれ!
クンカクンカクンカクンカクンカクンカ!!
ソファに横倒れになって、俺が一層ポメ勇者くんの匂いにトリップしていると──、突然ポンッ!とポップコーンが弾けたみたいな音がして、次の習慣にはポメ勇者くんの身体は犬から人間の姿に変わっていた。
「……ぁ、」
さっきまでソファに寝転がってポメ勇者くんを抱っこしていた俺は、今や人間の勇者くんに上から覆い被さられる体勢に。
一気に気まずい沈黙が流れる。
勇者くんは何も言わず、ただ熱っぽい目でまっすぐに俺を見下ろしていた。
ガントレットを嵌めた手が頬を撫でたかと思うと、親指が俺の下唇をなぞる。
勇者くんがふっと小さく笑ったと思ったら、そのままゆっくりと形の綺麗な唇が降りてきて……
ピンポーン!!
「わあ゛ッ!!」
不意打ちのインターホンの音に、俺は上に乗った勇者くんを押し退けるみたいにソファから跳ね起きた。
ドタバタと逃げるような足取りで玄関に駆け寄り、来客に対応する。
「は、はい! どちらさまで……あ、下の階の。 え? 犬の声? あ、いえいえ、そんな滅相もない! すみません、犬の出てくる動画を観ていたので、恐らくその声かと。 ええ、はい、夜分ですし、音洩れには気を付けますので……」
騒音苦情を言いに来た下の階の住人に頭を下げながらも、俺の心臓はさっきからバクバクと激しく脈打ちっぱなしだった。
あ、あっぶねぇ~、インターホンが鳴らなかったら今頃どうなっていたか。
……さっきの勇者くん、キス、しようとしてたわけじゃないよな?
あ、呪いが解けた直後だったから、寝惚けて女の子相手と間違えたとか?
「ん……、羽佳さん、大丈夫でしたか?」
「へっ? ああ、うん! 隠れて犬飼ってないか?って聞かれただけ。 うちの賃貸ペット禁止だからさ」
……勇者くんは眠そうに目を擦っていて、めちゃ普通に寝起きって感じだ。
やっぱりさっきのは寝惚けてたんだよな、うん、きっとそうだ。
そう自分に言い聞かせるも、一度上がった顔の熱はなかなか引いてくれない。
うう、今勇者くんがどんな顔してこっちを見てるのか、怖くて振り向けないよ……!
【本日のおしながき】
ご飯
豚しゃぶとたっぷりのレタス
手羽元チキンスープ
ヨーグルトのマカロニサラダ
小エビとブロッコリーとカリフラワーのさっと炒め
みょうがの甘酢漬け一切れだけ
干しいもでつくった芋けんぴ
確か冷蔵庫にまだゴマだれが残ってたと思うから、たっぷりのレタスを巻いたしゃぶしゃぶにしようかな。
副菜はエビを炒めて、あとは久々にマカロニサラダでも作るか。
野菜とゆで玉子で具沢山にした、お椀いっぱいもりもり食べられるようなやつ。
「わんっ!」
そっかそっか、勇者くんもわんで食べたいか……って、
「うわぁっ!? 勇者くん?!」
クローゼットから出てきたのは、勇者くんではなく犬、しかもポメラニアンだった。
「ど、どうしたの勇者くん! まさか犬になっちゃった!?」
返事の代わりに、ポメは小さな舌を出してへっへっと犬の呼吸そのものの荒い息を吐きながら、うずまきデニッシュみたいな尻尾をぶんぶんと嬉しそうに振っている。
……いや、返事は聞かずとも俺にはわかる。
このポメは勇者くん本人に違いない。
だって、セーブポイントの中に入ってクローゼットの扉を通れるのは勇者くんだけなんだから。
呪いでカッパだのカエルだのブタだのに変えられて弱体化するRPGも確かにあるっちゃあるわけだし、この状態もそういう類いの呪いなのかも。
元々犬っぽいところはある子だと思ってたけど、よもや本当に犬になってしまう日が来るとは。
一応ここペット禁止賃貸なんだけど大丈夫かな、と、そんなことをこんこんと考えていたら……
ぎゅるごごごごご~~っ!
「……犬も人間みたいに、お腹が空いたら腹の虫が鳴くんだな」
しかし参ったな。
うちに犬用のご飯なんて置いてないし……買い出しに行こうにも、こんな状態の勇者くんのこと置いていけないよな……。
「ちょっと待っててね。 犬って確か、チョコレートとかネギとかがダメなんだったっけ?」
よし、こんな時こそ文明の利器スマホの出番だ!
えーと、何々? へえ、味付けなしの状態でなら結構犬も人間と同じものが食べられるんだな。
ふむふむなるほど、ごはんもOK、と。
それじゃあ俺の分だけ別によそって、そっちだけ後で味付けすればポメ勇者くんでも食べられそうなものを用意できるな。
「勇者くん、今からごはんの支度するから、いい子で待てる?」
「キャンっ!」
ポメ勇者くんは可愛らしく一声鳴くと、トコトコとリビングの食卓へ歩いていき、椅子によじ登ってお座りした。
おりこうがすぎるのだが……ッッ!?
