9 / 25
7、麻痺が残っている日のお豆腐ロールキャベツ
しおりを挟む
昼間予約してた歯医者に行って、ついに長年気になっていた親知らずを抜いてもらってきた。
噂通り、親知らず抜くのってヤバいね。 もはや治療通り越して工事だよあんなの。
まだ麻酔が効いてるからものすごい痛みとかはないけど、顎の感覚がなくて何食べてもちっともものの味がわかんない。
昼飯は菓子パンで簡単に済ませちゃったけど、外食行くのもめんどいし、もう今日は夜も菓子パンでいっかな。
……いや! でももしかしたら勇者くんが来るかもしんないから、やっぱり晩飯は作っとこう!
別に菓子パンが絶対悪みたいに思ってるわけじゃないけどさ、ただでさえ勇者くんは二、三日ほぼ飲まず食わず眠らずでダンジョン攻略を頑張ってるんだ。
せめてここに来た時だけは、栄養のあるものをしっかり食べて欲しいんだよ俺は。
それに、菓子パンだけってすぐお腹空いちゃうしな、うん。
「そうと決まれば何か、俺も一緒に食べられそうな柔らかい献立がいいな」
確か、冷凍庫に鶏挽き肉があったと思うから、今日はロールキャベツにするか。
まずは豆腐半丁をレンチンしてよく水切りしておく。
次に大きめのたまねぎ1個、にんじん4分の1個をみじん切りにして、これも火が通る程度までレンチン。
レンジが空いたら次はキャベツを洗って外葉を剥がし、少量の水を張った皿に丸ごと乗せて、ふんわりラップでレンチン。
その間にパン粉大匙3を水切りした木綿豆腐でふやかして、ビニール袋の中に入れる。
とり挽き肉300g、ケチャップ大匙1、マヨネーズ大匙1、小麦粉大匙1、塩少々、黒胡椒少々を入れて、モミモミしながらよく混ぜる。
しんなりしたキャベツの大きめの葉と内側のちんまりした葉に分けて、先にちんまりした葉で肉だねを巻いて……真ん中にチーズ埋め込んじゃうか。 それを大きな葉で包み巻き、その上から更にベーコンで巻いて、折ったパスタで裾を縫い止める。
こうすると加工肉の旨味で良い出汁が出るんだよな。
ウインナーがあったらもっと良かったけど、今日はないからこれだけで。
全部巻き終えたら圧力鍋の中に並べて、ロールキャベツが浸るくらいの水、顆粒コンソメ大匙1、醤油大匙1入れて中火でコトコト煮込む。
俺はロールキャベツを作る時、トマトベースでもクリームベースでもなく、コンソメ醤油味一択なのである。
副菜一品目はアンチョビポテト。
大きめのジャガイモ3個の皮を剥いて水にさらし、耐熱容器に入れてふんわりラップでレンチン。
このあと炒めるから、ちょっと芯が残ってるかも程度でOKだ。
フライパンににんにくチューブ、アンチョビペーストをそれぞれ2センチくらい出して、オリーブオイルで香りが立つまで熱したらジャガイモを投入。
表面がこんがりするまで焼き炒めたら、軽く黒胡椒を振って完成。
もう一品は、白身魚のバター焼きだ。
中火で熱したフライパンにバターを入れて溶かし、冷凍のパンガシウスをそのまま焼くだけ。
いい焼き色がついたらひっくり返して反対側を焼き、こんがりっとしてきたら塩胡椒で味付けして完成だ。
一応勇者くん用にご飯も炊いてあるけど、俺は今日は食パンにしとこうかな。
コンソメスープに浸して柔らかくしながら食べたらそんなに一生懸命噛まなくてもいいだろうし。
えーと、汁物はそのままコンソメ醤油のスープを出すとして、と。
香の物はらっきょうがあるから、勇者くんにだけ小皿で出してあげたらいいか。
あとはロールキャベツが煮えたら出来上がりなんだけど……もしや今日のおかず、素材ほぼそのままっていうか、ちょっと手ェ抜きすぎか?
や、でもロールキャベツってこれだけで野菜もたんぱく質もたくさん摂れる献立だし、特に問題ないよな?
