乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまった私は、全力で死亡フラグを回避したいのに、なぜか空回りしてしまうんです(涙)

藤原 柚月

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第二十章 過去、そして現在

あわせる顔が無い

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「……あ」

 家の中や庭も見終わったので、次はどうしようかと思ったらふと、思い出した事があるので声を出してしまった。

「パン屋、行ってみたいのですが」

 うる覚えな場所。まだあるか分からない、そんな曖昧な場所。

 私の声に一斉に注目を浴び、皆無言で見るので縮こまってしまう。

 最初の目的はこの家を見ることだから、後から付け出しのように『あそこに行きたい』なんて、そんな我儘は通らないだろう。

 つい言ってしまった言葉だとしても、良くない事なのかも知れない。訂正しようとしたらアレン様に手を引かれた。

「うん、行こうか」

 柔らかく微笑まれ、ホッと胸を撫で下ろす。

 キースさんやオリヴァーさん、それにノア先生が後ろからついてくる足音を聞きながら、私は『こんな私の我儘に付き合ってくれる』事に感謝する。

 繋がれた手からアレン様の体温を感じて、ドクンッと尊さが込み上げてきたのはここだけの秘密。



 ーーーーーーーー

【アイリス視点】

 前みたいに普通に出来るだろうと思っていた時期が私にはあったのよ。

 それなのに、どうして今更『怖い』だなんて思うのだろう。

 デメトリアス公爵の屋敷の門前でウロウロすること一時間。

 入る勇気ってこんなにも難しいことだなんて思わなかった。
 おかしいわ。実家に帰る時は、普通に入れたのに……公爵の屋敷に入ろうとすると緊張して一歩も前に進めない。

 ーーあわせる顔が無いのよね。

 自分勝手に手紙だけ置いて実家に帰ってきて……結局は本心を見抜かれてルイス家の問題を解決してくれた。

 色んな人に迷惑をかけてしまった。何度お礼してもきっと足りないぐらいに恩を感じてる。

 また、デメトリアス公爵家の屋敷でソフィア様の専属侍女として働かせて貰える事になったけども、このまま私が居ても迷惑になりそうだと思った。

 このまま身を隠して生活してた方が良いのかも知れないと……思うんだけど。

 ーー私って、とことんワガママよね。

 この機会を逃したくなくて、門前に来てしまったのだから。

 ソフィア様の傍にいたい。その気持ちがとても強かった。

 意を決して私は門を潜る。結界内に入る感覚がして、懐かしさでいっぱいになる。

 デメトリアス家の屋敷で働いている人だけが使える魔力が込められたカードがまだ使えて良かった。

 そのカードは、誰かに盗まれたり拾われたりしても必ず使用者の元へ戻っていく。勿論、カードを使えるのも使用者のみ。

 なんでも結界とカードに使用者を登録しているのだとか。

 そんなことはどうでもいいかな。問題なのは、どんな顔したら良いのかよ。

 緊張して、どんどんと顔が強ばっていく。

 ぎこちなく歩いて行くと、普段はやらないようなドジをしてしまった。

 そう、地面に足をとられバランスを崩して膝を強打した。

 幸いにもヒリヒリしてるだけで膝は擦りむいていない。転んだ所が柔らかい土がある場所だった。

 ーー最悪だな。

 なんて、深くため息をしながらも立ち上がり汚れを叩き落としていると声をかけてくれた。

「大丈夫?」

 その声の主はとても心配そうに聞いてきた。何よりも聞き覚えがあるだけじゃない。私が最も会いたかった人物の声だ。

 下を向いたまま、正面を向けない。鼓動が段々と早くなるのを感じる。

「ーーねぇ。お姉ちゃん、これあげる」
「……え」

 そう言って、パンを掴んでいる手が下を向いている私に見えるように伸ばされた。

 そんな、あるわけない。だって……忘れているとずっと思っていたのだから。

 ゆっくりと正面を向くと、優しくも柔らかく微笑むソフィア様が目に映る。

 手に持っているのはパン。それも……私が、身も心もボロボロになっている所にソフィア様がパンを恵んでくれたあの時と同じだった。

「おぼ……えてて?」

 震える声で聞くと、ソフィア様はゆっくりと頷く。

「覚えてた。でも、まさかあの時の人がアイリスだったなんて思わなかったから」

 私は両手を口元に持っていく。瞳から次から次へと涙が溢れて止まらない。

 嬉しくて、覚えていたことが、私だと気付いてくれたことが嬉しすぎて感情が涙となって消えていく。

「おかえり」

 その一言がさらに私の感情を揺さぶった。何気ない日常の挨拶の会話。それがこんなにも嬉しいとは思わなかった。

「はい。また、よろしくお願いします」

 私は涙が止まらないまま、必死に笑顔を作って応える。



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