……って、ダメダメ。 勇者くんは困ってるんだから、はしゃぐな俺。
「えっと、気を取り直してっと」
まずはスープの仕込み。
味噌汁は犬には塩分が多すぎだからNGだ。
冷凍庫に下茹でしてから冷凍してた手羽元があるので、これを圧力鍋で煮てチキンスープにしようと思う。
ポメ勇者くんのは味付けなしで、俺の分は後で塩を足すつもりだ。
次に卵を3個茹でて、茹で上がったら殻を剥いて冷ましておく。
空いた鍋で湯を沸かし、塩を入れずに早煮えのマカロニ300gを茹でる。
茹で上がったらすぐに冷水で溶け出した小麦の滑りを洗い流し、軽く水をきってからほんのちょっとだけ米油を絡めて冷ましておく。
にんじん1/2は千切りにして、軽く電子レンジでチンしておく。
きゅうり1本は5ミリくらいの輪切りにして、塩揉みはせずにそのまま使う。
ゆで玉子も微塵切りにしてボウルの中に入れ、野菜と一緒に無糖の水切りヨーグルト200gと一緒に和える。
全体が馴染んだらマカロニをさっくり和えて、ヨーグルトマカロニサラダの完成。
……ふむ、エビは生であげちゃダメだけど加熱してたらOK、と。
ガーリックシュリンプにしようと思ってたエビは、片栗粉をまぶしてよく揉み、濁った水が出なくなるまでよく洗う。
殻を剥き、つま楊枝で背わたを抜いて水気をしっかり拭き取る。
ブロッコリーとカリフラワーはため水でよく洗い、小房に切り分けてふんわりラップでレンチンして火を通す。
強火で熱したフライパンにいつもの半分くらいの量の油をひいて、エビを炒める。
酒大匙1振りかけてアルコールをしっかり飛ばし、エビが赤くなったら一旦取り出してブロッコリーとカリフラワーを炒める。
野菜に油が馴染んだら、エビを戻して炒め合わせ完成。
レタスは洗って、1センチ幅くらいの細切りにしてから大皿に盛り付ける。
鍋に湯を沸かし、沸いたら弱火にして豚肉を1枚ずつしゃぶしゃぶする。
色が変わったら冷水に落として締め、しっかり水気を切ってからレタスの上に肉を乗せる。
手羽元のスープも、いい感じにほろほろだな。
多分ポメ勇者くんは実も食べたい筈だから、骨から実を剥がして一緒にスープに入れてあげてっと……。
「よし、こんなもんか。 お待たせ勇者くん、ご飯食べよっか」
俺が料理している間、お利口にお座りで待ちながらもポメ勇者くんのお口はよだれで大洪水だった。
スープだけ別の平皿に盛って、残りのおかずは食べやすいようランチプレートみたいに大皿に取り分けてあげよう。
自分の前には人間用に味付けした同じ献立を並べて、俺は座って手を合わせる。
「いただきます」
「わんわんわんっ!」
「よし」の合図が出た途端、ポメ勇者くんはものすごい勢いでごはんにかぶりついた。
口元が汚れないよう器用に舌を動かして、ガフガフとマカロニサラダを犬食いしていく。
ん、俺用のはマヨネーズ大匙1加えて、酢大匙1、砂糖小匙1、粒マスタード大匙1、塩少々と黒胡椒で味を整えてみたけど、マヨが少ないせいかいつものマカロニサラダよりも軽い。
マカロニを塩茹でしてなかったからどうだろうって思ってたけど、粒マスタードの辛みがいい仕事してて案外そんなに気にならないな。
チキンスープも圧力鍋のお陰でコラーゲンといい出汁が出て、味付け塩胡椒だけでも充分旨い。
よしよし、ポメ勇者くんもぺちゃぺちゃと美味しそうに舐めてくれてるな。
エビとブロッコリーとカリフラワーの炒め物も、とりあえずはシンプルな塩胡椒味にしてみたけど……。
これは……やはりにんにくが必要なやつだったか。
ちょっとラー油と醤油を足すとまあまあイケるかも。
ポメ勇者くんは気にせずガツガツいってるから、やっぱ味覚も犬になっちゃってるんだろうか?
にしても、メインの豚しゃぶ、というかレタスへの食いつきが凄いな!
犬ってそんなにレタス好きだったっけ?
いや、俺もレタスと一緒に豚しゃぶをゴマだれにつけて食べるの好きだけどさぁ!
……あ゛ーー! もう我慢できん!
俺は一旦席を立ち、冷蔵庫で冷やしてたジョッキにウォッカとグレープフルーツジュースをドボドボ注ぐ。
え? グラスの縁をスノースタイルにしないのかって?
家なんだから塩なんか別で舐めりゃいいでしょ!
っっ、かーーッ!! 勇者くんの食べっぷりを肴に飲む塩なしソルティドッグうまーーッ!!