と、そんなことを考えていたら、クローゼットがガチャリと開いた。
「おかえり、勇者くん」
「ふぁふぁいふぁふぇふ」
「なんて?」
どうしちゃったの勇者くん、そんな入れ歯の抜けたおじいちゃんみたいなしゃべり方しちゃって。
勇者くんは、一生懸命身振り手振りで敬意を説明してくれる。
「えーと、何々? 『痺れキノコ』ってモンスターの麻痺胞子を食らった? 麻痺がまだ抜けてなくて、呂律が回ってないだけ? じゃあそのうち治るんだな?」
「ふぁひ」
「ご飯食べれそう?」
「ふぁふぇふぁひふぇふ」
麻痺以外は、勇者くんは外傷もなく元気だそうだ。
でも固いものは一応やめといた方がいいかもな。
らっきょうはブレンダーで滑らかに潰して、寒天で寄せたソフト漬け物にしてあげよう。
一緒に梅干しも叩いてこれも寒天で固めて、紅白の二層にしたら、お、オードブルの前菜っぽくて綺麗なんじゃない?
ロボットのようなカクカクした動きで脱衣所に向かう勇者くんを見送りながら、俺はロールキャベツの仕上げに塩胡椒で味を整える。
……うーん、こんなもんか? やっぱ今日、麻酔のせいで味がぼやけてよくわかんないな。
◆◆◆
シャワーで胞子を洗い流したおかげか、風呂から上がってくる頃には勇者くんの呂律はかなりマシになっていた。
今日もギュゴギュゴと元気な腹の虫の声を聞きながら、俺は食卓に出来上がった晩飯を並べる。
「さ、食べよっか。 いただきます」
「イタダキマス」
ロールキャベツはよく煮たからキャベツも箸で破れるくらいにとろとろだ。
半分に割ると豆腐でかさ増しした肉の中からチーズが溶け出す、これが嫌いな男子はいないでしょう!
勇者くんは目をキラキラと輝かせながら、半分にしたロールキャベツを一気にひとくちで頬張る。
「どうかな? 今日ちょっと顎が痺れてて、味がわかりにくくてさ。 味濃すぎたりしてない?」
「はふっ、じゅるっ、ン、お、おいひぃれふ! やしゃいの中にふっわふわの肉とチーズが入ってて、噛まなくても舌で潰せるくらいに柔らかいから、野菜と肉とチーズとスープの旨味が全部いっぺんに口の中に雪崩れ込んできます!」
良かった、今日も勇者くん好みの味付けにできたみたいだ。
「こっちの付け合わせの魚は淡白で優しい味で、塩とバターのシンプルな風味がいいですね。 初めて食べる魚だけど、これなんていう魚なんですか?」
「パンガシウス。 ナマズの仲間だって」
「ナマズ!? ナマズって、あのナマズ?!」
どうやら勇者くんの世界にもナマズって存在してるみたいだ。
「ダンジョンの水場のあるフロアで、『お化けナマズ』というモンスターが出てくることがあるんです。 あのモンスターも、食べたらこんな味がするのかな……」
「や、野生種は寄生虫がすごいんでしょ? もし食べるなら充分に気を付けてね」
勇者くんの世界って普通に火に強いモンスターとかウジャウジャいるみたいだし、加熱した程度じゃ死なない寄生虫もいっぱいいそうだな……。
「! ジャガイモがカリカリホクホクしてる! 味も、ただの塩味じゃなくてスパイシーな味がします! イモでコメが食べられてしまう!」
ロールキャベツって、煮込んでるうちにキャベツの甘味でスープが甘めになっちゃってご飯に合わない派も結構いるらしいからおかずはどっちもしょっぱい系にしたんだけど……、勇者くんは全く問題なさそうだ。
いつも思ってるけど、これだけ好き嫌いせずなんでもバクバク食べてくれるのマジで作り甲斐がある。
……あ゛ーー! もう歯痛とかどうでもいいや!
俺は一旦席を立ち、台所のシンク下に隠していたとっておきの純米焼酎を取り出した。
キャップを開けて、そのままお行儀悪くロールキャベツの入ったスープの器にドバっと投入!
米焼酎のコンソメ割りじゃい!
っっ、かーーッ!! 勇者くんの食べっぷりを肴に飲む米焼酎うまーーッ!!
