46 / 236
第五章 庭師『クラレンス』
今、目の前にいる人は誰?
しおりを挟むう~……むむむっ。
どっからどう見ても普通のジュエリーボックスだよね。
私は今、ドレッサーにジュエリーボックスを置いて、あちこち見たり叩いたりしながら不自然なところがないか調べている。
クラレンスさんには気をつけろってイアン様には忠告されたけど、どう気をつければいいの。
私がこの屋敷に来る前から庭師として働いているし、なによりもよく話す。
たまに実家に帰っているみたいだけど。
イアン様に気をつけろと言われたからといっていきなり素っ気なくするのは失礼だ。
調べてもわからないし、クラレンスさんに何気無く聞いてみようかな。
いや、先にイアン様に相談してみようか。
その方がいいかも。
私はジュエリーボックスを抱えるようにして持ち、寝室の扉を開けると、寝室の外で待機していたオリヴァーさんと目が合った。
「ソフィア様、どこか行くんですか? お供しますよ」
「大丈夫! ちょっと……散歩するだけだから」
「ジュエリーボックスを持って……?」
オリヴァーさんの目線は私が大事そうに抱えてるジュエリーボックス。
おかしいよね。うん、私もそう思うよ。
散歩なんて嘘。
イアン様との会話の内容を話してもいいんだけど、イアン様の勘違いだったら……。
でも、オリヴァーさんもクラレンスさんを気にしてるみたいだけど、
余計な心配はさせちゃいけないし、させたくもない。
そもそもオリヴァーさんは私の護衛騎士ではない。
アレン殿下……、いいや国王陛下の部下だ。
なんとかして誤魔化さないと。
「これ! ジュエリーボックスみたいな花瓶なんです!!」
って、一秒でバレるでしょ~~。
何言っちゃってんの、私!!
「……へぇ、花瓶ですか。ならばお持ちしますよ。散歩なら、私もお供します。ね?」
そう言ってにこやかに微笑むオリヴァーさん。
絶対に嘘だって一瞬で気付いてたよね!?
お願い、気付いたなら嘘だよねって、言って!!
めっちゃ恥ずかしいから!!!
そんな優しい声で言わないで、お願いだから!!
なにもあげるものがないけど、否定して!!
「……で、では、お願いします」
「はい」
ーーーーーーーーーーーー
庭に出て、散歩しながら周りを見渡しているとオリヴァーさんが不思議そうに声をかけてきた。
「落ち着かないようですが、どうしました?」
「え!? 落ち着いてるよ!」
挙動不審すぎた。
自分から隠し事がありますと言ってるようなものなのに……。
イアン様の元に行きたかったのに、散歩をすることになるとは。
悲しい。心を無にしたい。いや、行動や顔に出さないようにしたい。
庭に出てからオリヴァーさんはピリピリしている。
顔に出さなくても周りの空気が違う。
これが殺気というやつなんだろうな。
でも、クラレンスさんは殺気なんて感じないのに……。
もしかして、オリヴァーさんとイアン様が屋敷に来た時にはクラレンスさんが実家に帰っていたから?
なんて、そんなことじゃないよね。二人の性格を考えれば。
「……はぁ」
思わずため息を零す。
「おや、どうかしましたかな? ソフィア様」
低い声がする方を振り向くと丁度休憩に入ろうとしていた庭師とクラレンスさんがいた。
オリヴァーさんは私を庇うように一歩、前に出たが私はオリヴァーさんの裾を掴んでフルフルと首を横に振った。
納得出来ないという表情を浮かべながらもオリヴァーさんが私の後ろまで下がる。
さて、どうしようか。
「クラレンスさん。体調の方はどうですか? その……お子さん」
「少しずつですが回復してますよ」
「それは良かった!!」
「それよりもそのジュエリーボックスは……?」
「あっ、本当に貰っていいのかなって。だって、ジュエリーボックスは高級品。安くなっていたとしても平民が買えるような品物じゃない」
「そうですねぇ。確かにそうですが、これは娘からソフィア様に。買ったのではなく、作ったんですよ。娘は器用な方でして、要らなくなった木箱を加工したんです」
娘……?
クラレンスさんの子供は息子が一人。娘なんていないはず。
なら、今目の前にいる人は誰?