今日の香の物はみょうがの甘酢漬けだ。
小鍋に酢と砂糖と粉末昆布を入れて、ひと煮立ちさせたら熱いままみょうがを詰めた保存容器の中にに注ぐだけの簡単なやつ。
ポメ勇者くんは食べられないから俺が酒のあてに独り占めしちゃうもんね!
「キャウン! ワウゥ!」
「えっ、勇者くんも食べたいって? 勇者くん漬け物好きだもんね。 ……えーとね、沢庵とか好きな犬もいるみたいだけど、基本的に漬け物は良くないってネットには書いてあるよ」
「クゥゥーン、キュウウゥゥーーン」
「う゛ッ……! そ、そんなつぶらな目で見るなんて卑怯だ! く、くそっ! お腹壊しちゃうかもだから、一切れだけだよ? もう」
◆◆◆
後片付けを終えた俺は、リビングのソファに座ってまったりどうでもいいバラエティ番組を見ながらデザートの芋けんぴをポメ勇者くんに食べさせていた。
ちなみに買い置きの干し芋を細切りにして魚焼きグリルで焼いただけの、犬でも食べられる砂糖なし仕様である。
無防備に俺の膝の上に乗り、ペロペロと旨そうに芋けんぴごと手を舐めてくるポメ勇者くんを見ていると、段々こう、ムラムラと押さえきれない欲望が俺の中に沸き上がってくる。
「あのですね、勇者くん。 大変恐縮なのですが、肉球の匂いを嗅がせていただいてもよろしいでしょうか?」
「キュゥン?」
ポメ勇者くんは不思議そうに首を傾げながらも、ちいちゃいあんよを「お手」の要領でこちらに差し出してくれた。
う、……わぁ、犬の肉球って本当にポップコーンの匂いがするんだぁ……!
おでこはなんだか天日干ししたばかりの布団の匂いがするし、お腹は昆布みたいな匂いがする。
「わ、わんっ!」
気付けば俺は、ポメ勇者くんを抱き締めてその腹に顔を埋め、クンカクンカと夢中で匂いを嗅いでいた。
犬! 犬いいなぁ! 賃貸だし単身住まいだから絶対飼えないけど、生活の中に犬がいてくれたらなぁってずっと前から思ってたんだよなぁ!
金払わないと愛想良くしてくれないキャバクラの女の子より断然犬だよ犬! いっぱいの犬に囲まれてチヤホヤされてぇ~~!
あー、いい匂い! 若干ポメ勇者くんが嫌がってる気もするけど、俺の癒しのためにももうちょっと我慢してもらっちゃう! だって今の勇者くんはポメラニアンなんだから仕方ないよね!
せっかくの貴重な機会だからもっと堪能させてくれ!
クンカクンカクンカクンカクンカクンカ!!
ソファに横倒れになって、俺が一層ポメ勇者くんの匂いにトリップしていると──、突然ポンッ!とポップコーンが弾けたみたいな音がして、次の習慣にはポメ勇者くんの身体は犬から人間の姿に変わっていた。
「……ぁ、」
さっきまでソファに寝転がってポメ勇者くんを抱っこしていた俺は、今や人間の勇者くんに上から覆い被さられる体勢に。
一気に気まずい沈黙が流れる。
勇者くんは何も言わず、ただ熱っぽい目でまっすぐに俺を見下ろしていた。
ガントレットを嵌めた手が頬を撫でたかと思うと、親指が俺の下唇をなぞる。
勇者くんがふっと小さく笑ったと思ったら、そのままゆっくりと形の綺麗な唇が降りてきて……
ピンポーン!!
「わあ゛ッ!!」
不意打ちのインターホンの音に、俺は上に乗った勇者くんを押し退けるみたいにソファから跳ね起きた。
ドタバタと逃げるような足取りで玄関に駆け寄り、来客に対応する。
「は、はい! どちらさまで……あ、下の階の。 え? 犬の声? あ、いえいえ、そんな滅相もない! すみません、犬の出てくる動画を観ていたので、恐らくその声かと。 ええ、はい、夜分ですし、音洩れには気を付けますので……」
騒音苦情を言いに来た下の階の住人に頭を下げながらも、俺の心臓はさっきからバクバクと激しく脈打ちっぱなしだった。
あ、あっぶねぇ~、インターホンが鳴らなかったら今頃どうなっていたか。
……さっきの勇者くん、キス、しようとしてたわけじゃないよな?
あ、呪いが解けた直後だったから、寝惚けて女の子相手と間違えたとか?
「ん……、羽佳さん、大丈夫でしたか?」
「へっ? ああ、うん! 隠れて犬飼ってないか?って聞かれただけ。 うちの賃貸ペット禁止だからさ」
……勇者くんは眠そうに目を擦っていて、めちゃ普通に寝起きって感じだ。
やっぱりさっきのは寝惚けてたんだよな、うん、きっとそうだ。
そう自分に言い聞かせるも、一度上がった顔の熱はなかなか引いてくれない。
うう、今勇者くんがどんな顔してこっちを見てるのか、怖くて振り向けないよ……!
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小エビとブロッコリーとカリフラワーのさっと炒め
みょうがの甘酢漬け一切れだけ
干しいもでつくった芋けんぴ
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