「んっ!? あれ?! これお菓子だと思ったらラッキョとウメボシだ! 柔らかいのに、なんで!?」
初めてのソフト漬け物に驚いている勇者くんに、俺はすかさず「勇者くん、ご飯のおかわりいる?」と確認するのだった。
◆◆◆
「……やっぱりだ」
食後、潰しバナナとマスカルポーネチーズを混ぜてインスタントコーヒーに浸したカステラに乗っけ、上からココアパウダーをかけた即席ティラミスを食べながら、勇者くんは神妙な顔で自分の顎をさすっている。
「やっぱりって何が?」
「麻痺がすっかり良くなっています。 通常は痺れキノコの麻痺胞子を吸うと、どんなに処置しても丸一日は痺れが取れないのに」
言われてみれば、勇者くんの呂律はすっかり元通りだ。
「セーブポイントの中にいるから回復も早いんじゃないの?」
「いえ、それだけじゃない気がします。 確かにここに滞在している間にダンジョン内で受けたダメージの殆どは少しずつ回復していきますが、その回復のスピードって本当はもっとゆっくりな筈なんです。 それこそ完全に治りきるまでには、タイムリミットである早朝5時ギリギリまでかかる筈で」
ん? それはおかしくないか?
だって勇者くん、いつも大抵晩飯を食べ終わる頃くらいには元気になってるじゃん。
寝る前まで勇者くんが痛がったり苦しがってるところ、俺見たことないよ?
全回復までに日を跨ぐくらい時間かかったのって、前に眠気が我慢できなくて晩飯食べっぱぐれた時くらいじゃない?
「そうなんです。 骨が折れてようが腹を貫かれてようが、毎回ここでご飯を食べ終わる頃には全部綺麗に完治してるんです。 ……前から薄々感じていたんですが、羽佳さんの作った料理を食べると回復が早まるのでは?」
「まさか! だって普通の家メシだぞ? そんな魔法みたいな効果ないって」
「でも、それ以外に回復が早まる原因は考えられないんです。 少なくとも別の世界から来た俺にとっては、羽佳さんの作る料理で特別な効果を得られるんじゃないかなって」
うーん、そうかなぁ? そりゃ勇者くんが早く元気になるようにって、いつもなるべくバランスのいい献立を用意するよう心掛けてはいるけど……。
「絶対そうですよ!」と拳を握って力説する勇者くんを見ていると、なんだかなぁって。
あんまり俺のこと神聖視しすぎるのはよくないよ勇者くん。
「それじゃあまた検証してみる? 次回は晩飯抜きで一晩過ごして、全快までどのくらいで回復するのか時間を計ってみるんだ。
そうしたら料理にそんな効果があるのかどうかハッキリするんじゃない?」
俺のこの提案に、「え゛っ!」と勇者くんの顔が分かりやすく強張った。
「そ、それは、ちょっと……」
晩飯抜きがよっぽど嫌なのか、勇者くんはこの世の終わりみたいな顔でゴニョゴニョと歯切れ悪く言い訳を繕おうとしている。
「ふっ、冗談だよ。 晩飯抜きとか、お腹すかしてる勇者くんにそんな酷なことさせられないって」
テーブルに頬杖をつきながらニヤニヤする俺に、勇者くんはあからさまにほっとしてから「いじわる!」と頬を膨らませた。
……しかし、もしその回復スピード云々が本当なら、結構責任重大だな。
勇者くんにとって食事が回復の作業みたいにならないよう、もっと色々調べてレパートリー増やして美味しく楽しく食べてもらえるようになんないと。
翌朝、5合のおにぎりと昨日のロールキャベツの残りを食べてから、勇者くんは元気に出発していった。
因みに俺は、塩分とアルコールをしこたま浴びた抜歯痕のおかげでとんでもない思いをしていた。
【本日のおしながき】
ご飯
チーズ入りベーコン巻きロールキャベツコンソメ醤油味
アンチョビポテト
白身魚のバタームニエル
叩き梅とらっきょうペーストの二層寒天寄せソフト漬け物
潰しバナナのティラミス風
噂通り、親知らず抜くのってヤバいね。 もはや治療通り越して工事だよあんなの。
まだ麻酔が効いてるからものすごい痛みとかはないけど、顎の感覚がなくて何食べてもちっともものの味がわかんない。
昼飯は菓子パンで簡単に済ませちゃったけど、外食行くのもめんどいし、もう今日は夜も菓子パンでいっかな。
……いや! でももしかしたら勇者くんが来るかもしんないから、やっぱり晩飯は作っとこう!