「そうだったんですね。とても素敵です」
「はい。ソフィア様が喜んでいたと知ったら娘も喜ぶことでしょう」
……目の前にいる人が何者なのかわからない以上、刺激する訳にはいかない。
慎重に言葉を選ばないと。心理戦は苦手なのに……。
なぜこうなった。
「白い薔薇っていいですよね」
「白薔薇? 確かに、そうですね」
白薔薇に視線を向けたクラレンスさんにつられて私も視線を向ける。
「白薔薇の花言葉は『純潔』『深い尊敬』なんですよ」
クラレンスさんは白薔薇を一輪取って私に差し出した。
「では、これは私からソフィア様に。心から尊敬してますので」
「……冗談が上手いですね。クラレンスさんは」
この薔薇を受け取ってはいけないと、直感がそう言っている。
「お気持ちだけ受け取ります。それに、せっかく綺麗に咲いているのに取ってしまっては可哀想です」
クラレンスさんは、落ち込んで下を向いた。
「……申し訳ありません」
「取ってしまったものは仕方ありませんよね。素手で薔薇の茎を持つと怪我しそうなので一旦、ジュエリーボックスに保管しましょう」
私の提案にクラレンスさんは驚いたように目を丸くしたあと、ボソッとなにかを呟いた。
その呟いた言葉が聞き取れなかったのが残念だ。
そのジュエリーボックスは薔薇一輪入れるぐらいの大きさで、丁度いい。
持ってきて正解だったかも。
クラレンスさんはオリヴァーさんが持っているジュエリーボックスに薔薇を置くとほのかに薔薇の香りが鼻孔をくすぐった。
さっきから黙っていたオリヴァーさんは「この香りを嗅いではいけない!!」と切羽詰まった声で言っているが、多分もう遅い。
視界が歪み、世界が回る……。
薄れゆく意識の中、クラレンスさんが不気味な笑みを浮かべていたのを最後に私は深い眠りへと堕ちていった。
ーー次に目を覚ませば、そこは白い天蓋付きのベッドだった。
ふかふかしてて、とても気持ちいいけど……。
「ここ、どこ?」
デメトリアス家の屋敷じゃない。というのはすぐに理解出来た。
21
あなたにおすすめの小説
【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る
水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。
婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。
だが――
「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」
そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。
しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。
『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』
さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。
かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。
そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。
そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。
そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。
アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。
ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。
聖女の力は使いたくありません!
三谷朱花
恋愛
目の前に並ぶ、婚約者と、気弱そうに隣に立つ義理の姉の姿に、私はめまいを覚えた。
ここは、私がヒロインの舞台じゃなかったの?
昨日までは、これまでの人生を逆転させて、ヒロインになりあがった自分を自分で褒めていたのに!
どうしてこうなったのか、誰か教えて!
※アルファポリスのみの公開です。
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
悪役令嬢?いま忙しいので後でやります
みおな
恋愛
転生したその世界は、かつて自分がゲームクリエーターとして作成した乙女ゲームの世界だった!
しかも、すべての愛を詰め込んだヒロインではなく、悪役令嬢?
私はヒロイン推しなんです。悪役令嬢?忙しいので、後にしてください。
〘完結〛ずっと引きこもってた悪役令嬢が出てきた
桜井ことり
恋愛
そもそものはじまりは、
婚約破棄から逃げてきた悪役令嬢が
部屋に閉じこもってしまう話からです。
自分と向き合った悪役令嬢は聖女(優しさの理想)として生まれ変わります。
※爽快恋愛コメディで、本来ならそうはならない描写もあります。
悪役令嬢が行方不明!?
mimiaizu
恋愛
乙女ゲームの設定では悪役令嬢だった公爵令嬢サエナリア・ヴァン・ソノーザ。そんな彼女が行方不明になるというゲームになかった事件(イベント)が起こる。彼女を見つけ出そうと捜索が始まる。そして、次々と明かされることになる真実に、妹が両親が、婚約者の王太子が、ヒロインの男爵令嬢が、皆が驚愕することになる。全てのカギを握るのは、一体誰なのだろう。
※初めての悪役令嬢物です。
【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。
樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」
大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。
はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!!
私の必死の努力を返してー!!
乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。
気付けば物語が始まる学園への入学式の日。
私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!!
私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ!
所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。
でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!!
攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢!
必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!!
やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!!
必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。
※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。
※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。
彼女が高級娼婦と呼ばれる理由~元悪役令嬢の戦慄の日々~
プラネットプラント
恋愛
婚約者である王子の恋人をいじめたと婚約破棄され、実家から縁を切られたライラは娼館で暮らすことになる。だが、訪れる人々のせいでライラは怯えていた。
※完結済。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる