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第五章 庭師『クラレンス』

フラグを回収しちゃうなんて……

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 白を基準とした部屋。

 今わかることは私の部屋では無いということ。

 え~っと、記憶を整理するとクラレンスさんに渡された薔薇をジュエリーボックスに入れたら薔薇の香りがして……それから?

 それからの記憶がない。オリヴァーさんは無事なの?

 私、なんでこんな場所にいるの?

 状況が掴めないので、外を確かめようとして天蓋付きのベッドから下りて窓を開けた。

「なに、これ……」

 窓の外は真っ暗だった。
 窓を開ける前は、目隠しシートが貼られていた。
 海の奥深くで二体の人型妖精が楽しそうに泳いでる。

 ーーそんな絵が窓ガラスに貼られていた。

 なので、外の景色が見えなかったから開けたのに。

 窓の外は空間を切り取ったかのように、なにもない。無の世界が広がっていた。

 どうなってるの。なんで私……。

 ……まさか!?

 いや、でもそんなはず。フラグは折ったはずなのに!?

 折った……とは言いきれないか。
 だって、結界が弱ったままだったし。

 誘拐……されてしまった?
 考えたくはないけど、見覚えがない場所だから、そういうことになるだろう。

 誘拐されるのは結界が弱まってる間。

 わかってたのに。

「はぁ……」

 フラグを回収しちゃうなんて。
 結界が弱まってからなにもなかったからものすごく油断してた。

 後悔していた時、扉を三回叩いて入ってきたのは少年だった。

 少年は背筋を伸ばし、私を見るなり柔らかな声で

「目覚めたね。なら、あの方が待っている」

 そう言った少年は、物腰は柔らかいのに瞳からは生気がないように感じられる。

 ガリガリに痩せた身体。ボロボロの服なのに、どこか貴族のような立ち振る舞い。

「あなたは誰? それにあの方って」
「……それは会えばわかるよ」

 少年は私にお辞儀したあと、部屋から出ていく。それも扉は開いたままにして……。

 ついてこいと、言っているようだ。

 罠かも知れない。どうしよう。

 でも、ここがどこなのかわからない以上従うしかなさそう。
 彼が言うあの方も気になるし。

 私は、彼の後を追って歩き出した。

 この屋敷は不思議なもので、窓ガラス全部に目隠しシートが貼られている。

 近付くと人感センサー付きのライトのように壁にかけられている照明が光を宿していく。

 これも魔導具の一つなのだろう。少年が魔導具を使ってるとは思えない。照明系の魔導具は扱いが難しいらしい。

 なので、少年みたいな経験が浅い子には無理なのだと、以前にノア先生が教えてくれた。

 だったらこの魔導具に魔力を注いでるのが『あの方』?

「あなたは貴族? それともこの屋敷で働いてるんですか?」
「…………」

 黙りですか。
 なんなのよ、この人。

「俺は、あんたが羨ましい……。なにも知らずに今まで公爵家の屋敷で保護されてきたあんたが」
「なにが言いたいんですか?」
「でもそれも今日で終わりだよ」

 彼は大きな扉の前で立ち止まったので、私も少し距離を置いて立ち止まった。

 ゆっくりと開かれる扉から見えるのは薄暗い闇。
 その奥になにが待ち構えているのだろうかと考えると緊迫してしまう。

 この先には私を誘拐した張本人がいる。

「何してるの。早く入りなよ」
「この先には誰がいるんですか。教えてください」
「入ればわかるよ」

 正直、あの扉の先へは行きたくない。

 めっちゃ怖い!!

 今からでも逃げようか。でも、どこへ?

 どこに逃げても無駄な気がする……。

 落ち着け、気をしっかり持つんだ。

 大丈夫。誘拐では死なない。

 私は大きく深呼吸して、気持ちを落ち着かせる。
 震える足をゆっくりと動かした。

「……これは」

 私は扉の奥に行くと、薄暗い部屋が一気に明るくなった。

 壁一面に本が並んでいて、中央には巨大な魔法陣。その中に五人ぐらいの男女の子供が身を寄せあっている。
 手足が縛られていて、私をここまで道案内してくれた彼と同じように生気がない瞳。ボロボロの服に傷だらけの身体。

 この場所を私は知っている。

 けど、正確なことはわからない。見覚えがあるという認識なのだから。

 大きな扉はゆっくりと閉ざされた。

「良く来たね。待ってたよ、ソフィア・デメトリアス様」

 巨大な魔法陣から少し離れた距離に玉座のような椅子に座っていた男が立ち上がった。

「いいや、ソフィア・フローレス様」

 今、フローレスって言った!?

 なんで私のラストネームを……?
 私自身、うろ覚えだけどデメトリアス家の養子になる前はソフィア・フローレスとして生きてきた。
 私の本当のラストネームを知る者はデメトリアス夫妻と王族だけのはず。

「あなたは誰?」
「これは失礼しました」

 その男は細身で長身、グレー色の髪をきっちり分けていて、黒のベネチアンマスク(仮面舞踏会で付ける仮面)を付けている。

 男は私を見ながらゆっくりとその場に跪いた。

「カース・コールドと申します。お会い出来て光栄です」
「カース!?」

 カースって言った!?

 え、何。訳が分からない。

 どうなってるの。

 状況が理解出来ずに混乱していると少年に腕を掴まれ、強引に歩かせられる。

「何やってんだ。早く来い」
「え!? ちょっとそんなに引っ張ると」

 何も無い床につまづいて私は盛大に転んでしまった。
 静かな部屋にピターンッという音が響き、ものすごく恥ずかしい。

 しかも何も無い床でつまづくものだからものすごくかっこ悪い……。

 私はこのまま床になりたいと現実逃避しそうになっていたところで腕を引っ張られて強引に立たせられた。

 見かけによらず力持ちで……。

 いやそんなことよりも。

「え、えっと、これはどういうことですか。この子たちはいったい……」

 さっき盛大に転んだ恥ずかしさを忘れようとしたが、カースさんは私の反応を見るなり目を丸くした後、軽く笑った。
 魔法陣の中で震えていた少年少女たちはキョトンとしていた。
 私の腕を強引に引っ張った少年はドン引きしている。

 ……もう、恥ずかしい。

 緊迫していた空気が一瞬で緩んだけど、全部嬉しくない!!

 グスッ。泣きそう。

 若干、目頭が熱くなってきた。

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