別に菓子パンが絶対悪みたいに思ってるわけじゃないけどさ、ただでさえ勇者くんは二、三日ほぼ飲まず食わず眠らずでダンジョン攻略を頑張ってるんだ。
せめてここに来た時だけは、栄養のあるものをしっかり食べて欲しいんだよ俺は。
それに、菓子パンだけってすぐお腹空いちゃうしな、うん。
「そうと決まれば何か、俺も一緒に食べられそうな柔らかい献立がいいな」
確か、冷凍庫に鶏挽き肉があったと思うから、今日はロールキャベツにするか。
まずは豆腐半丁をレンチンしてよく水切りしておく。
次に大きめのたまねぎ1個、にんじん4分の1個をみじん切りにして、これも火が通る程度までレンチン。
レンジが空いたら次はキャベツを洗って外葉を剥がし、少量の水を張った皿に丸ごと乗せて、ふんわりラップでレンチン。
その間にパン粉大匙3を水切りした木綿豆腐でふやかして、ビニール袋の中に入れる。
とり挽き肉300g、ケチャップ大匙1、マヨネーズ大匙1、小麦粉大匙1、塩少々、黒胡椒少々を入れて、モミモミしながらよく混ぜる。
しんなりしたキャベツの大きめの葉と内側のちんまりした葉に分けて、先にちんまりした葉で肉だねを巻いて……真ん中にチーズ埋め込んじゃうか。 それを大きな葉で包み巻き、その上から更にベーコンで巻いて、折ったパスタで裾を縫い止める。
こうすると加工肉の旨味で良い出汁が出るんだよな。
ウインナーがあったらもっと良かったけど、今日はないからこれだけで。
全部巻き終えたら圧力鍋の中に並べて、ロールキャベツが浸るくらいの水、顆粒コンソメ大匙1、醤油大匙1入れて中火でコトコト煮込む。
俺はロールキャベツを作る時、トマトベースでもクリームベースでもなく、コンソメ醤油味一択なのである。
副菜一品目はアンチョビポテト。
大きめのジャガイモ3個の皮を剥いて水にさらし、耐熱容器に入れてふんわりラップでレンチン。
このあと炒めるから、ちょっと芯が残ってるかも程度でOKだ。
フライパンににんにくチューブ、アンチョビペーストをそれぞれ2センチくらい出して、オリーブオイルで香りが立つまで熱したらジャガイモを投入。
表面がこんがりするまで焼き炒めたら、軽く黒胡椒を振って完成。
もう一品は、白身魚のバター焼きだ。
中火で熱したフライパンにバターを入れて溶かし、冷凍のパンガシウスをそのまま焼くだけ。
いい焼き色がついたらひっくり返して反対側を焼き、こんがりっとしてきたら塩胡椒で味付けして完成だ。
一応勇者くん用にご飯も炊いてあるけど、俺は今日は食パンにしとこうかな。
コンソメスープに浸して柔らかくしながら食べたらそんなに一生懸命噛まなくてもいいだろうし。
えーと、汁物はそのままコンソメ醤油のスープを出すとして、と。
香の物はらっきょうがあるから、勇者くんにだけ小皿で出してあげたらいいか。
あとはロールキャベツが煮えたら出来上がりなんだけど……もしや今日のおかず、素材ほぼそのままっていうか、ちょっと手ェ抜きすぎか?
や、でもロールキャベツってこれだけで野菜もたんぱく質もたくさん摂れる献立だし、特に問題ないよな?
と、そんなことを考えていたら、クローゼットがガチャリと開いた。
「おかえり、勇者くん」
「ふぁふぁいふぁふぇふ」
「なんて?」
どうしちゃったの勇者くん、そんな入れ歯の抜けたおじいちゃんみたいなしゃべり方しちゃって。
勇者くんは、一生懸命身振り手振りで敬意を説明してくれる。
「えーと、何々? 『痺れキノコ』ってモンスターの麻痺胞子を食らった? 麻痺がまだ抜けてなくて、呂律が回ってないだけ? じゃあそのうち治るんだな?」
「ふぁひ」
「ご飯食べれそう?」
「ふぁふぇふぁひふぇふ」
麻痺以外は、勇者くんは外傷もなく元気だそうだ。
でも固いものは一応やめといた方がいいかもな。
らっきょうはブレンダーで滑らかに潰して、寒天で寄せたソフト漬け物にしてあげよう。
一緒に梅干しも叩いてこれも寒天で固めて、紅白の二層にしたら、お、オードブルの前菜っぽくて綺麗なんじゃない?
ロボットのようなカクカクした動きで脱衣所に向かう勇者くんを見送りながら、俺はロールキャベツの仕上げに塩胡椒で味を整える。
……うーん、こんなもんか? やっぱ今日、麻酔のせいで味がぼやけてよくわかんないな。
◆◆◆
シャワーで胞子を洗い流したおかげか、風呂から上がってくる頃には勇者くんの呂律はかなりマシになっていた。
今日もギュゴギュゴと元気な腹の虫の声を聞きながら、俺は食卓に出来上がった晩飯を並べる。
「さ、食べよっか。 いただきます」
「イタダキマス」
ロールキャベツはよく煮たからキャベツも箸で破れるくらいにとろとろだ。
半分に割ると豆腐でかさ増しした肉の中からチーズが溶け出す、これが嫌いな男子はいないでしょう!
勇者くんは目をキラキラと輝かせながら、半分にしたロールキャベツを一気にひとくちで頬張る。
「どうかな? 今日ちょっと顎が痺れてて、味がわかりにくくてさ。 味濃すぎたりしてない?」
「はふっ、じゅるっ、ン、お、おいひぃれふ! やしゃいの中にふっわふわの肉とチーズが入ってて、噛まなくても舌で潰せるくらいに柔らかいから、野菜と肉とチーズとスープの旨味が全部いっぺんに口の中に雪崩れ込んできます!」
良かった、今日も勇者くん好みの味付けにできたみたいだ。
「こっちの付け合わせの魚は淡白で優しい味で、塩とバターのシンプルな風味がいいですね。 初めて食べる魚だけど、これなんていう魚なんですか?」
「パンガシウス。 ナマズの仲間だって」
「ナマズ!? ナマズって、あのナマズ?!」
どうやら勇者くんの世界にもナマズって存在してるみたいだ。
「ダンジョンの水場のあるフロアで、『お化けナマズ』というモンスターが出てくることがあるんです。 あのモンスターも、食べたらこんな味がするのかな……」
「や、野生種は寄生虫がすごいんでしょ? もし食べるなら充分に気を付けてね」
勇者くんの世界って普通に火に強いモンスターとかウジャウジャいるみたいだし、加熱した程度じゃ死なない寄生虫もいっぱいいそうだな……。
「! ジャガイモがカリカリホクホクしてる! 味も、ただの塩味じゃなくてスパイシーな味がします! イモでコメが食べられてしまう!」
ロールキャベツって、煮込んでるうちにキャベツの甘味でスープが甘めになっちゃってご飯に合わない派も結構いるらしいからおかずはどっちもしょっぱい系にしたんだけど……、勇者くんは全く問題なさそうだ。
いつも思ってるけど、これだけ好き嫌いせずなんでもバクバク食べてくれるのマジで作り甲斐がある。
……あ゛ーー! もう歯痛とかどうでもいいや!
俺は一旦席を立ち、台所のシンク下に隠していたとっておきの純米焼酎を取り出した。
キャップを開けて、そのままお行儀悪くロールキャベツの入ったスープの器にドバっと投入!
米焼酎のコンソメ割りじゃい!
っっ、かーーッ!! 勇者くんの食べっぷりを肴に飲む米焼酎うまーーッ!!
「んっ!? あれ?! これお菓子だと思ったらラッキョとウメボシだ! 柔らかいのに、なんで!?」
初めてのソフト漬け物に驚いている勇者くんに、俺はすかさず「勇者くん、ご飯のおかわりいる?」と確認するのだった。
◆◆◆
「……やっぱりだ」
食後、潰しバナナとマスカルポーネチーズを混ぜてインスタントコーヒーに浸したカステラに乗っけ、上からココアパウダーをかけた即席ティラミスを食べながら、勇者くんは神妙な顔で自分の顎をさすっている。
「やっぱりって何が?」
「麻痺がすっかり良くなっています。 通常は痺れキノコの麻痺胞子を吸うと、どんなに処置しても丸一日は痺れが取れないのに」
言われてみれば、勇者くんの呂律はすっかり元通りだ。
「セーブポイントの中にいるから回復も早いんじゃないの?」
「いえ、それだけじゃない気がします。 確かにここに滞在している間にダンジョン内で受けたダメージの殆どは少しずつ回復していきますが、その回復のスピードって本当はもっとゆっくりな筈なんです。 それこそ完全に治りきるまでには、タイムリミットである早朝5時ギリギリまでかかる筈で」
ん? それはおかしくないか?
だって勇者くん、いつも大抵晩飯を食べ終わる頃くらいには元気になってるじゃん。
寝る前まで勇者くんが痛がったり苦しがってるところ、俺見たことないよ?
全回復までに日を跨ぐくらい時間かかったのって、前に眠気が我慢できなくて晩飯食べっぱぐれた時くらいじゃない?
「そうなんです。 骨が折れてようが腹を貫かれてようが、毎回ここでご飯を食べ終わる頃には全部綺麗に完治してるんです。 ……前から薄々感じていたんですが、羽佳さんの作った料理を食べると回復が早まるのでは?」
「まさか! だって普通の家メシだぞ? そんな魔法みたいな効果ないって」
「でも、それ以外に回復が早まる原因は考えられないんです。 少なくとも別の世界から来た俺にとっては、羽佳さんの作る料理で特別な効果を得られるんじゃないかなって」
うーん、そうかなぁ? そりゃ勇者くんが早く元気になるようにって、いつもなるべくバランスのいい献立を用意するよう心掛けてはいるけど……。
「絶対そうですよ!」と拳を握って力説する勇者くんを見ていると、なんだかなぁって。
あんまり俺のこと神聖視しすぎるのはよくないよ勇者くん。
「それじゃあまた検証してみる? 次回は晩飯抜きで一晩過ごして、全快までどのくらいで回復するのか時間を計ってみるんだ。
そうしたら料理にそんな効果があるのかどうかハッキリするんじゃない?」
俺のこの提案に、「え゛っ!」と勇者くんの顔が分かりやすく強張った。
「そ、それは、ちょっと……」
晩飯抜きがよっぽど嫌なのか、勇者くんはこの世の終わりみたいな顔でゴニョゴニョと歯切れ悪く言い訳を繕おうとしている。
「ふっ、冗談だよ。 晩飯抜きとか、お腹すかしてる勇者くんにそんな酷なことさせられないって」
テーブルに頬杖をつきながらニヤニヤする俺に、勇者くんはあからさまにほっとしてから「いじわる!」と頬を膨らませた。
……しかし、もしその回復スピード云々が本当なら、結構責任重大だな。
勇者くんにとって食事が回復の作業みたいにならないよう、もっと色々調べてレパートリー増やして美味しく楽しく食べてもらえるようになんないと。
翌朝、5合のおにぎりと昨日のロールキャベツの残りを食べてから、勇者くんは元気に出発していった。
因みに俺は、塩分とアルコールをしこたま浴びた抜歯痕のおかげでとんでもない思いをしていた。
【本日のおしながき】
ご飯
チーズ入りベーコン巻きロールキャベツコンソメ醤油味
アンチョビポテト
白身魚のバタームニエル
叩き梅とらっきょうペーストの二層寒天寄せソフト漬け物
潰しバナナのティラミス風
201
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界から来た鬼っ子を育てたら、ガッチリ男前に育って食べられた(性的に)
てんつぶ
BL
ある日、僕の住んでいるユノスの森に子供が一人で泣いていた。
言葉の通じないこのちいさな子と始まった共同生活。力の弱い僕を助けてくれる優しい子供はどんどん大きく育ち―――
大柄な鬼っ子(男前)×育ての親(平凡)
20201216 ランキング1位&応援ありがとうごございました!
呪われ竜騎士とヤンデレ魔法使いの打算
てんつぶ
BL
「呪いは解くので、結婚しませんか?」
竜を愛する竜騎士・リウは、横暴な第二王子を庇って代わりに竜の呪いを受けてしまった。
痛みに身を裂かれる日々の中、偶然出会った天才魔法使い・ラーゴが痛みを魔法で解消してくれた上、解呪を手伝ってくれるという。
だがその条件は「ラーゴと結婚すること」――。
初対面から好意を抱かれる理由は分からないものの、竜騎士の死は竜の死だ。魔法使い・ラーゴの提案に飛びつき、偽りの婚約者となるリウだったが――。
何も知らない人間兄は、竜弟の執愛に気付かない
てんつぶ
BL
連峰の最も高い山の上、竜人ばかりの住む村。
その村の長である家で長男として育てられたノアだったが、肌の色や顔立ちも、体つきまで周囲とはまるで違い、華奢で儚げだ。自分はひょっとして拾われた子なのではないかと悩んでいたが、それを口に出すことすら躊躇っていた。
弟のコネハはノアを村の長にするべく奮闘しているが、ノアは竜体にもなれないし、人を癒す力しかもっていない。ひ弱な自分はその器ではないというのに、日々プレッシャーだけが重くのしかかる。
むしろ身体も大きく力も強く、雄々しく美しい弟ならば何の問題もなく長になれる。長男である自分さえいなければ……そんな感情が膨らみながらも、村から出たことのないノアは今日も一人山の麓を眺めていた。
だがある日、両親の会話を聞き、ノアは竜人ですらなく人間だった事を知ってしまう。人間の自分が長になれる訳もなく、またなって良いはずもない。周囲の竜人に人間だとバレてしまっては、家族の立場が悪くなる――そう自分に言い訳をして、ノアは村をこっそり飛び出して、人間の国へと旅立った。探さないでください、そう書置きをした、はずなのに。
人間嫌いの弟が、まさか自分を追って人間の国へ来てしまい――
異世界召喚に巻き込まれた料理人の話
ミミナガ
BL
神子として異世界に召喚された高校生⋯に巻き込まれてしまった29歳料理人の俺。
魔力が全てのこの世界で魔力0の俺は蔑みの対象だったが、皆の胃袋を掴んだ途端に態度が激変。
そして魔王討伐の旅に調理担当として同行することになってしまった。
異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる
ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。
アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。
異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。
【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。
αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。
負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。
「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。
庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。
※Rシーンには♡マークをつけます。
【完結】おじさんダンジョン配信者ですが、S級探索者の騎士を助けたら妙に懐かれてしまいました
大河
BL
世界を変えた「ダンジョン」出現から30年──
かつて一線で活躍した元探索者・レイジ(42)は、今や東京の片隅で地味な初心者向け配信を続ける"おじさん配信者"。安物機材、スポンサーゼロ、視聴者数も控えめ。華やかな人気配信者とは対照的だが、その真摯な解説は密かに「信頼できる初心者向け動画」として評価されていた。
そんな平穏な日常が一変する。ダンジョン中層に災厄級モンスターが突如出現、人気配信パーティが全滅の危機に!迷わず単身で救助に向かうレイジ。絶体絶命のピンチを救ったのは、国家直属のS級騎士・ソウマだった。
冷静沈着、美形かつ最強。誰もが憧れる騎士の青年は、なぜかレイジを見た瞬間に顔を赤らめて……?
若き美貌の騎士×地味なおじさん配信者のバディが織りなす、年の差、立場の差、すべてを越えて始まる予想外の恋の物語。
イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした
天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです!
元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。
持ち主は、顔面国宝の一年生。
なんで俺の写真? なんでロック画?
問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。
頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ!
☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。
【BL】正統派イケメンな幼馴染が僕だけに見せる顔が可愛いすぎる!
ひつじのめい
BL
αとΩの同性の両親を持つ相模 楓(さがみ かえで)は母似の容姿の為にΩと思われる事が多々あるが、説明するのが面倒くさいと放置した事でクラスメイトにはΩと認識されていたが楓のバース性はαである。
そんな楓が初恋を拗らせている相手はαの両親を持つ2つ年上の小野寺 翠(おのでら すい)だった。
翠に恋人が出来た時に気持ちも告げずに、接触を一切絶ちながらも、好みのタイプを観察しながら自分磨きに勤しんでいたが、実際は好みのタイプとは正反対の風貌へと自ら進んでいた。
実は翠も幼い頃の女の子の様な可愛い楓に心を惹かれていたのだった。
楓がΩだと信じていた翠は、自分の本当のバース性がβだと気づかれるのを恐れ、楓とは正反対の相手と付き合っていたのだった。
楓がその事を知った時に、翠に対して粘着系の溺愛が始まるとは、この頃の翠は微塵も考えてはいなかった。
※作者の個人的な解釈が含まれています。
※Rシーンがある回はタイトルに☆が付きます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる